第98話 青生春人の決断
後片付けを終えた俺たちは、帰路につく人の波に乗った。
そして、一人ひとり帰り道が違ってくるたびに、別れを告げて去って行く。
そんな中、俺と高見沢さんだけは最後まで離れることはなく、一緒に駅の方向へ歩いている。
「場所は、あの公園でいいんだな?」
「ええ」
「わかった」
それから特に会話をすることなく、俺たちは最初に高見沢さんに告白された場所へと向かう。しかし――
「この様子では、無理そうね」
「ああ」
普段のこの時間帯なら人はめったにいない公園内に、酔い潰れてベンチに座る中年や、手持ち花火を楽しむ大学生のグループの姿がある。
やはり祭りということもあり、外で人気のない場所をというのは難しい。
「場所を変えないとな。どうする?」
「私に当てがあるわ。ついて来て」
どうやらこうなることは事前に予想していたらしく、迷いのない足取りで高見沢さんは歩き出す。
そして、その後をついて行くと――
「ここよ。入って」
「――っ、ここって……」
高見沢さんに連れてこられたのは、駅前にあるマンション――つまり、高見沢さんの自宅だ。
「もしかして、エントランスに話せる場所があるとか?」
「そんなものはないわ」
「な、なら――」
「私の家に来て」
「――」
思わず、俺はその場で足を止める。
「何をしているの? 自動ドアが閉まるわ」
「いや、さすがにこれは――」
「大丈夫よ。両親は今日も仕事でいないわ」
「そ、そういう問題じゃ――」
マンションの中に入ることを躊躇する俺に、高見沢さんは告げる。
「そういう問題よ。青生くん」
「だ、だから何が――」
「あなたがどんな答えを出そうと、きっと私は一人で家には帰れない」
「――っ!?」
「受け入れてくれるのなら、その喜びで。そして、拒絶ならその悲しみで」
どうやら、高見沢さんの方もちゃんと覚悟を決めているらしい。
なら、俺もその覚悟に答えなければならない。
「わかった。入るよ」
「ありがとう」
自動ドアからエントランスに入り、そこからエレベーターで高見沢さんの部屋がある7階まで上がる。
そして、エレベーターを出て廊下の突き当りの部屋まで案内される。
「入って」
小さく頷き、中へ入る。
事前に聞かされていた通りご両親は不在のようで、部屋の中は真っ暗だ。
玄関で靴を脱いでから高見沢さんが明かりをつけると、あまり生活感のない空間が広がっていく。
この様子だと、ご両親が帰宅することはあまりないのだろう。
俺はゆっくりと静かな足取りで高見沢さんの後に続きリビングに入ると、二人掛けのソファーに座らされる。そして――
「それじゃあ、聞かせてもらうわ」
ソファーの隣に座った高見沢さんは、眼鏡を外し澄んだ切れ長の瞳でを俺を真っ直ぐに見つめながらそう言った。
※※※
「答えてくれて、ありがとう」
言葉の限り、俺は自分の出した結論を高見沢さんに伝えると、彼女はそれ以上は何も言わずその場から動かない。
「あまり遅いと心配かけるから、俺は行くよ」
そう言って立ち上がると、高見沢さんも同じように立ち上がる。
そして、一緒に玄関へと向かったところで高見沢さんは口を開く。
「青生くん」
「何だ?」
「ちゃんと、約束は守るから」
「ありがとう、助かるよ。それじゃ」
「ええ。さようなら」
短い会話を終え、俺は高見沢さんの家を出る。
そして、俺は何も考えないよう必死に感情を押し殺しながら、本来使う予定だった公園の中に足を踏み入れる。
幸い、さっきまでいた大学生のグループはいない。いるのは、酔っ払って酔いつぶれた中年の男性だけ。
これなら、大丈夫そうだ。
俺は空いているベンチに座る。その瞬間――
「――っ」
今まで目を反らし続けていた、心の痛みを受け入れる。
結論から言う――俺は、高見沢さんの気持ちを拒絶した。
理由は、本当に自分勝手なもの。
惠麗と過ごした数日間が終わった瞬間、俺の胸につかえていた重りのような何かが取れて、軽くなったような感覚を覚えた。
その重りのような感覚は何か。
答えは、異性から向けられる好意。
そして、それを受け入れたとき、俺はもう自分の望んだ平凡な青春の一ページを紡ぐことができなってしまう――
俺は、まだ終わって欲しくない。
花火大会で飲み物を買い忘れて楽しく騒ぎ立てたような、あんあ平凡な青春が。
もちろん、こんな心地よい関係がずっと続くものではないことはわかっている。
だけど、きっと、まだもう少しだけ、俺の望んだ日常は続けられるはずなんだ。
だから、俺は高見沢さんの好意を拒絶した。
俺自身が、今の関係を続けたいがために。
その上、さらに高見沢さんに約束までさせてしまった。
2学期からは、今まで通り、今日のことはなかったように、普通に接してくれるようにと。
高見沢さんは、何も言わずそれを受け止めてくれた。
それだけではない。
高見沢さんはありがとうと言った。答えをくれて、ありがとうと。
感謝を言うのは、わがままを受け入れてくれた俺のほうだというのに。
「ああ、痛いな――」
この心の痛みが、無理やり手に入れた平凡な青春の代価なのだろう。
だけど、きっと高見沢さんのほうが、もっと痛い。
「行こう」
明日から2学期が始まる。
残されたわずかな平穏のために、俺は歩き出した。
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