「僕はあの娘を幸せにしなければなりません。それがケジメというものです⋯!」

明日いう

第一章 波乱の事態

第一話 時は戻らない

「もう⋯、どうでもいい。」


そうかぼそくぎこちなしげにそのたった一言の言葉をこぼした彼女は、仄暗ほのぐらい表情をして獣人特有のふわっとした耳をだらしなく


下に垂れ流しながら、水面を静かに揺らし横になりました。


そんな彼女の後ろ姿を僕はただひたすらながめることしか出来ません。そのことが僕の心を惨めな気持ちで埋め尽くしていきます。


まさかこんな、ことに⋯なる、なんて。


ボーっとした頭で薄らいでいく記憶をゆっくりと手繰たぐり寄せます。


それが少しでも術の解除の手掛かりに繋がると信じて。思い出すしかもう他に道はないのです。



――――時は遡り、百年前。


僕らはフィーンサ村の森の外れにあるいつもの書庫にて会話をしていました。そんないつもの場所だからかミアは気楽に話しています。対して僕らはというと――――



「今日は道端にドンラウー丸くふわふわの動物が沢山落ちて来て困っている人がいたよね。」


「えぇ、まさかドンラウーがあんなに一箇所に集まることってあるんですね。ほんとに驚いたんですから。」


うん、平然を装い答えれた筈です。そう僕が安堵していると


「そうそう! そのドンラウーが一箇所に集まることなんだが、どうしても気になって俺なりに調べてみたんだよ!」


と、それに便上するかのように勢いよく言うフィくん。はぁ、フィくんたらもう⋯⋯と思わず呆れた目で見ていると


「あはは、その研究熱心なとこ、ほんと変わんないよね。結果はどうだったの?」


いやそれって―――


「褒めてるのか? それ。まぁ、結果はいつも通り分からなかったが。」


と、ミアの問いに対してジト目で言った後、あっけらかんと言い放つフィくん。


ほらやっぱり! あぁもう何ていうかいつも通りではありますけど、もうちょっと他になかったんですか? そう僕が再度呆れた目をフィくんに送っていると


「あ、そうだ。私について調べてみる? なーんてね、冗談だよ。」


と、突然変なことを言い出したミア。え⋯⋯冗談でもそれは無―――いや待てよ? まさかミアは僕らを試している?! な、ならここは。


そう息を呑み込みながらその問いに挑みます。


「いやいや、ミアについて調べる程、俺は落ちぶれちゃいないぜ。」


よし、ここですかさず便上するんです、僕! そう思い、口を開きました。


「そうですよ。僕の親友を見くびらないでほしいです。」


「いや、見くびってなんかいないよ。


だってフィムスはバカだけど信頼は出来るし、話してみれば気前の良い奴だってすぐ分かるしね。」


み、ミア⋯、そんなにフィくんを? と、少し僕が動揺していると


「お前、俺のことをそんなに想って⋯」


「いや、想ってはいないよ。」


「なっ! フラれた!」


よ、良かったです。いや人が振られたのを喜ぶのもどうなんでしょうか⋯。と、自己嫌悪になりつつも僕はいつも通りにする為に急いで口を開きました。


「もう今月でフラれるのは何回目ですか⋯。」


「えーと、1,234⋯。あれ? 俺はいつの間にこんなにフラれて⋯⋯?」


と、指を一つずつ折りながら声に出して数えてから目を見開くフィくん。それに少しの呆れと複雑な感情を抱きながらフィくんの方を向き呆れた顔を作りながら口を開きました。


「事あるごとに告ってません?」


「そりゃ俺は諦めが悪いんだ。何回でも告るさ。」


「もういい加減諦めればいいのに。ね、リイラ」


「はい⋯、そうですね。」


あ、口に出してしまいました。あぁ僕の馬鹿⋯。そう思っていると


「あれ、なんかぎこちないね。どうしたの?」


と、すかさず聞いてくるミア。それに僕は思わず口を開きました。


「いや、なんかフィくんの気持ちも分かる気がしまして⋯」


あ、言ってしまいました。どうすれば―――


「え、まさかリイラまで私に告り始める気⋯?」


⋯⋯いや、でも僕のこの気持ちはこのままで良いんです。どうせ僕なんかが叶うわけがないんですから。でも⋯フィくんは本当にミアのことが好きなんでしょうか? だって好きだったらもっとこう⋯。


