転嫁『バリキャリしか勝たん』

「ねえさやか、世の中には『責任転嫁』って言葉があるじゃん?」


「ま~たなんか気になることでもあった? まあ、大体どこに引っかかったは分かるけどさ」


 彼方かなたさんと話しているうちに、彼女の扱い方にもだんだんと慣れてきた。

 この人は普段何気なく見聞きしたこと……例えば『広告に書かれたこと』について余計なことまで考えてしまうクセがあるようで、今のように突拍子もないフリを入れてくる時がある。


「分かっちゃうかぁ~! じゃあ、ウチがどんなところに引っかかったか当ててみてよ」


 ――答えは単純。たった一文字、読みだと二文字の単語である。


「嫁」


「正っ解! さすがマブ!」


 ほらね? 幸か不幸か、彼方さんの思考が大体分かるようになってきてしまった。まあ、学校でこの人とばかり話しているのが原因なんだけど。

 他のクラスメイトと仲が良いわけではない私にとって、内容はアレにしろコミュニケーションをとってくれるのはありがたい。


 ある意味彼方さんに依存しているのかもしれない。そしてこれも『責任転嫁』って話である。


「なんで責任を嫁に転がすのかってことでしょ?」


「うん、昨日のウチまではそうだったよ。だけどウチはようやっと携帯で調べることを覚えたから、ちゃんと検索したんだよ。『転嫁 嫁 なぜ』って。そしたら、もともと『再婚』って意味があるらしいね~」


 おっ、知らない間に少しだけ成長してる。無意味な議論に『もともとこういう意味なんです』という、ある種の『答え』が出てしまうのを避けたかったのだろう。もっと無意味になるから。

 逆に言えば、彼方さんが私と論じたいのは『なぜ責任を嫁に転がすのか』ではない。別の何かがあるわけだ。


「でも、言いたいのはそういうことじゃないでしょ?」


「もち。ウチは正式な意味なんてハナから求めてないもん。ちゅーわけで、こっからは『責任を押しつけても大丈夫そうな嫁』選手権だよ!」


「絶対に開催しちゃダメな雰囲気しかしないんだけど!? それ、色んな所から怒られちゃうヤツだって!」


 なんかこう……すごい抽象的なイメージしか湧かないけど、とにかく怒らせたらヤバそうな集団、みたいな? いや、怒ってる状態の人って大体ヤバい言動しがちだけどさ……。


「まあ大丈夫っしょ。ウチらJK二人がただ喋ってるだけで怒るような人の方が、よっぽどダメな雰囲気出てると思うから。というか、誰も聞いてないんだしノーダメだよ」


「そうだけどだ……今日の彼方さん、毒気すごくない!?」


 そういや、目の前にもっとヤバい人がいることを忘れてたわ。不機嫌なのかしらないけど、今回の彼女は、言葉に乗っかる切れ味が違う気がする。


「そうかなぁ? まあいいや、ウチは転嫁するなら『バリキャリ』がいいかなぁ……なんなら養ってもらいたい、ウチごと転がり込みたいもん! バリキャリしか勝たん!」


 ……かと思えば、欲望全開な百合展開を希望する彼方さん。話だけ聞けば、完全に仕事ができる女性のヒモになる気である。それでいいのか?


「えぇ……選手権ってそういう趣のヤツなの? もうそっちの不戦勝でいいよ……」


「え~!? さやかはないの? 理想のお嫁さん像」


 生憎『私がそうなりたい』という意味でのお嫁さん像しかない。というか、彼方さんの言うお嫁さん像って、それ多分『お母さん像』だし。そもそも責任って、誰かに押しつけること前提で背負うものじゃないし!


「う~ん……将来のことを考えると、お嫁さんになるのは私だと思うからなぁ。彼方さんもそうでしょ? もしかして、これって目標を言い合う話だったりするの?」


「あ~……うん、まあそんなとこ、なのかなぁ~? それで、さやかはどういうお嫁さんになりたいのさ?」


 いや、自分から振ってきた話題なのになんでそんなに焦ってるんだよ。『よくある質問』みたいな感じで対策してきてくれよ。そんなに想定外でよくない質問だった?


「調子狂うなぁ……私は優しいというか、包容力? がある人になりたいかな。喧嘩とかしたくないし」


「そっかぁ~! じゃあ、ちょっと?」


「えっ、練習!? なにが!?」


 包容力を磨く練習をするの!? なに、彼方さんを甘やかせばいいわけ?


「ねえ~、さやかママぁ~? ウチのことを甘やかしてぇ~?」


「うっわぁ……引くわ……」


「いや引くなっ!」


 いや引くでしょ! いきなりクラスメイトに甘えられるのはキツいものはあるよ。それに、もう『ママ』って言っちゃってるじゃん! お嫁さんじゃないじゃん!


「なんだよママぁ、バリキャリ嫁が帰ってきたのにおかえりの一言もないんですかぁ~?」


「嫁と嫁!? ついでで彼方さんも練習し始めたら設定がすごいことになるって!」


「いいじゃ~ん……はい」


 彼方さんは両腕を広げて、目をつぶる。 ――はい? 一体私に何を求めてるの!?


「ん……ね、わかるでしょ?」


 そんな小声で訴えかけてこられても、恥ずかしいものは恥ずかしいって……でも、やんないと帰してくんないんだろうなぁ。仕方ない、腹くくるか!


「いくよ……んっ……」


「さやか、体温あったかいねぇ~……なんか、腕に包まれてる感触がしゅるぅ~!」


 そりゃ腕で包んでるからねぇ。これがお望みだったんでしょうに、目つぶってるから事態を把握できてないじゃん。ちょ、抱き締め返す力めっちゃ強くなってきてるって……。


「痛い痛い痛い! ギブ、もうギブだから~!」

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