配信『新人VTuber、真加瀬ロリ』

「それじゃあ彼方かなたさん、そこの『設定』って所をクリックしてくれる?」


「まかセロリ~」


 ――今日は土曜日。私と彼方さんは通話アプリを使って、会話しながらゲームをプレイしようとしていた。どうやら彼女は最近据え置きのゲーム機を購入したようで、既に持っていた私は、彼女に初期設定のやり方を教えているところだ。


「いや~、携帯とパソコン以外でゲームするのってめっちゃ久しぶりでさ。今のは色々できる分、最初にやることが多いんだよね~……」


 いや、フツーにパソコンの方が初期設定の量も質も大変じゃない? 慣れてたら逆に据え置きこっちの方が難しいとかあるのかな?


「そんじゃネットにも繋げられたし、一緒にやっちまいますか~!」


「お~!」


 私たちがマルチプレイするのは、二対二で戦う銃撃戦のゲーム。どうやら『えふぴーえす』ってジャンルらしい。よく分かんないけど。

 彼方さんはコイツをやるためにゲーム機を買ったようで、半ば強制的に『二人プレイだし、どうせなら一緒にやろう~!』なんてノリで私もソフトをダウンロードするハメになってしまったのだ。


 こういうジャンルのゲームはやったことないけど、果たして私でもできるのだろうか……?


「左から行こ! こっちこっち!」


「うん! ……って彼方さん、今始めたばかりなのにやり方分かるの!?」


「まあね~。ちょっと前から、これの生配信とか観ててさぁ。基本的な立ち回りはもう完璧に覚えてるよ~!」


 へぇ~……『生配信』だとか『立ち回り』だとか、私がゲームをする際に一切触れてこなかった単語たちが電波越しに伝わってくる。よくよく考えたら、二人以上でゲームしたことなんて初めてだしなぁ。私と彼方さんのゲーム観は結構違うみたいだな。


「うあ~……ここが木月きづきが詰みけてた所かぁ、でも抜け道はあるっぽいね」


「えっ、ちょ、きづき……? なんのこと!?」


 また知らない単語だ……私も生配信を観れば分かるようになるのかな? この試合が終わったら、彼方さんに色々聞いてこ……。


「あ~そっか、木月が分かんない感じか。『木月』ってのはね、このゲームの画面を生で放送してる『VTuberブイチューバー』って職業の人なの」


「職業!? ゲームをやっててお金がもらえるってこと……ってああ、倒されちゃった……」


「あちゃ~……まあ、二人とも初心者だからしゃーないよ。その辺について話しつつ、ちょい休憩しよっか!」


 一試合しただけなのに、急に疲れがどっとやってきたような感覚に陥る。きっとプレイ中にごまかせていた疲労感が露わになったのだろう。ココアを飲みながら、引っかかった単語について彼方さんに質問する。


「それで彼方さん、VTuberってどんな人なの?」


「う~ん……人っていうか、っていうか……簡単に言えばアバターを使って『設定のあるキャラとして生放送をする』って感じかな? 結構複雑なものなんだよね~」


「じゃあ例えば、私が『サヤカ』ってアバターを使って生放送をしてたら、VTuberってこと? 私は私なのに!?」


 それは私として観られているのか、それともサヤカというアバターとして観られているのか……おそらく後者なんだろうけど、考えれば考えるほど、二人の私の境界線がだんだんと曖昧になっていくような気がした。


「まあそういうことだね~。ウチがやるとしたら、どんな設定でやろうかな~? 新人VTuber、真加瀬まかせロリ……とかどう?」


「どうって言われても……なに、まかセロリってこと?」


「そ! こういう名前ってのは、馴染みがある単語をそのままぶち込むのがいちばん! だからまかセロリ。見た目もセロリ要素を盛り込もう~」


 詳しいことはよく分からないけど、電波越しに聴こえる彼方さんの声は弾んでいる。それがVTuberの設定固めを楽しんでいるからか、普段学校で話しているようなことが休日にもできているからか、私には判断がつかなかった。


「ふんふふ~ん……できた! 今!」


 すると、彼方さんのアカウントから一件のメッセージが届く。一体いつの間に何を作っていたというんだ。赤丸の『1』が指すトーク画面を開いてみる。これは……女の子のイラスト?


「これ、今の間に描いたの? すご! はやっ!」


 薄緑の髪に、オレンジのきらきらとした目。衣装こそ簡略化されて字での捕捉がメインとなっているが、彼方さんの思い描く真加瀬ロリちゃんがそこにはいた。


「へへ、かわいいっしょ? さやかがVやるなら使っていいよ!」


「いや、やらないけど……彼方さんがやるんじゃないの?」


 あなたが勝手に考えて勝手にイラストに起こしたんだから、それを私に押しつけられても困る。私はロリちゃんにはなれないよ……『ロリちゃん』って呼び方もまあまあダメなヤツだね!?


「ウチはやんないよ。配信とか絶対めんどいし、テキトーに一つの話題でぐだぐだ話してるのが性に合ってるってもんすよ。話題さえありゃ何時間でもイケる自信はあるけども」


 それ、ほぼ深夜ラジオのテンションじゃないかな? 生放送でやるには、これ以上ないくらい向いてるんじゃないかな!?


「自信があるならやってみればいいじゃん! 私、絶対観に行くよ!」


「家に謎に機材もあるし、今日の夜にちょっとやってみるか~! ……よいしょっと。これが今日の配信のリンクだよ。二十時になったら始まるよ~」


 イラストの下に青文字のメッセージが添えられる。リンク先に飛んでみると動画アプリが開き『【初配信】新人VTuber、真加瀬ロリ』の配信が予定されていた。本当にやるつもりだ……。


「そんじゃ、ウチは配信の準備するからこの辺で~。観に来てね~!」


 通話終了。本当はもうちょっとゲームをしていたかったけど、あの状態になった彼方さんを止める方が酷だからなぁ。彼女の好きなようにさせるのが、私としても見ていて面白い。

 そんな彼方さんの配信だ。どんな雰囲気でやるのかは分からないけど、すごい楽しみだなぁ……。


「こんばんは~! 新人VTuberの真加瀬ロリでぇ~す!」


 ――二十時、真加瀬ロリこと彼方さんの初配信始まった。今日の昼間に突発的に始まった企画なので、観ている人がそこまで多いわけじゃない。だけど彼女はそんなことはお構いなしに、独自の世界観をこれでもかと展開していく。なんだよ、話題がなくても全然喋れるんじゃん。

 本人的にもチャット欄が盛り上がっていた方がいいだろうし、私も何かチャットしてみるか……匿名で打ち込んで、と。


 『はじめまして! 配信面白いですね!』……こんな感じでいいかな。送信!


「はじめまして……おお! これ絶対さやかじゃ~ん! 観てるんだねぇ~!」


 ……彼方さぁぁぁぁん!? これ、全世界に向けて生放送してるんだよね!? 名前出しちゃダメでしょ! ほら、チャット欄も一気にざわつき始めてるって!

 ヤバいって、放送事故だって! 私はすぐさま彼方さんの携帯に電話をかけ、これ以上の被害を防ぎにかかるのだった……。


「――みんなごめぇ~ん! ウチぃ、ちょっとやらかしちゃった~……てへっ! というわけで、短い間でしたが引退しまぁ~す! ご視聴ありがとうございましたぁぁぁぁっ!」

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