いや僕にはフィくんが何を考えているのかなんて分かるわけがないですね。だってフィくんは本当は賢いというのを僕は幼い時から知っているんですから。


そんなフィくんと恋敵です、か。余計に無理ですよ。そもそも僕を好きになる要素なんて何もないですし。


そういつも通り諦めた僕は表情を取り繕って口を開きました。


「いやだって、ミアのこと狙ってる奴は沢山いますし、毎日のように嫉妬の目線を向けられる側の気持ちも考えてください⋯。村を歩くたびに肩身が狭いったらありゃしません。」


「へぇーそうなんだね。なるほど。それで最近何故か帰りが遅いのかな?」


「いや、それは最近来るサーカス団に入り浸っていたからだ――――あっ!しまった。」


ちょ、フィくん!


「へぇーそう。私に黙って二人仲良くサーカスを見に、ね。」


えーと、だってそれは⋯。と、言いそうになり慌てて口を閉ざします。そして焦りを感じながら僕は再度口を開きました。


「ただサーカスを二人で見ただけですし⋯。怒られる謂れは何も無いというかですね。」


そういえば、あの日は⋯⋯。




―――二人がサーカス団に行った日のこと―――



「「お願いします!!!」」


と、僕とフィくんは目の前にいる明らかに準備中のお兄さんに頼み込みました。


「俺たち、誕生日を祝いたい奴がいるんだ、です。そいつの為にサーカスを披露してやりたいんだ、です。」


「僕も、友達を喜ばせたいんです。だからどうかサーカスを教えて下さい。」


と、僕らが言い切ると手を止めたお兄さんは此方を振り向きながら呆れた顔をしています。


「はぁー。分かってないなぁ。あのな、誕生日はダチに祝って貰えるだけで嬉しいものだ。だから無理してサーカスを披露する必要はないぞ。それにそのダチが誕生日にサーカスが見たいとか言ったのか?」


と、言うお兄さん。ダチに⋯⋯? その言葉に僕とフィくんは思わず顔を見合わせます。それは⋯


「言ってないです⋯。あと数日しかないからできないのは承知しています。ですが、このままだと彼女をガッカリさせてしまうかもしれません。」


と、焦ったように僕が答えるとお兄さんは僕の頭を撫でながら


「落ち着け。それにそんなことはないと思うぞ。僕なら誰かに祝われただけで嬉しくなるしな。それにプレゼントを渡すのじゃだめなのか?」


と、諭すように穏やかに聞いてきました。祝われた⋯だけで? プレゼントですか、そのプレゼントが用意出来なくて、それにミアにバレないように僕らはっ! と思いつつも質問に答えます。


