第94話 高見沢玲奈と真壁りあ

 文芸部の活動が終わり、朝田先輩と青生くんが部屋から出て行ったタイミングで、私は真壁先輩を真っ直ぐ見つめ口を開く。


「真壁先輩、話というのは何ですか?」


 緊張しているせいで、若干震えのある私の声を聴いて、真壁先輩は少し人の悪そうな笑みを浮かべながら答える。


「一つ、高見沢さんにお願いがあるの」

「お願い?」

「そう、お願い」


 一体、何なのかしら……


「単刀直入に聞くんだけど、今度の夏祭り。私も一緒について行っていいかな?」

「――っ!?」


 思っても見ない内容に、思わず私はその場に立ち上がる。


「どうしたの? そんなに動揺して」

「い、いえ……でも、どうして?」

「春人から聞いたの。それで私も行きたいなって」


 確かに、夏祭りの予定が決まった終業式の日から今日までの間に、春人と真壁先輩が会話をして、その中で夏祭りのことを聞いたというのは、自然な話だ。


 けれど、私にはまだ何か、あるような気がしてならない。


「本当に、それだけですか?」

「……」


 真壁先輩は何も答えない。


 ただ、私を試すように真っ直ぐにこちらを見つめ続けるだけ。


「やっぱり、何かあるんですね」

「うん。でもそれは、高見沢さんのほうも同じだよね?」

「それはどういう――」

「だって、高見沢さん。祭りの日に、春人から告白の返事を聞くんでしょ?」

「えっ――」


 どうして、そのことを知っているの?


「どうして知ってるのって、感じ?」

「――っ」

「春人から聞いたんだよ、当然」

「青生くん、が……」


 まだ半年も一緒にいるわけではないけれど、私なりに青生くんのことは理解しているつもりだ。


 青生くんは終業式の後にあったことを、易々と誰かに話すような人ではない。


 それなのに真壁先輩に話したということは、誰かに話さなければ辛いほどに、彼に大きな負担を掛けさせてしまっていたという――


「私にだから、話してくれたんだよ」

「――っ!?」


 まるで私の思考を読んでいるかのように、真壁先輩が今日一番の自信に満ち溢れた笑みを向けてくる。


 そこまでされれば、私にもわかる。


 真壁先輩は青生くんのことが好きだ。


 そしてこれは、私に対する宣戦布告。


「……」

「どうしたの? 何も言い返さないの?」


 真壁先輩は私から見ても、すごく魅力的な女の子で、青生くんが推しだ何だの言う理由はわかる。


 そして、そんな人からアプローチを受けて、青生くんの心がまったくなびかない何てことがあるとは思えない。


 私に勝てるだろうか?


 いや、勝てるだろうかではなく、勝たなければならない。


 ここで引けば、私はもう二度と真壁先輩の前には出られない。


 私は反射的に手を上に伸ばす。


 お下げにされた髪を下ろし、さらに眼鏡を取る。その瞬間――


「高見沢さん……っ!?」


 真壁先輩が大きく目を見開く中、私は真っ直ぐその目を見ながら告げる。


「私、負けませんよ」

「――っ」


 今度は真壁先輩が言葉を失うけれど、私はそれに構わず続ける。


「そういうわけなので、さっきのお願い、特別に聞いてあげます」


 本当は、勝てる自信なんてない。


 けれど、精一杯虚勢を張って見せる。


 正直、この程度のことくらいやってのけられなくては、青生くんの隣になど到底立つことなどできないはずだから。


「ありがとう、高見沢さん。このことは後で春人に伝えておくね」

「はい、そうしてください」


 さすがは真壁先輩、もう精神を立て直している。私のほうは、まだ心臓の鼓動が高まり続けているというのに。


 私はこれ以上は身が持たないと感じ、再び髪をまとめ、眼鏡をかけると、荷物を肩にかけて出口へ向かう。


「それでは私はここで。施錠はお願いします」

「わかったわ。気をつけて帰ってね」

「お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様」


 最後に小さくお辞儀をしてから、国語科準備室を後にする。そして――


「はあ~」


 緊張の糸が切れたように、部屋を出てすぐのところで私はその場に腰を下ろし、しばらくの間、動くことができなかった。


         ※※※


 まさか、高見沢さんがあんなに美人だったなんて……


 高見沢さんが出て行った後の国語科準備室で、私はパイプ椅子の背もたれに思い切り寄りかかりながら、失いかけた冷静さを取り戻し、さっきの会話を思い出す。


 内容だけ見れば、本当に嫌な先輩を演じてしまったなと思う。


 正直、話しながら今すぐにでも、冗談だったと言ってしまいたかったほどだ。


 だけど、それはできなかった――いや、するわけにはいかなかった。


 前に進むと決めたから。


 ただ待ってるだけではなく、自分から積極的に行く。


 そうしなければきっと、春人を振り向かせることはできない。


 だから、さっき高見沢さんに言った一言一句に、後悔はない。ないけれど……


 私に、勝てるだろうか?


 高見沢さんの素顔を見て、一瞬で彼女の美貌に目を奪われてしまった。


 そして同時に、彼女が春人の隣にお似合いだと思ってしまった。

 

 ダメよ、こんな弱気じゃ。


 まだ、戦いは始まったばかり。


 まずは、今月末の夏祭り。そこで精一杯のアピールをしよう。そうとなれば――


「浴衣の用意、しないと!」


 きっと春人のことだから、大袈裟すぎる褒め言葉を沢山くれるに違いない。


 うん、きっとそうだ!


 私はその瞬間を夢に見ながら、帰り支度を始めるのだった。


 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る