第86話 新藤誠二郎の作戦
やってくれたな、誠二郎……
シュートを決めることができたのにも関わらず、俺は思わず表情を歪める。
今回の勝負で、俺が先行を選んだのには理由がある。
それは、こちらの全力の攻めをぶつけることで、誠二郎が実際にどの程度動けるのかを身をもって体験し、今後の攻めと守備のプランをしっかりと立てたかったから。
だけど、俺が先行を選んだ時点で誠二郎はそれを見抜き、俺の攻めをあえて軽く受け、実力を見せなかった。
これで、誠二郎が攻める番になったとき、俺はあいつの攻撃のレベルを想定することができないまま守備をすることになり、さらに再び俺が攻撃する際も、まともな攻撃のプランを立てられないまま攻めなけれならなくなる。
「さて、今度は俺の番だな」
そう言って、誠二郎が所定の位置にボールを置き、攻守が変わる。
攻める側が有利になるこのルールでは難しいが、こうなってしまった以上、こちらの全力の守備で、できる限り誠二郎の実力を引き出すしかない。
「それじゃ、行くぞ」
「来い……っ」
誠二郎が軽くボールを右側に蹴り、それに反応するように俺がボールのほうへ重心を傾ける。しかし――
「甘いな」
「何……っ!?」
誠二郎はボールをすぐに自分の方へ引き戻すと、瞬時に俺との距離を開け、そのままボールをゴールへ向かって蹴る。
そして、放たれたシュートは綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれる。
「これで1対1だな」
「――っ」
数字だけ見れば、ただ振り出しに戻っただけ。
だが、その中身は圧倒的に違う。
俺が取った一点は全力ではないとはいえ、実力の8割近くを出して奪ったものであるのに対して、誠二郎の一点はこちらの油断を突き少ない労力で奪ったもの。
実力をかなり見せた俺とほとんど見せていない誠二郎、情報戦という観点では、圧倒的に俺が負けている。
「それじゃ、第2回戦といこうか」
そう言ってボールをこちらにけった誠二郎は、勝負の優位性など微塵も意識していないかのように、平然としていた。
※※※
青生春人は天才であり、その才能は数か月程度名門校の過酷な練習をこなしただけで得られた実力など、すぐに追いつかれてしまう。
それが、春人に対する誠二郎の認識であり、実際それは最初に春人の攻めを受けた時点でわかった。
あの動きは、一年近くサッカーをしていない者の動きではない。
勝負が決まってから、春人が何かしら行動を起こしているであろうことは容易に想像がついていたが、正直ここまでとは思っていなかった。
これは誠二郎の感覚だが、おそらく自分と春人の間にそれほどの差はなく、本当に少しだけ自分の方が実力が上というだけだろう。
だからこそ、誠二郎は極力実力を見せないように攻めの時も振る舞った。本来なら、手を抜いて見せるのは守備のときだけと決めていたにも関わらず。
しかし、そうした甲斐はあったはずだ。
第2回戦――春人は確実にこの攻撃は捨てる。なぜなら――
(やはりそう来たか)
春人は先ほど誠二郎がやって見せたのと同じように、誠二郎と距離を取り、そこから彼の代名詞と呼ばれるロングレンジシュートを放とうとする。
これは次に誠二郎が同じように仕掛けた際の対応策を知るために、あえて誠二郎に対応させている。そしてその根底には、誠二郎ができることならある程度は自分にもできるはずだという潜在意識が見て取れる。
(むかつく野郎だ)
止めなければ延々と同じことを繰り返させるため、渋々誠二郎はシュートコースを塞ぐように位置取り、そのまま春人へと詰め寄る。
瞬発力とフィジカルは、今の誠二郎が春人に勝っていると確実に言える部分であり、その優位性がある以上、この距離から春人がシュートを打つことはできない。
そして、ボールキープで春人が手一杯になったところで、誠二郎は一気にプレスをかけると、あっけなくボールを奪取する。
「次は俺の攻撃だな」
「くそっ……っ」
春人が表情を歪ませる中、極力平静を装いながら誠二郎は攻撃の準備を進める。
しかし、その胸中はそれほど余裕のあるものではない。
(さて、勝負が終わるまでこの状態が持つかどうか……)
天才である春人の対応力に追いつかれるかどうか、これはそういう戦いだ。
誠二郎は改めて気を引き締め直し、第2回戦の攻めに転じるのだった。
※※※
第5回戦が終わった時点で、5対2で春人が3本差で負けている。
その状況に、隣に座る日高くんは厳しい表情を見せながら口を開く。
「やっぱり、今のあいつには厳しいか……」
日高くんの言う通り、素人の私から見ても、確かに誠二郎のほうが実力は上のように見える。だけど。
「本当に、もう勝てないの?」
「何?」
不機嫌そうに眉をひそめた日高くんに対して、私は続ける。
「何か、春人が勝てる道はないの?」
「勝てる道つってもな……」
困ったような調子の日高くんは知らないかもしれないけれど、この勝負の勝敗は春人にとって大きなものだ。
「テクニックは何とかついていっているが、フィジカルで完全に負けている。これを覆すような方法っていっても……おっ」
「何?」
何かに気づいた日高くんに、詰め寄ると、彼は小さく呟く。
「雨だ……」
「えっ……」
ぽつりぽつりと、上に向けた手のひらに雨粒が落ちる。それなりの大きさだ。
「よかったな、幼馴染」
「な、何?」
「これは青生にとって、恵みの雨だ」
日高くんはニヒルな笑みを浮かべながら、そう言った。
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