「それが、ケーキ代が思っていたよりも高くて気付いたらプレゼント代がなかったんです。」


「そうなのか。⋯⋯んーなら、プレゼントを作ったらどうだ?勿論、僕も手伝うぞ!」


と、名案だというように言ってくるお兄さん。⋯確かにそれならと僕が思っていると


「確かに手作りのものであればそれほどお金はかからない。でも手伝ってもらって良いんすか?」


「あぁ、勿論だ。それとさっきから話しづらそうにしてるな。タメでいいんだぞ。」


「え、なんで分かったんだ⋯!」


このお兄さん、鋭いです! と、僕も思っていると


「ぎこちなかったからな。すぐに分かったぞ。それじゃあ、作るか。何か候補はあるか?」


す、凄いです⋯。んー候補ですか。


「「あ、それなら(彼女)あいつが好きな花をモチーフにしたものがいいと思う(います)。」」



―――時は戻り―――



あの時はとても親切なサーカスのお兄さんのお陰で助かりました。ほんと、良い人でした。


「なぁリイラ、もういっその事正直に話した方がいいんじゃないか? ここまでバレちゃあ、隠しようがねぇよ。」


「ふーん、何を隠してたの?」


「げっ! 聞こえてたのかよ!」


地獄耳! と、思わず思っていると


「げっとは何? 何かよからぬ事をしでかしたとかじゃないよね⋯?」


「いや、何かしでかした訳じゃなくてだな⋯。仕方ない、言うしかないのかっ!」


く、ここまでですか。少し早いが、仕方ないですね。バレてしまっては。その言葉を聞き、僕は親友の方を向きました。



「「⋯せーのっ、」」


「お誕生日おめでとうございます!」「お誕生日おめでとう!」


「へっ?」


あ、ば、バラバラです! も、もしかして聞こえてないからイマイチ反応が薄いんじゃ⋯⋯。いやもしや最初からバレてたり!? それとも⋯、よし! 言いますか


「すみません!誕生日ずーっと教えてくれないですし、今年ももう終わってしまうので。でもサプライズは外せませんし。急いで驚かせようと思って。それで二人して今しかないって思ったんです。


ほら、変顔の練習だって二人で頑張ったんですよ。」


ん? 何か微かに音が聞こえます。


「っ⋯⋯⋯。」


えと、どうやら微かな音は彼女の方からしたようですね。下を俯いた彼女は黙り込みました。あ、もしかしなくても


「そ、そんなに僕の変顔が酷く?!すみませ!もうやめ―――」

「ち、違う!違うよ、これは嬉しくて泣いてるだけだから⋯。」


「あの、さっきから空気になってるし、黙ろうかって思ったんだけどな。ロウソクの火が思ったより多くてケーキが溶けかけてるんだ。」


「「えっ!あ、ほんとだ(な)。」」


「二人してハモって、やっぱり俺は空気なのか⋯。」


と、ショボくれるフィくんに僕は思わず口を開きます。


「いや全然そんなことないですよ!ただ偶然ハモっただけで⋯」


「そうなのか?良かったー、あまりのハモリ具合に除け者にされたのかと思ったぜ。


それよりほら、早くしないとケーキが本当に溶けそうだぞ。」


そうですね! 食べられないものと化しつつありますが今ならまだ食べられ―――


「ねぇ、なんでこんなにロウソクの数が多いのか聞いてもいいかな? いやまぁ聞かなくても分かるか。⋯どうせフィムスが発注ミスでもしたんでしょ。」


と、ジト目で僕ら二人を見てくるミア。それに思わず


「えーと、それは⋯」


と、タジタジになっていると


「何? どうしたの? まさか他に何かやらかしたんじゃないよね!」


と、低い声で言ってくるミア。それに思わず僕は口を開きました。


「あ、それはですね、フィくんのアイディアなんですよ、ねっ。」


「おまっ!全部俺のせいにする気かよ!」


「なっ!フィくんも賛成してたじゃないですか!」


と、言い争っているとミアが僕らの肩に手を置きました。


「「へ」」


と、僕らが思っているとミアの口が開かれました。


「二人とも、どういうことなのかきちんと説明してもらえるかな?」


やばいですね⋯冗談のつもりがこうなるなんて。そう思いつつ僕は思っていたことを渋々話すことにしました。若干、目が泳ぎそうになりながらも。だって今のミアと目を合わせるのは危険です。そう本能が告げている気がします。


「えーとですね、ミアさんはそれこそ、この村が盛んになる前からいたじゃないですか。ロウソクの数は年齢を表す。でも何歳かは分からない。つまり、適当に増やしとけばいいか、となりまして⋯あははは、なーんて。」


と、笑って怖さを誤魔化しつつもミアの方を向きます。するとミアは俯いていました。ま、不味い! 怒ってる―――?!


