第91話 青生春人を変えた世界<中編>

 哀川愛結華――それがファミレスの前で会った女の子の名前。


 春人が所属しているクラスの委員長で、駅の近くにあるスーパーマーケットへ買い物に来ていたところ、偶然にも春人を見かけたそうだ。ちなみに、春人の彼女とか、そういうわけではないらしい。


 そして、そのままの流れで、私たちは三人でファミレスに入ることになった。なったのだけど……


「その話、本当なの?」

「うん……本当だよ」


 注文したものを待つ間、私はせっかくの機会を活かして、春人の学校での様子を哀川さんに尋ねてみた。


 そして、哀川さんの口から語られた話に、思わず一度、疑ってしまう。


 クラスメイトを助けるために、嘘の告白をしたこと。

 臨時でサッカー部のコーチをしていたこと。

 そして、生徒会選挙で公開告白のような演説をしたこと。


 確かにどれも春人らしい行動なのには変わりないけれど、それと同時に今までと違うとはっきり言えるところもある。


 基本的に、春人は誰かのために行動することを惜しまない。


 ただ、その行動で決して自分の印象が悪くなったり、周囲に舐められるようなことはしなかった。クラスのリーダーという面子を、保たなければいけなかったから。


 だけど、今の聞いた話の中の春人は、自分の面子など一切お構いなしに、やりたいようにやっているような、そんな印象を受けて。


 これが、春人が望んだ学生生活なんだと、そう実感する。


「湖城さん?」

「――っ、ごめんなさい。昔と違ってて、少し驚いてしまったの」

「へえ~、――あっ、来たよ」


 話題がひと段落したところで、タイミングよく注文した料理が運ばれてくる。


 私はカルボナーラで、春人はハンバーグやソーセージの乗ったミックスグリル、昼食を済ませていた哀川さんはストロベリーパフェだ。


 私たちは目の前に置かれた料理に舌鼓を打ちつつ、今度は春人の交友関係を中心に話を進めていく。


 はっきり言って、これは聞いていてあまり気持ちの良いものではなかった。


 もちろん、春人が周囲の人たちと上手く付き合えていること自体は、素直に安心したし、仲良くしてくれている人たちにも感謝している。


 だけど、須賀くんという人以外、みんな女の子っていうのはどうなの!?


 話していて哀川さんは違うとわかったけど、話を聞く限り、他の女の子は絶対に春人が好きに決まっている!


 そして多分だけど、春人もそのことには気づいているはずだ。春人は昔から、けっこうそういうところには鋭い。もちろん、私の気持ちにも――


「惠麗、そろそろこの辺にしないか?」

「そうね、何か春人泣きそうだし」

「何て言うか、自分の今までの行いを聞いてると、普通に顔から火が出るくらい恥ずかしいんだよ」

「ふふ。というわけらしいから、哀川さん。初対面なのに、色々教えてくれてありがとう」

「うんん、私も話せて楽しかったよ」


 そう言って、哀川さんが眩しい笑顔を向けてくる。なぜだろう、この子もそのうち春人のことが好きになると、女の勘がそう告げている気がした。


         ※※※


 ファミレスでの食事を終え、哀川さんと別れた私たちは、春人の居候先に向かった。ちなみに、哀川さんとはちゃんと連絡先を交換して、定期的に春人のことを聞く約束になっている。


 春人の居候先に着くと、私は出迎えてくれた小川夫人に謝罪と感謝を伝え、それから通された部屋に荷物を置く。


 そして、春人と一緒に外へ出たところで尋ねる。


「春人、今日はどこへ連れて行ってくれるの?」


 小川夫妻に迷惑をかけ続けるわけにはいかないため、宿泊は今日一日だけ。つまり、どんなに遅くても明日の昼にはここを出発しないといけない。


「そうだな……まあ、まずは学校かな。それとこの前いい場所を教えてもらったから、夕飯を食べたらそこに行くつもりだ」

「わかった」


 それから、普段通学に使っているという西日の射す河川敷を一緒に歩きながら、春人の通う学校にたどり着く。


「ここがまあ、俺の学校だ」

「ここが……」


 どこにでもある普通の公立高校だと、事前に春人から教えられていた通りだ。


 少し失礼かもしれないけど、本当に特徴がない校門と校舎で、私立の東聖うちとは大違いだ。だけど――


 ここで春人は変わったんだ。


 今まで抱えていたしがらみから解放された中で、哀川さんたちと出会って、自分の芯は曲げずに、生き生きとここで学校生活を送っている。


「ねえ春人、少し入れないかな」

「そうだな……」


 普通、学校に部外者を入れることは許可がいることが多いから、断られても仕方がないと思ったけれど、春人はあっさりと「少しだけだからな」と言って、私を連れて校舎内に入る。すると――


「あれ、春人?」


 春人のクラスの教室へ向かっている途中で、後ろから声をかけられる。それも、また女の子の声で、かつ名前呼び。


 そして、名前を呼ばれた瞬間、春人は反射的に後ろを向くと――


「りあ先輩、お疲れ様です!」


 背筋を伸ばし、深く頭を下げる。えっ、な、何これ……


「ちょっと春人、人前でそんなことしないでよ」

「人前だから敬礼はしていません」


 け、敬礼って……


「それで春人、隣の子は誰?」


 私が状況に取り乱している間に、りあ先輩と呼ばれた女の子が私のほうに視線を向ける。


「ああ、えっと彼女はこの前伝えた」

「あっ、幼馴染の子!?」

「ええ、まあ……」

「初めまして、私はこの学校の生徒会長をしている真壁りあです。よろしくね」

「こ、湖城惠麗です! こちらこそよろしくお願いします」


 礼儀正しく丁寧にお辞儀をされて、思わず私も春人と変わらず頭を深く下げる。


 それにしても、この人があの春人が生徒会選挙のときに公開告白した人……


 改めて見ると、大和撫子という言葉がぴったり似合う美人で、春人はこういう人が良いのかと、そう思う。


 そして、きっとこの人は春人のことが好きだ。最初に春人に接する態度を見ただけで、私にはそれがわかる。


「りあ先輩は生徒会の仕事ですか?」

「うん、そんなところ。それより春人、無断で勝手に学外の子を入れたらダメだよ」

「うっ……すみません」

「今回は黙っておいてあげるから、先生に見つかる前に出るのよ?」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


 春人が頭を下げると、私も一緒に頭を下げる。


 すると、春人の耳元に真壁さんが口を持ってくると何か話している。


 そして口元が離れると、春人は私の知らない柔らかい笑みを浮かべるのだった。




 


 


 



 


 


 

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