第95話 夏祭りが始まる


 登校日から一週間後――ついに、高見沢さんからの告白に対する答えを返す日が来た。


 大切な日であるにも関わらず、不思議と緊張感はない。


 きっと、惠麗と過ごした日々のおかげで、確かな答えを得ることができたからだろう。


「さて、行くか」


 俺は浴衣が着崩れしていないかを最後に確認してから、家を出る。


 みんなとの待ち合わせ場所は学校。


 祭りは俺の通学路である河川敷を中心に行われ、フィナーレには対岸から花火が打ち上げられることになっている。


 徐々に空が暗くなり始める中、俺は祭りの準備でにぎわっているであろう河川敷を避けて、学校へと向かう。そして――


「春人くん!」


 ちょうど家と学校の中間あたりのところで、薄桃色のビロード模様の浴衣を着た河島さんに声をかけられる。


 俺は彼女の呼びかけに軽く手を挙げて答えてから――


「河島さん。浴衣、似合ってるよ」


 率直な感想を口にする。


「ありがとう。春人くんも似合ってるよ」

「そっか、ありがとう」


 互いに浴衣姿を褒め合ってから、俺たちは並んで学校へと向かう。


「春人くん、いよいよ今日だね」

「ああ」

「答え、出た?」

「出たよ」

「そっか」


 河島さんはそれ以上、追及はせず話題は今日の夏祭りに移っていく。


「河島さんはずっとこの祭りに来てるんだよな?」

「うん、うちの病院が毎年救護テントを出してるんだ」

「なるほどな」


 夏祭りでは、酔い潰れたり、熱中症になって倒れたりする人が必ず一人や二人はいるものだ。


 そう言う意味では、少しだけ高見沢さんが心配だ。


 以前、一緒に隣の隣町に言った時、人混みに酔ってしまっていた。


 聞いた祭りの規模的に、あの時よりも人の密集度は高いだろうし、まだ夏の残暑は残っている。


 一緒に行動する時は気をつけないとな。


「あっ、みんなもう来てるよ!」


 考えているうちに、学校が見えてきたところで河島さんが声をあげる。


「おっ、本当だな」


 学校の校門の前に須賀と先週突然来ることが決まったりあ先輩とひなた先輩、そして高見沢さんの姿がある。ちなみに、全員しっかりと浴衣姿だ。


「お待たせ、みんな!」


 河島さんがみんなのところへ向かうと、それに続く形で俺もみんなの輪に入る。


 その瞬間、ふと高見沢さんのほうを見ると、いつものギラギラと光る眼鏡で隠れた表情が少しだけ強張ったような錯覚を覚える。


「それじゃ、全員集まったし。行くか」


 須賀がそう言って、祭りのある河川敷のほうへ向かおうとする。しかし――


「その前に、やることがあるでしょ?」


 りあ先輩が須賀の行動に待ったをかける。


「何すか、やることって」

「私たちの格好に、何か一言。特に春人」

「だとよ、青生」


 須賀が俺に話を振ると、りあ先輩だけでなく、ひなた先輩や高見沢さんまでもが、一斉に俺の前に出てくる。


「えっと、まずは誰から――」

「当然、私からよ」

「その次は私~」

「――」


 つまり、りあ先輩、ひなた先輩、高見沢さんの順番か……


「で、どうなの?」


 りあ先輩からそう言われ、まずは推しの浴衣姿をしかと拝見する。


 ベースの色は淡い青色で、その上に朝顔のような濃い青色の花が所々に散りばめられていて、良いアクセントとなっている。ちなみに、花のアクセントを活かすためか、帯は無地の濃い青色のものをつけている。


 全体的によくまとまっていて、とてもクールな印象を受ける。


「りあ先輩らしくていいと思います」

「ちょっと、何よそれ」

「よく似合ってるってことだよね~、それで私は~?」


 ひなた先輩の浴衣は、柚子のような柑橘類を思わせる黄色をベースに、たんぽぽのような同色の花が所々にある。もしかしたら、りあ先輩と花をテーマに合わせたのかもしれない。


 とにかく一つだけ言えることは――


「よく似合ってると思います」

「ちょっと、何か雑じゃない~?」

「私よりましでしょ。それで、高見沢さんはどうなの?」


 二人の先輩が不満を露にする中、俺は高見沢さんのほうを見る。


 白い無地の生地の上に、紫やそれに近い系統の色の蝶が所々にあしらわれ、全体的に淡い印象を受ける浴衣に、アクセントを加えるように濃い紫色の帯が腰に巻かれている。


 もし、これがリア充モードの高見沢さんだったらと思うと――


「その、綺麗だと思うよ」

「――っ」


 ふと意識しないで出たそのままの言葉に、高見沢さんが頬を僅かに赤く染め、小さく俯く。


 この空気、ちょっとまずいんじゃ――


「どうやらこの勝負、高見沢さんの勝ちらしいね~」


 ここで空気を変えるために一言「俺の浴衣はどうですか?」と聞こうとしたところで、ひなた先輩が茶化すようにボソッと呟く。


 これで少しは空気が――


「ちょっと、ひなた?」

「えっ、どうしたのりあ――ちょっと、痛いってば!」


 なぜか、割と本気で怒ったようにりあ先輩がひなた先輩の耳を引っ張る。


 そして、それを見た高見沢さんの口元が、僅かに上がる。


 もしかしてこれ、けっこうガチの勝負だったんじゃ……


 甘い雰囲気からバチバチした雰囲気へと変わりそうになったところで、その成り行きを見ていた須賀が近づいて来る。


「なあ、終わったんならそろそろ行かねえか? あんま遅くなると、屋台とか場所取りが大変になるぜ」

「それもそうだね。みんなそろそろ行きませんか?」


 た、助かった……


 須賀の言葉を聞いて河島さんが全体に呼び掛けると、俺たちはその言葉にそれぞれ頷き、自然と足先が祭り会場のほうを向く。


 何はともあれ、ついに夏祭りが始まるんだ。


 きっと、今日は俺の高校生活において重要なターニングポイントとなるだろうと、改めてそう思いながら、俺はみんなと一緒に祭り会場へと向かうのだった。


 


 

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