第93話 登校日と文芸部

 惠麗が東京に戻ってから数日が経ち、夏休みも残すところ10日となった。


 そして今日は登校日ということで、夏休みの課題の提出と二学期以降についての連絡があるらしい。


 始業15分前に俺は自分のクラスの教室に入ると、すでに席に着いていた須賀と目が合う。


「おう、久しぶりだな、青生」

「そっちこそ、ちょっと日焼けしたんじゃないか?」

「へへ、まあな」


 軽く談笑をしながら、自分の横と斜め前を見る。


 斜め前には河島さんが座っているが、その後ろに高見沢さんの姿はない。


 そのことに心の中で一息ついてから、河島さんに視線を向け、小さく笑みを浮かべる。


「河島さんも久しぶり」

「うん。久しぶり、春人くん。プールの日以来だね」

「おっ、そう言えば前に、プールに行くって言ってたな」


 俺と河島さんの会話に須賀が反応したことから、まずは夏休みにやったことについて、三人で談笑が始まる。


 そして、もうじき始業のチャイムが鳴ろうかというタイミングで、俺の隣の椅子がそっと後ろに引かれた。


「あっ、玲奈ちゃん!

「おっ、高見沢。久しぶりだな」

「久しぶり、河島さん、須賀くん」


 隣に座った高見沢さんに、河島さんと須賀がそれぞれ挨拶を済ませると、自然と二人の視線が俺と高見沢さんの間に向けられる。


「その、久しぶり。高見沢さん」

「ええ。青生くんも元気そうでよかったわ」

「……」

「……」


 少しだけ声のトーンの低い挨拶を交わすと、すぐに沈黙が訪れる。すると――


「何だ、もしかしてお前ら喧嘩でも――」

「――ああー、そう言えば、二人とも夏バテって言ってたよね!」


 俺たちの様子を不自然に感じた須賀の言葉に被せるように、事情を知る河島さんがすかさず割って入る。


「へー、夏バテか。まあ高見沢は何かわかるけどよ。青生、お前は情けないぞ」

「はは、そう言うお前こそ、塾ばっかで身体がなまったりしてないだろうな?」

「安心しろ、この夏もちゃんと文武両道だったぜ」

「おっ、さすが」


 河島さんの助け舟に乗ったおかげで、この場を上手くしのぐことができると、それから程なくして担任の若月先生と副担任の岩辺先生が入って来て、ホームルームが始まる。


 まずは夏休みの課題をそれぞれ回収して、それを数名が職員室へ運ぶ作業から。


 そしてそれが終わると、今度は二学期の話題へと移っていく。


「皆も知っていると思うけど、二学期には文化祭があります」


 文化祭という言葉に、教室のボルテージが少し上がる。そして――


「うちの文化祭では、各クラス二人ずつ実行委員を出して、その二人を中心に一つの出し物をやってもらうことになっています」


 実行委員と出し物という言葉に、さらにクラスメイト達が反応する。


「実行委員は始業式の日に決めることになっているので、その日までにやるかどうか考えておくように。出し物についても同じよ」


 なるほど。どうやら、文化祭について考えておくというのが夏休みの残りを使ってする宿題らしい。


 まあ、残念ながら今の俺には、それよりもっと大変な宿題が残っているから、そんなことを考える余裕なんてないけどな。


 それから定期テストや模試の日程など、今後のスケジュールについて連絡があり、午前11時ごろに今日は放課となった。


         ※※※


 放課後になり、私、高見沢玲奈は、文芸部の活動が行われる国語科準備室へ青生くんと一緒に向かっていた。


 ちなみに、一緒にというと、少し語弊があるかもしれない。


 正確にいうと、単に向かう目的地が同じで、偶然にも教室を出るタイミングが同じになっただけ。


 だから当然、私たちの間に会話はない。


 何とも言えない空気の中、青生くんがまずは国語科準備室の扉を開け、それに続く形で私も中へ入る。


「青生くんと高見沢さん、久しぶりね」

「「お久しぶりです。朝田先輩」」


 ――っ!?


 言葉が重なってしまったことに、思わず身体を震わせる。


「ふふ、相変わらず息ぴったね」

「――っ」

「い、いやだな~朝田先輩」


 朝田先輩の何気ない一言にズキリと胸が痛む私に変わって、青生くんがはぐらかすように言葉を発する。


 だけど、それはいつもの彼に比べて、少しキレが悪いような印象を受けるもので。


 その証拠に、朝田先輩は首を少しかしげている。


 これは少しまずい気が……


「どうしたの二人とも、何かあったの――」

「――お疲れ様です、みんな! ……って」


 危うく私たちのことについて聞かれそうになったとこで、真壁先輩が明るい調子で部屋に入ってきてくれる。


 そして、真壁先輩は一度、私と青生くんの様子を見たところで何かを察したのか、一瞬だけ表情を曇らせかけてから、再び笑顔で口を開く。


「全員揃ったことだし、早く始めましょうよ! 朝田先輩!」

「それもそうね。それじゃ、始めようかしら」


 それから、全員席に着いたところで朝田先輩の号令で活動が始まる。


 といっても、今日はいつものように読書をするのではなく、文化祭に向けた活動に関する今後の予定についての話し合い。


 毎年、うちの文芸部では文化祭当日に文集を出していて、それに一人につき一作品出すことになっているのだ。


 朝田先輩は、私たちに創作論に関する本を渡し、丁寧にその中のどの部分が参考になるのかを丁寧に説明してくれる。だけど――


 一体、何なの?


 私は斜め前に座る真壁先輩のほうへ、そう思いながら視線を向ける。


 せっかく朝田先輩からありがたい話を聞いている途中なのに、さっきからずっと、真壁先輩が私の足を何度も足の先でつついてくる。


 これは普段の活動の中で、たまに青生くんにしていることと同じだ。


 ということは、活動が終わった後に二人で話したいということ?


 活動が始まる前の時点で、真壁先輩には私と青生くんの関係の変化に気づかれた。


 もしかすると、そのことについて聞きたいことがあるのかもしれない。


 だけど、それならいつものように青生くんに聞けばいい。


 それをしないということは、私にしか聞けないことがあるのね。


 そういうことなら、わかりました。


 私は返って来た真壁先輩の視線に対して、小さく頷いて見せた。

 


 


 


 


 


 




 


 


 

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