第83話 好敵手との特訓


 翌日の夕方。俺は都内某所にあるフットサル用のグラウンドへと訪れていた。


 理由は言うまでもなく、誠二郎との勝負に向けた特訓のため。


 照明に照らされたグラウンド内に足を踏み入れると、中でウォームアップを始めていたある人物と目が合う。


「遅かったな、青生」

「そういうお前こそ、約束の時間まで三十分はあるだろ。日高」

「お前の練習相手をする以上、中途半端なんて御免だ」

「はは、それは頼もしい限りだな」


 俺と日高はいつものように軽い挨拶を交わすと、互いに笑みを交わし合う。


 結論から言うと、あの日――小川さんとの会話の流れで日高に練習の相手をしてほしいと頼んだ時、日高は予想以上にあっさりとそれを了承した。


 前のチームメンバーの大半が、中々都合がつかないらしく、時間を持て余していたのに加え、俺の勝負の相手が誠二郎だと聞いて、居ても立っても居られなくなったらしい。


 ちなみに、今使っているグラウンドを紹介してくれたのも日高だ(ただし、使用料金は小川さんが出してくれている)。


「俺としては、早速お前とのタイマンと行きたいところだが、そっちのコーチが来るまではウォームアップに徹する。それでいいな?」

「ああ、問題ない」


 俺は更衣室に荷物を置き、練習着に着替えてグラウンドに出ると、ストレッチやボールを使ったフットワーク練習など、実践練習に向けたウォームアップに徹する。そして――


「待たせたな」


 6時半を少し回ったところで、ジャージ姿の小川さんがグラウンド内に入ってくる。


「今日からよろしくお願いします。小川さん」

「ああ。それと日高くん。今回は協力してくれてありがとう」

「別にいいですよ。これは青生のためじゃなくて、俺のためにやってることなんで」

「そうか。そう言ってもらえるとこちらも助かる。それでは始めようか」


 小川さんがそう言うと、練習の方向性を確認するためのミーティングが始まる。


「昨日、新藤誠二郎のプレー動画を見て、私なりに今の青生との実力差を考えた」

「それで、どうでしたか?」

「はっきり言って、お前に勝てる要素はない」

「ふっ、そうだろうな」

「――っ、」


 日高のやつ、すごく嬉しそうに笑ってやがる。


「それで、青生に勝機はあるんですか?」

「残念ながら現状はまったくないな。だが、勝負をする以上は何かしらの突破口を見出さなければならない」


 小川さんの言う通り、どんなに実力差があったとしても、勝たなければならない以上、何か糸口を見つけるしかない。


「教えてください、俺に必要なことを」

「勝負のルールを考えると、まずは点を取らない事には始まらない」

「つまり、攻めを強化するってことですか」

「そうだ」


 俺の持つ最大の武器であるロングレンジシュート、これを勝負に活かさない手はない。


 だが、いくら武器であるといっても、誠二郎と一対一の状況でそう簡単に打てるものではない――いや、違うか。


「わかりました。やります」


 難しくても、やってのけるしかないんだ。


「日高」

「お前がオフェンスで、俺がディフェンスか」

「とりあえず10本勝負で、青生がシュートを決めた回数が多いか、日高くんが防いだ回数が多いかで行こう」


 実際のルールはオフェンスとディフェンスを交互に繰り返すことになるが、攻めを重点的に鍛えるという点では、このルールのほうがいいはずだ。


 小川さんの提案に、俺と日高は揃って首を縦に振る。


「よし、始めよう」


 それから、実戦形式での練習が始まる。


「行くぞ」

「おう」


 シュートを打つために何とか日高のディフェンスを突破しようとする。


 しかし、上手い事少し体制を崩したと思っても、日高はすぐに立て直し、中々シュートモーションに入れない。


「おいおい、そんなもんか?」

「――っ」


 あの練習試合の日以降、これでも時折ボールに触ったり、体力づくりをするようになったのだが、それでも普段からきつい練習をこなしている日高の前では付け焼き刃にすらならない。


 ならばと、今度はフィジカルを活かして強引にゴールとの距離を詰め、そこから無理やりシュートを打とうとする。しかし――


「話になんねえな」

「――っ!」


 無理な体制から放たれたシュートは、ゴールポストに弾かれるどこから、ゴールに向かう前に日高によってあっさりとカットされてしまう。


 そして、日高は小川さんに視線を向けて口を開く。


「なあコーチ」

「ああ、わかっている」


「「こいつは想像以上に深刻だな」」


 くそ……っ。


 二人の感想に何一つ言い返せない。


 それほどまでに、俺と日高の今の実力差は開いている。


 こんなことでは、とてもではないが誠二郎には勝てない。


 だけど――


「もう一回だ」


 この程度で、諦めるわけにはいかない。


「へっ、そうこなくっちゃな」


 それから俺たちは、使用時間の夜の10時までほとんど休むことなく、一対一での練習を続けていき――


「――っ、しゃあ……っ!」


 何十回目になるかわからない勝負で、初めてゴールを奪うことに成功する。 


「今日はここまでだな」

「俺もそれがいいと思います。おい青生」


 息が荒くなった俺に、まだ余裕そうな日高が笑みを浮かべる。


「少しはキレが戻って来たんじゃねえか?」

「はっ、まだまだだよ」


 確かに日高の言う通り、回数を重ねるごとに身体が思うように動くようになっていった感覚はある。


 だが、それでもまだまだ全盛期には程遠い――いや、それは違うか。


 俺はこれから、全盛期を越えなければならないんだ。


「明日も頼むぜ、日高」

「おう、任せときな」


 こうして、好敵手ライバルとの特訓初日は終了するのだった。


 

 

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