後編
あれから、数日が経ったある日の事だった。
昼休みに雪さんに呼び出されて、放課後あの公園で待ってると言われた。
きっと、返事を考えてくれたのだろう。雪さんは優しいから、どんな結論でもまっすぐに伝えてくれるだろう。
期待と不安が入り交じった気持ちのまま、放課後を待つ。
放課後になり、公園に向かう。急いだつもりだったが、雪さんは既にそこに居た。
初めて会った時を思い出す、池の前に。
すると、雪さんが僕に気づいた。
「陽星、来てくれたんだね」
「当然だよ。雪さんこそ、返事を考えてくれたんでしょ?」
「うん、そうだよ。でもね、返事の前に話があるんだ」
まっすぐな瞳で雪は陽星を見やる。
「私がアイスなのはもう知ってるよね」
「うん。昔の話も教えてくれたよね」
「そうだね。でも、だからこそまだ返事を出せないんだよ」
「それは、どういう意味…?」
瞼を閉じ、一つ深呼吸をして言った。
「陽星は、ジュースかもしれないから」
「僕が、ジュース?どうしてそう思ったの?」
「思えば、最初から全部仕組まれてたみたいに、何もかもが出来すぎてた。偶然の出会いも、再会も、その後だって」
「出来すぎてたって、そんなこと…」
「そんなことが、あるんだよ」
雪は真剣な表情で続けた。
「こういうのを、神様の悪戯って言うんだろうね。私はアイスで、陽星は恐らくジュース」
「そんな、なんでそんなのが分かるの…?」
「そこは女の勘…いや、アイスの勘かな。でも、間違いないと思う」
「……じゃあ、全部取り消すよ」
意を決して陽星が言った。
「好きだって言ったのも、全部無かったことにする。だって、そうすれば雪さんは溶けずに済むんでしょ?なら、また友達に……」
「できないよ」
「どうして!?だって、結ばれなければ溶けないんでしょ?それなら元に戻れば……」
「それが、出来ないんだよ」
雪はぽろぽろと涙を流しながら、叫ぶように言った。
「私は、陽星のことが好きなの!好きだから、もう前みたいになんて戻れない。だって、陽星の気持ちだって知ってしまったから……!」
「雪、さん……」
「それとも陽星は、取り消せるくらいの気持ちでいるの…?」
「そんなことない!本当は僕だって元に戻るなんて出来ないって分かってる。それでも、どうしても認めたくないんだ、僕が雪さんを溶かすなんて……」
2人とも俯きながらぽつぽつと言葉を零す。
静寂の中に2人の啜り泣く声だけが響く。
先に静寂を破ったのは、雪の声だった。
「でもね、決められた運命だとしても、例え溶けて消えるとしても。私は絶対に陽星を好きになるよ。これだけは変わらない」
「それは、僕だって同じだよ。何があっても、僕は絶対に雪さんのことが好きだよ」
「本当に……?」
涙で滲んだ、けれどまっすぐな瞳で問う。
同じく涙を浮かべた瞳で応える。
「本当だよ、僕は雪さんのことが好きだよ。信じられないなら、信じられるまで何度だって言うよ」
「ううん、もう十分信じてるよ。ちゃんと伝わってるから」
「そっか。本当に、君を好きになれて良かった。例え消えてしまったとしても、ずっと雪さんが好きだよ」
「そんなに想って貰えるなら、消えるとしても私は幸せだな」
雪は涙でぐちゃぐちゃの顔で、けれどとても綺麗な笑みを浮かべた。
そして、自分の帽子に手を伸ばし、それを陽星に被せる。
「これは……?」
「陽星に持ってて欲しいんだ。私の宝物」
「そっか、ありがとう。そんなに大切なものを僕に預けてくれて」
陽星もまた、ぐちゃぐちゃの顔で綺麗な笑みを浮かべる。
そして、そのまま雪を抱きしめた。
「陽星…?」
「消えるまで、こうさせて欲しいんだ。いいかな?」
「もちろん。陽星の腕の中で溶けるのなら、私は本望だよ」
そう言うと、雪は陽星の背中に手を回す。
「ありがとう。ねぇ、最後にキス、してもいいかな?」
「聞かなくても、答えなんて分かるでしょ?」
そしてそのまま、触れるだけの軽いキスをする。何度も、何度も、お互いの最後の熱を刻みつけるように。
どれくらいの時間が経っただろうか。二人だけの公園で、抱き合ったまま。
覚悟を決めた二人は、最後にお互いの愛を言葉にする。
「陽星は、私のこと、好き?」
「勿論。僕は雪さんが大好きだよ」
「ありがとう、好きになってくれて。私もね、陽星のことが大好きだよ」
