第82話 凛との再会
りあ先輩からの言葉で、誠二郎と勝負する決断をした俺は、その旨を誠二郎に伝えた結果、勝負の日は俺が帰省する日の前日の夜――7日後となった。
勝負までの日にちを考えると、即座に少しでも勝率を上げるための行動をしなければならない。
そこで俺は、東京に住んでいる小川さんに、コーチをしてもらえないか頼むために連絡を取った。取ったのだが……
「よし、行くぞ。青生」
「は、はい……」
連絡を取った日の翌日の夜。
問題なく小川さんと再会できた俺だったが、なぜか居酒屋が立ち並ぶ区画に連れて来られていた。
いやまあ、前に小川さんが東京に帰るとき、ご飯くらいは奢ると言われてはいたんだけどさ。
「青生、何だか不服そうだな」
「正直、居酒屋とは思いませんでした」
「頼みごとがあるんだろ。なら晩酌くらいには付き合え」
「――わかりました」
小川さんの言う通り、コーチをお願いする以上は、文句を言ってはいけない。それどころか、率先して付き合うべきだ。
俺は仕事終わりでスーツ姿の小川さんに連れられて、近くにあった居酒屋に入る。
店内は女性受けしそうな最近の居酒屋といったお洒落な空間で、俺と小川さんは棚に並んだ高そうな日本酒や焼酎が見えるカウンターに並んで座る。
そして、小川さんは生ビールと枝豆や焼き鳥といったおつまみを、俺はウーロン茶と手羽先を注文したところで、小川さんは俺の方に改めて視線を向ける。
「それで、頼みというのは何だ?」
続けて酒が入る前に聞いておきたいと言われ、俺は完結に答える。
「東聖学園のホープと一対一の勝負か」
「はい」
「そして、その勝負に勝つためのコーチを私にと」
「難しいですか?」
「いや、問題ない」
意外にも、あっさりと了承の返事をしてくれた小川さんに、俺は尋ねる。
「その、いいんですか? 仕事とか」
「ああ。ちょうど今日一仕事片づいたたところでな。しばらく定時で帰れそうだから、夜だけなら問題なく面倒は見れる。それに」
「それに?」
「仕事でたまったストレスを、解消したいと思っていた」
「なるほど」
と、ここで店員さんが頼んでいた生ビールとウーロン茶を持ってくる。
「とりあえず話はこのくらいにして、乾杯といくか」
「はい」
「「乾杯」」
互いにグラスを合わせ、二人で飲み物を流し込む。何と、小川さんは一息に飲み干してしまい、すぐに次を注文していた。
それから小川さんの前に空のグラスが増えるにつれ、俺はただひたすらに激務の外資系コンサルの愚痴を聞かされ続ける。
正直言って、最初は困惑する部分が多かったが、こうして実際に社会人の現実を目の当たりにする機会はないため、思わず聞き入ってしまった。そして。
「今さらだが、コーチの話に戻ろう」
仕事に対する愚痴を大方語り終えたところで、小川さんが俺の頼んだ件についての話を再開する。
「さっきも言ったが、私がコーチをするのは問題ない。だが、おそらく私だけではお前を鍛え上げることはできない」
「それは……」
俺自身、それは何となくわかっていた。
いくら小川さんの指導の下、個人で練習を重ねても、誠二郎に勝てる確率がほんの1、2%上がるくらいだろうと。
「青生、練習相手をしてくれそうなやつに心当たりはないのか?」
「そうですね……」
中学時代の連中とは、正直な話かなり疎遠になっていると言わざるをえない。一応頼めないこともないけど、たぶんあまりいい顔はされないだろう。
となると、後は誰が……
そう思った所で、俺はつい最近連絡先を交換したやつのことを思い出す。
「一人、かなり良い相手に心当たりがあります」
「ほう、誰だ」
「それは――」
俺がその人物について伝えると、小川さんは何が面白かったのか、大きな声で笑い出す。
「ちょっと、さすがに騒ぎ過ぎですよ」
「いや悪いわるい、少年漫画かよと、思わず思ってしまってな」
まあ、小川さんがそう言いたくなる気持ちもわかる。
「それで、本当に手伝ってくれるんだろうな」
「可能性はかなり高いと思います」
あいつのことだから、地元の連中と一緒にこの期間も練習に励んでいる可能性はあるけど、それでも俺が誘えば乗ってくるような気がする。
「せっかくですし、今から電話でもかけましょうか?」
「おっ、いいな。やってみろ」
それから流れに身を任せるように、俺は先日交換した連絡先を使って、日高に電話をかけるのだった。
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