第96話 真壁りあの夏祭り
集合場所だった学校を出発して、河川敷についたところで、まずはみんなで食べる物を屋台で調達しようということになった。
先に花火を見る場所取りをしてからだと、屋台が混んで買えなくなる可能性があったからだ。
そこで、6人を2人ずつに分けることになったのだけれど――
真壁先輩、早速動いてきたわね……
私、高見沢玲奈は、遠くの屋台の方で仲良く買い物をしている青生くんと真壁先輩を見てそう思う。
ちなみに、ペア決めの結果は、私と河島さん、須賀くんと社先輩、そして青生くんと真壁先輩で、真壁先輩はまっさきに青生くんのパートナーに買って出た。
正直、私としては彼の隣を譲りたくはなかったけれど、情けない話、少し顔を合わせただけで心臓がビクンと跳ねてしまう今の状態では、二人きりなんて耐えられない。それに、青生くんとしても私と今、二人きりというのは望んでいないだろう。
だから、今回は真壁先輩に彼の隣を譲るしかなかった。
だけど、それでもまったく辛くないと言えば嘘になる。
もしかしたら今この瞬間に、青生くんが真壁先輩に惹かれてしまうのではないかと、そういった不安が胸の中に渦巻いているのだから。
大丈夫、大丈夫よ、私。
祭りが終わった後は、ちゃんと私の番が来るから。
「玲奈ちゃん?」
「――っ、ご、ごめんなさい」
色々と考えている間に、いつの間にか順番が回ってきたようで、私は一端青生くんたちの様子を見るのを止めて、河島さんの隣に並び注文を始めるのだった。
※※※
よし、早速二人きりになれた!
私、真壁りあは春人と早々に二人きりになれたことに、心の中で小さくガッツポーズをする。
高見沢さんに対して宣戦布告した日から、今日どうやってこの状況を作ろうかと考えていたけど、まさかこんなに早くそれが実現するとは思わなかった。
ここで、しっかりと春人にアピールしないと――
「りあ先輩、次はどこに行きますか?」
決意を新たにしたところで、片手にフランクフルトが入った袋を持った春人が尋ねてくる。
「う~ん、焼きそばとか?」
「それなら須賀たちのほうが買ってるんじゃないですか?」
「だったら、そうだな~」
私は自分たちが担当するエリアに並ぶ屋台を眺める。すると。
「あっ、あれとかどう?」
私は店頭にカラフルな色の飴が並んでいる屋台を見つけて、指をさす。
「りんご飴ですか?」
「うん、食後とかにどうかな?」
「確かに、花火を眺めながら食べるのにはちょうどいいかも」
「でしょ、行こ!」
春人の合意を得たところで、私たちはりんご飴が売っている屋台へ足を運ぶ。
「けっこう種類が多いですね」
「うん、どれにしようか」
近くに来て見てみると、りんご飴以外にもパイン飴やみかん飴、ぶどう飴などたくさんの種類が置いてある。
「とりあえず一人ひとつずつで、別々の種類を頼みましょうか」
「うん。ちなみに、私と春人は半分こね」
「えっ……」
私の提案に、春人が僅かに怯えたように身を一歩後ろに引く。
普段なら、ここで冗談だと言って話を終わらせるけど、今日は違う。
「ダメ?」
私は少し腰を低くして、下から見上げるように春人の目を真っ直ぐに見る。
以前の私が見たらあざといと嫌悪するかもしれないけれど、これはまだ序の口だ。
「ねえ、どうなの?」
「――っ、いや、まあ……仕方がないですね」
「やった」
少し困ったように春人が笑うと、私は頬を緩ませる。
「それじゃ、買おうか」
「はい」
私たちは、りんご、パイン、いちご、ぶどう、みかん、キウイの6種類を買い、気前の良さそうなおじさんから飴が入った袋をもらう。
「これは私が持つね」
「お願いします」
「任された」
私は袋をそっと左わきに抱え、他の屋台を見に歩き出した春人の後ろに続く。
そして、少し歩いたところで――
「きゃ……っ!?」
最初に比べ人混みが増えたせいか、反対方向からくる人にぶつかり、姿勢を崩す。すると――
「――っ、りあ先輩!?」
慌てた様子で、春人が咄嗟に空いた方の腕で私の身体を正面から抱き寄せる。
初めて直に感じる、男の子の身体。それも浴衣を着ているせいで、直に鍛えられた身体の感覚が伝わってくる。
やばい、ずっとこのままでいたい――でも……っ
「は、春人! も、もう大丈夫だから……っ!」
わざわざ支えてくれたのにも関わらず、私は自ら春人と距離を取る。
危なかった。あと少し遅かったら、心拍数が上がっていることを春人に悟られてしまうところだった。
まだ、ああいうのは私には早い。
「その、本当に大丈夫ですか?」
「う、うん!」
「でも、顔が――」
「えっ……っ!?」
今私、紅潮しちゃってるの!?
あれだけ心臓の鼓動が早くなったのだ、顔色が変わって当然だ。
何とか、何とかごまかさないと!
「ね、ねえ春人」
「何ですか?」
「その、ここ、掴んでてもいい?」
そう言って、私は顔色が見えないよう俯きがちに、そっと春人の浴衣の裾を掴む。
「はぐれたら、いけいないから」
「そうでうね。いいですよ、それくらい」
「ありがとう、春人」
「それじゃ、行きましょうか」
「うん」
少しハプニングがあったけど、私たちは再び屋台が並ぶ道を歩き始める。そして――
ああ、そうだ。これだけは伝えないと。
心拍数がもとに戻りつつあるのを感じながら、私は大事なことを思い出す。
「春人」
「何ですか?」
私は春人と距離を詰めて、耳元の近くで告げる。
「今更だけど、浴衣、すごく似合ってるよ」
無地のネイビーブルーの生地でできた、シンプルな浴衣だけど、それがあまり飾り気のない彼らしくて、すごく素敵だ。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」
「それじゃあさ、改めて、私の浴衣の感想、ちゃんと聞かせて」
さっきは、色々と制約があったから。
「その、すごく似合ってると思います」
「どこが?」
「えっと、色合いとか――いや、違うな」
もちろんそれもありますけど。そう前置きして、春人は少しだけ耳の端を赤くしながら答える。
「普段と違って、その邪魔にならないようお洒落にまとめられた髪型とかすごくいいなって。あと、清楚な感じのメイクも」
「――っ」
ああ、春人はちゃんと私のことを見てくれている。
まだ二人きりになって三十分すら立っていないけれど、今日はそれだけでもう、私には十分だった。
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