第73話 ギャル子先生は行く


 ついに来てしまった。


 的場先生に見学に誘われた三日後の午後、私、岩辺京子は隣の隣町にある青栄学院の校門の前に来ていた。


 正直、最初に誘われた時は、私みたいな新米が見に行って本当にいいのかという躊躇ためらいはあった。


 だけど、こんな貴重な機会は次いつ来るかわからないし、何よりサッカー部のみんなのためにできることはすると決めた以上、立ち止まるという選択肢はなかった。


「さあ、行くぞ!」


 私はもう一度気合を入れてから校門をくぐり、敷地内に入る。


 さすがに名門私立というだけあって、校舎を始めとする施設のいたるところがしっかりと整備されている。


 そして何より目を引くのが、芝が整備されたサッカー部専用グラウンド。


「すごい……」


 思わず、率直な感想を漏らす。すると――


「あら、もしかしてあなた岩辺先生?」


 後ろから声をかけられる。


 振り返ると、青色のジャージ姿の綺麗な女の人が立っていた。


「あの、あなたは?」


 そう尋ねると、女性は薬指に指輪をはめた左手で口を当てて「ごめんなさい」と言って、丁寧にお辞儀する。


「初めまして、私は岡田悟実おかださとみ、ここのサッカー部のコーチをしている者です」

「サッカー部のコーチさん!? その、私は岩辺京子と申します。今日は的場先生に呼ばれてそちらの練習を見学させて頂きに来ました」

「はい、丈一郎くんから聞いてますよ。とりあえず、彼の下まで案内しますね」


 そう言って歩き出した岡田さんの後ろについて行くと、さっき遠目で見た立派なグラウンドの中へと案内される。


 グラウンド内では、すでに部員の子たちがウォームアップを始めていて、その様子をパイプ椅子に座って見ている的場先生に、岡田さんが手を振って声を上げる。


「お~い、丈一郎く~ん! お客さんよ~!」


 岡田さんに呼ばれた瞬間、的場先生はすぐに立ち上がると、駆け足でこちらまで近づいて来る。


「これは岩辺先生、遠いところからご足労いただきありがとうございます」


 丁寧に頭を下げた的場先生に対して、私も同じようにゆっくりと頭を下げる。


「こちらこそ、こんな貴重な機会を下さりありがとうございます!」

「今日は思う存分見て行ってくださいね」

「はい、色々と勉強させて頂きます!」


 それから私は、集合した部員の子たちに挨拶をしてから、練習の見学を始める。


「それでは岩辺先生、何かわからないことがあったら、岡田さんに色々と聞いてください」

「あら、丈一郎くんが彼女の面倒を見るんじゃないの?」

「ごほん、私はこれでも一応この部の監督なので」

「あら、かっこつけちゃって。それとも意気地なし?」

「――っ、というわけなので、岡田さんお願いしますよ」

「もう、しょうがないわね」


 和気あいあいとした感じのやり取りを岡田さんと交わしてから、的場先生が部員たちの指導に入ると、私は隣にいる岡田さんに尋ねる。


「その、やっぱり迷惑でしたか?」

「そんなことないわよ!」


 そう言って、岡田さんが私の右手を両手で包み込む。


「普段は男の子ばっかりだから、あなたみたいな可愛い子と一緒に話せるの、嬉しいわ」

「で、ですが、さっき……」

「あっ、あれはそう言う意味の会話じゃないのよ! ごめんなさい、誤解させるような感じを出しちゃって」

「そ、そうなんですか」

「そうそう、だから岩辺先生は気にしないで! あっ、ほら練習始まったわよ!」


 それから本格的に練習が始まると、岡田さんは私の想像以上に詳しく、それぞれの練習の意図を教えてくれる。


 正直、そのどれもが私にはない知識や考え方ばかりで、手を休ませる暇が一度もないくらい、必死にメモを取り続けた。


 だからだろうか、気づいたときには空がオレンジ色に染まり始めていた。


「それじゃ、今日はここまで!」


 的場先生が部員たちにそう告げると、部員たちが一斉に片づけを始める。


「その、よろしければ私も何かお手伝いを――」

「ああ、いいのいいの。それよりどうだった? うちの練習」

「はい、どれもレベルが高かったですし、何より――」

「――お疲れ様です。岩辺先生」


 感想を口にしようとすると、的場先生がこちらに来る。


「あら丈一郎くん」

「岡田さん、よかったら彼らの片付けの面倒を見てもらってもいいですか? 私は岩辺先生と話したいことがあるので」

「あらま……ああ、なるほどね」


 的場先生と少しやり取りをした岡田さんが、何やら得心のいったという表情で何度か頷く。


 その様子を見て、私は尋ねる。


「どうしたんですか、岡田さん」

「いえね、どうして前に丈一郎くんが主要メンバーの練習試合を私に押し付けて、あなたの学校との練習試合に行ったのか、わかったものだから」

「えっ、それはうちに青生くんが――」

「――ああ岡田さん、これ以上おかしなことは言わないでもらえませんか?」

「あらま、ごめんなさい。丈一郎くん」


 岡田さんはそれから「お邪魔虫は退散」とよくわからないことを言って、的場先生に頼まれた通り部員の片付けの面倒を見に行く。


「それで的場先生、お話とは?」

「ああ、そのですね。よろしければこのあと食事でも一緒にどうかなと。できればその時に今日の練習について意見交換したいと思うのですが」

「なるほど……」


 そういうことなら、私としても今日の練習に対する解釈や感想について、的場先生に聞いてもらいたいと思っていたし、いいかもしれない。


「わかりました。お店はどうしますか?」

「それなら私が予約しておきます。車を持って来ますので、先生はここで待っていてください」

「えっ、あの部員の子たちは」

「解散も含めて岡田さんに任せたので、お構いなく!」


 そう言って、的場先生は駐車場のほうへと走って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る