「こちらこそ。ありがとう、雪さん」
お互いの心が通じ合う。その瞬間、雪の身体が溶け始める。
それはまるで、雪解けのように。
溶けゆく身体で、雪は言う。
「ずっとずっと、あいしてる」
「僕もずっと、愛してる。絶対に忘れないから」
「うれしい」
その言葉を、最高の微笑みを最後に、雪の身体は溶けきった。
最後に、2通の封筒を残して。
雪が最後に残した二通の便箋。
一つには、陽星へと、もう一つにはお兄ちゃんへ、と書かれたそれを拾い上げる。
「お兄さんに届けて、それから事情も説明しなくちゃな…」
そうして公園を後にし、雪さんの家に向かった。
家に着き、インターホンを鳴らすとすぐにお兄さんが出てくる。
「やあ、この前ぶりだね、陽星さん」
「この前は突然すみませんでした。今日は雪さんの件でお話があって来ました」
「ん?雪はまだ帰ってきてないけど、一緒じゃないのかい?」
「ええと、それも含めてお兄さんにお話があるんです」
「俺に?まぁいいや、上がってよ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
お兄さんに誘導されるままに、家の中に足を踏み入れる。前回と同じく、お兄さんは紅茶を淹れてくれる。お礼を伝えて、本題に入る。
「雪さんの件なんですけど、まずはこれを」
「これって、雪の字?手紙なんて珍しい」
「ええと、その、何から話せばいいのか僕も分からないんですけど…。とりあえず、ごめんなさい」
「何を謝ることが…?」
僕は俯いたまま、全ての真相を告げた。
「陽星さんが実は男性で、それで雪と両想いで雪が溶けた…?疑う訳では無いけど、ちょっと情報量が多すぎて一旦整理させて欲しいかな。」
そう言いながらお兄さんは頭を押さえた。
とりあえず怒られなくて良かった、など考えつつ顔色を伺う。困惑と哀しみを浮かべた表情だった。
「とりあえず、この手紙を届けてくれてありがとう。後で読ませてもらうよ」
「いえ、これくらい当然のことですから…」
「ありがとう。きっと君に溶かされたなら、雪も幸せだったと思う」
そう言って、哀しげに笑った。
「それに、その帽子。それ、雪の宝物だったんだよ」
「はい、確かにそれは聞きました」
「ちなみに、なんで宝物なのかは知っているのかい?」
「いえ、そこまでは…」
「そうか。それ、母の形見だったんだよ」
「え……?」
懐かしむように、話を続ける。
「雪が生まれるより前に、病気で他界した父からの贈り物だったらしいんだ。だから、母がずっと大切にしていて、亡くなってからは雪が形見として使っていたんだよ」
「そう、だったんですか…。そんなに大切なものを、雪さんは僕に……」
「きっと、雪の意思で君に託したなら、両親も本望だと思うよ。雪は幸せに消えたんだろうから」
「ありがとう、ございます……」
思い出してはまた、涙が溢れる。お兄さんがハンカチを差し出してくれる。本当に泣きたいのはきっと彼の方なのに。
なんだか悪い気がして、僕は簡潔に別れを告げて、そのままその場を後にした。
家に帰り、僕宛ての封筒の封を開ける。中には数枚の便箋が入っていた。陽星へ、と書かれたその手紙に目を通す。
簡潔に内容を表すなら、僕と会えてよかった、とか幸せだった、とかそんな内容だった。それを目にして再び涙が零れる。
ああ、彼女は、切ない終わりなんて迎えていないんだ。幸せに、溶けて消えたのだ。
それを知って、何度目かも分からない涙を流した。
きっと疲れきっていたんだろう。その日はそのまま眠ってしまった。
翌日の朝、起きてすぐにシャワーを浴びる。
彼女の感触が流されていくようで、少し寂しさを覚える。けれど、泣いてばかりもいられない。
シャワーから出て、髪を乾かして服を着替える。制服に手を伸ばし、一度も着たことのなかったズボンをクローゼットから引っ張り出す。
そのまま着替え、机に置いた帽子を被り、家を出る。
もう、自分を偽ったりなどしない。
彼女のお陰で、僕は自分自身に向き合う一歩を踏み出せたから。
これから僕は、嘘も偽りもない、彼女が愛してくれた冴木陽星として、生きていく。
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