「フィ、フィくん。」


「いやリイラが怒られろよ!」


と、僕らが震えながらまた争っていると


「なぁーんだ、そんなこと?」


あれ? 怒ってない? そう思い二人でミアの方を向く。すると目が合いました。え⋯⋯。そう思っていると


「でもさ、どうせ増やすなら適当じゃなくて正確にやって、一気に燃やすのも楽しそうじゃない? あ、勿論二人のケーキが嫌とかそういう意味じゃなくてね、こういう場は楽しいのが一番というか。」


と、いたずらをする子供のような笑みでミアが僕らの手を取りながら言いました。はっ! そうでした! 彼女は楽しいことが大好きです!! それは普段の行動から滲み出てると言って良いくらいには。


どこで何をしているか、未来予知すら出来る彼女はそれをしない。何故か⋯。それは先が分かるとつまらないからだそうです。


でもそのくらい楽しいことが大好きなんです!そんな彼女を誕生日にガッカリさせるなんて言語同断!!


しまった、これではガッカリさせてしまった可能性の方があります⋯!


フィくんの方を再び向く。フィくんとまたも目が合う。

考えてることは同じ⋯。ここは、はいこの手作りのプレゼントで⋯⋯。


「「はい、これ!!」」


二人でプレゼントを持ち、目の前の彼女に手渡した。どんな反応が来るのか、少し不安でぎゅっと目を瞑る。


「⋯⋯っ。嬉しいよ。」


その言葉を聞き、目をあけると彼女は目から涙を零れ落ちさせながら嬉しそうにはにかんでいました。え、好――


「なにボケーっとしてるんだ。ほら、ケーキが溶けるどころじゃねぇ! 見ろよ! これ!! う、熱っ。」


その言葉に慌ててフィくんを見るとその近くにはドロっと溶けかけ燃え上がり火事と化したケーキが―――


「あっ!」


「こうなったら水をかけるしか⋯」


と、ミアが言います。う、でも、でも!


「せっかくのケーキが⋯!」


と、僕が思わず言うとミアは


「それはそうだけど、火事になる方がもっと危険だよ。」


「そうです、ね。」


それに釈然しゃくぜんとしないまま僕は返事を返しました。やる気の出ないまま僕はケーキに向かってA2の魔法水魔法の呪文の構築、何に向けて何をするか。この全てを具体的に思い浮かべつつ、魔法構築を編みます。


そして目を瞑り、魔法陣をなぞります。ここまでは順調です。更にもう一度、先程のと今の手順を繰り返します。


今度は杖を手乗りサイズの箱アイテムボックスから取り出します。そして取り出した浮いてる杖に向けて先程の手順をやります。そして最後にまた先程の手順を今度は魔法陣が被らないように陣を誘導しながらやります。




そうして、杖に手を再度かざします。この間もずっと呪文の構築、何に向けて何をするか。これらを全て考え続けなければいけません。うん、水が出ました。


すっごく面倒くさいです。それに気乗りもしない、はぁー。


その後僕ら三人で消火して食べたケーキは、もはやケーキの原型はなく、味なんてとんでもない酷さでした。でも


「これもこれで悪くないよ?」


と、ミアが笑いながら言います。どうやら同じことを思っていたようです。


「確かにミアの言う通りだぜ!」


と、フィくんも楽しげに言います。まぁ、ミアが喜んでるなら良いですか! それに、余りのケーキの味の酷さに笑えてきましたよ⋯。


「はい! そうですね!」


と、僕が思わず笑って言うと二人も僕の笑いにつられたように笑い始めました。




―――現在―――


あぁ、そうでした。記憶が薄らいでいて忘れていましたね。今思えばこれが出会って一年目の誕生日会でした。と物思いにふけても時間は戻りません。


僕は今をとても後悔しています。只々、目の前で痛めつけられるミアを見ることしかできないのですから。


時間が戻ればこんなことには絶対しません。間違えた選択も全部変えれるはずなのに⋯⋯。



―――翌日―――


あ。あぁ、もう次の日ですか。⋯⋯やはり現実は僕に厳しいです。それに僕が彼女に出来ることなんて結局何もないのでしょうか。あぁ、駄目ですね。僕が弱気になっては。


死ぬ前からずーっと後悔していたんですから。何とか助けなければ。

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