浮気『誰よあの男!』

 今日は日直だった。といっても、仕事量はそこまで多くない。

 授業が終わるごとに『まだ撮ってない~』なんて愚痴られながら黒板を消すのと、日誌を書くくらいだ。天気やクラスメイトの授業態度を記したそれを、職員室にある先生の机に置く。


 よし、これで日直終わり……というタイミングで、私は先生に呼び止められる。


「今日はお疲れ様。日直ありがとうね~」


「わざわざありがとうございます。それじゃ」


「あ、ちょっと待って乃乃崎ののさきさん。よかったらこれを多選たよりさんの机の中にでも入れておいてくれる?」


 私は先生から一枚のプリントを受け取る。大きな文字で『進路希望調査』と書かれていたのが、ちらりと見えた。これ、この前に提出したヤツだよな……何か不備でもあったのかな?


「分かりました。それじゃさようなら~」


 思わぬおつかいを受けてしまった……。まあ、どうせカバンを取りに教室には戻る必要があるわけだし、そのついでに隣の席に入れてしまえばいいだけの話だ。なんてことはない。

 それにしても、彼方かなたさんは進路どうするんだろう? やっぱ無難に進学なのかな?


「気になるな……」


 ――こんなこと、やっちゃダメだってのは分かってる。だけど無性に気になる。

 いつもぶっ飛んだことを言いだす彼女は、一体どんな未来を夢見ているのか。


 その一片でもいいから知りたくて、私は二つ折りのプリントを開こうとし……。


「あ~あ、?」


「ひぃぃぃぃぁっ!?」


 か、かかかか彼方さん!? なんでこんな所にいるの!?

 そんなほぼエスパーな彼女の手には、私のカバンが提げられている。どうやら一緒に帰るために、私のことを待ってくれていたみたいだ、たぶん。エスパーには自意識過剰で返そう。


「あっ、カバンありがとね」


「それくらい全然いいってことよ~。それにしても……さやか、誰よあの女!」


 いや先生だよ、私とあなたの担任の先生だよ。ゴリ押しで修羅場にしないでよ。


「なんで私が浮気したみたいになってんの?」


「いいじゃ~ん。こういうドラマみたいなヤツ、一回やってみたかったんだよね~」


 よくな~い。というか、恋愛ドラマに憧れるにしても、真似するなら普通キュンキュンするようなシーンじゃないの? ここを切り抜くとキュッてなると思うんだけど?


「――ところで、今思ったんだけどさ」


 確定演出である。また何かどうでも話題が降ってきたんだな……どうせ一発じゃ理解できないことを言ってくるんだろうけど、とりあえず耳だけ傾けておく。


「さっきの流れ、もしさやかが男の先生と話してたら『誰よあの男!』ってなるわけじゃん……これ、発言者が『ガチ百合』か『オネエ』かの二択にならない?」


 ほ~ら、やっぱり意味分かんない。彼方さんはどっちでもないでしょうに。というか、日頃何食べてたら、さっきの短時間でこんな尖った議題を思いつくの? しかも無駄に社会的だし。


「それ、十中八九途中の『よ』が原因でしょ。仮に『誰あの男!』だったら、選択肢に『男の人』も入るわけだし」


「確かにそうかも。『よ』っていう一文字のおかげで一択潰せてたのか。日本語って侮れないねぇ~……よし、これにて解決!」


 彼女は勝手に疑問視して、そして勝手に解決した。よくよく考えれば、話自体は何一つ進んでいない感じもする。だけど、私たちの話はそれくらいテキトーでいい。彼方さんが納得すればそこで終了なのだ。

 『日本語は侮れない』という結論こそ同意だけど、そこまでこぎ着けた道筋だけはどうも納得できない。なんで源流が『浮気現場ごっこ』なんだよ……。


「それより彼方さん、進路希望のプリント預かってるよ。なんで返されるかねぇ……どうせ、テキトーに書いてたりしたんじゃないの?」


 話も一段落ついたので、私は先生から頼まれたおつかいの続きをする。結局、彼方さんってどういう進路を行く予定なんだろう……?


「ガチかっ!? それウチの進路希望かよぉぉぉぉ~っ!」


 彼方さんは勢いよく私からプリントを奪い取る。すごい焦ってる……テンションがとんでもない方向に振り切れることはあれど、今回は過去イチで余裕がなくなってないか?


「そんなに慌てなくても、私は中身を見てないから大丈夫だよ。それに私が見ても、なんのこっちゃ分かんないと思うし」


「まだ世間一般じゃ認められないかもねぇ。まあ、それでもウチはやるつもりだけどさ……今知られるのは恥ずかしいっていうか」


「え、彼方さんって『恥ずかしい』なんて気持ちとかあったんだ!? でも、そんな途方もない夢をプリントに書いたってこと?」


 意外すぎる……だってこの人、入学式の日から全力で鼻水のことを語ってたんだよ? そういうマイナスの感情は、とっくに切り離してモノゴトを考えてるもんだと思ってた……。


「いや、それくらいちゃんとあるよ!? ウチってどう思われてるんだよ。あと夢はね……じゃあヒントあげる。もしもそのプリントに『さやかの嫁になる~』とか書かれてたらどう思う?」


「え、そんなのめっちゃ恥ずかしいに決まってんじゃん! 単純に『どういうこと!?』ってなるし、進路希望に書くことじゃないでしょ!」


「――うんうん、予想通りの反応って感じ。だけどウチのやりたいことはこれなんだ~って、なんか一人で舞い上がって提出しちゃったわけ。そんじゃま、テキトーな大学にでも書き直しとくかねぇ……そうだ、さやかの書いたのと


 夢とは関係ないことを記入するとはいえ、本当にテキトーな穴埋め方法だなぁ。将来を真剣に考えてるんだか、考えてないんだか……やっぱり彼方さんの思惑は分かんないや。

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