並木『街路樹道』

 放課後、帰宅部の私たちは一緒に帰っていた。入りたい部活もなければ、学校に残って勉強に励めるようなやる気もない。テキトーなJKブランドを引っ提げて、ぶらぶら寄り道して帰る。これもまた『青春』ってヤツなんだと思う。

 四月も中旬になってくると、桜の葉が風に乗ってゆらゆらと揺れ出す。そんなヤツらの末路は、地に落ちて、靴やタイヤに踏まれ潰されるというものだ。


 やがて私もそうなるのかなと焦りつつ、それでも目先の青春にはしがみついていたい。私自身に『何もない』ことを知っているのは、これまた自分自身だったりする。だから今だけは楽しんでいたい。せっかくマブもいるみたいだし。


「並木道ってあるじゃん」


「あるね」


 ああ、またいつものが始まった。きっと、今この瞬間に桜並木を歩いているからだろうな。


「んで、街路樹ってのもあるじゃん」


「それもあるね」


「並木道の『並木』ってさ、要は道のサイドにあるわけじゃん? じゃあ実質『街路樹道がいろじゅみち』だと思うんだよね……じゃない?」


「分かんないけど多分違うと思うよ!?」


 なにその謎単語。しかも『路』と『道』って、同じ『みち』が二つも入ってるじゃん。上手く混ぜようとして、逆にごちゃついてない!?


彼方かなたさん、今回はちょっと無理があるんじゃない?」


「なに言っちゃってくれてんだよぉさやかさん。ここで考えるのを止めちゃったら、ウチから溢れ出す『ナニカ』が枯れちまう気がするんだよぉ……ウチらはこんなもんじゃないんだって!」


 ナニカっていうのは……まあ、十中八九才能のことなんだろう。少なくとも彼方さん的には開花しているらしい。どれだけ自信があるんだ。というか、さりげなく私まで巻き込まれてるし。


「いやいや、私は何もしてないでしょ。でも彼方さんがその『ナニカ』に溢れてるのなら、私もタダ乗りしちゃおうかな~?」


「よ~し、それなら一緒に考えよう。ウチだけの街路樹道を! ……今口に出して思ったけど『がいろじゅみち』ってすごい言いづらいな」


 確かに、言われてみれば『みち』の部分だけ異常に浮いてるな。まあ、もともと並木に街路樹を代入しただけのキメラだから、違和感があるのも無理ないか。


「そりゃ、街路樹道自体が無理やり作られた言葉なんだし仕方ないでしょ。それか、いっそ街路樹どうとして考えてみる?」


 自分でも何を言っているか分からなくなってきたが、そもそもの話題から謎なのだ。こんな意見の一つや二つ、謎の濃さには一ミリも影響しない。


「アリかもしんないね。それだと剣道とか書道みたいな『何かを極める系』になっちゃいそうだね~。でも、街路樹を極めるってどういうことだろ……? クソデカ盆栽?」


「肝心の並木道の話から脇道逸れちゃうね……今思ったんだけどさ、私たちって『並木』と『街路樹』を同じものって決めつけてない?」


 実際、決めつけているから『街路樹道』なんていう、イカつい字面をした謎の単語についてアレコレ意見を出し合っているわけで。もしもこの二つが似て非なるものだとしたら、今までの無意味な議論はさらに無意味なものとなってしまう。

 ――それでも。一度降って湧いた疑問を素通りするようでは、私の中にあるかもしれない『ナニカ』まで枯れ切って、二度となにも芽が出なくなってしまいそうで……。


「……私、ちょっと調べる!」


「いいねぇ、やっぱさやかはウチのマブだ!」


 こうなってしまったら、私たちを止められる者はもう目上の人以外存在しない。

 桜並木、両サイドにピンクの木々が並ぶ道。私はその真ん中で立ち止まり、フリック入力で疑問を摘み取るためのキーワードである『並木 街路樹 違い』の三つを検索エンジンにかける。


「出た! どれどれ……『並木は堤防などに植えられるもの、街路樹は道路に沿っているもの』らしいね。すごい似てるけど、やっぱり別物だよこれ!」


「マジか~! じゃあウチらの街路樹道もこれにておしまいだね~……。大事なのは木の方じゃなくて、だったかぁ」


 これにて、私たちの始まってもいない街路樹道プロジェクトは幕を閉じた。だけど不思議と悲しくも、寂しくも感じない。そもそもの発端が、彼方さんによるいつものどうでもいい話題だから、というのもあるけど……それ以上に、私も『ナニカ』に触れられそうだったのが嬉しい。

 ――未だふわふわとした、断片的な青春を満たすための重要な鍵に。


「結局並木も街路樹も、センターあってのもんなんだな~って。センターがいなけりゃ、ただ植物が並んで立ってるだけ。きっとウチも誰かにとっての、並木や街路樹にすぎないんだろうなぁ……ウチがセンターでいられるのは、ウチの人生だけ。なんか萎えてきたぁ~」


「センターまではないけどさ、な人もきっといるんじゃない? 例えば……ね?」


「……言うじゃん。あ~でも、それならセンターは嫌かもね。さやかが他の子と仲良くしたら、その分どうでもいい会話ができなくなるもん」


「どうでもいいって自覚はあるんだ……」


「そりゃあるよ。どうでもいい話題が、急にどうでもよくなくなる。マブと一緒ならねっ!」


 彼方さんは私の脇腹を肘でつんつんし、屈託のない笑顔を観客もいないのにバラまく。

 この人と友達になれてよかった。彼方さんにからかわれるだろうから、絶対言わないけどね。

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