第72話 悩める指導者たち


 学校が夏休みに入ると、生徒は部活や課外授業を除いて、基本的に来なくなる。


 だけど、教師は生徒が学校に来ない間でも、新学期の授業の準備や部活の指導などで、学校に行かないといけない。


 そして、当然それは私、岩辺京子にも当てはまる。当てはまるのだけど……


「うう、どうしよ~」


 職員室の机の上で、私は頭を両手で抱える。


 青栄学院との練習試合以来、サッカー部のみんなは今まで以上にやる気に満ち溢れ、日々練習に励んでいる。


 そして、練習試合後に的場先生の紹介もあって、地区内のいくつかの高校と練習試合をすることもできるようになった。


 だけど、結果はあまり思うようなものは出ていない。


 理由は単純――私の指導力不足。


 もちろん暇さえあればサッカーに関する勉強はしているし、定期的にみんなの状況報告を凛先輩にして、練習メニューの相談にも乗ってもらってはいる。


 だけど、試合中の戦略変更といった、ちょっとした機転を利かせなければならない状況になった時に、私は役に立てていない。


 そして何より辛いのは、そんな情けない私を誰一人責めないということだ。


「このままじゃ、せっかくのみんなの努力が」


 私のせいで無駄になってしまう。


「何とか、何とかしないと」


 でも、どうすればいいの?


「やっぱり、ちゃんと凛先輩に相談を――って」


 そういえば、今は仕事で一睡もできないくらい忙しいって言ってたし、さすがに無理だよぉ……


 なら、どうすればいいの?


 そう思った時、不意に青栄学院の的場先生のことが脳裏をよぎる。


「もしかしたら、的場先生なら――でも」


 向こうは全国常連校の監督で、私みたいな新米にそう易々と時間を割いてもらうわけにはいかない。いかないけど……


「今、頼れるのは的場先生しかいない」


 思い返せば、青栄学院に練習試合を申し込んだ時だって、迷惑を承知で頼んだのだ。


 今さら、何をためらうことがあるの、私!


 決めたじゃない、生徒のために頑張るって!


 私は勇気を振り絞り、交換していた的場先生の連絡先に電話をかけるのだった。


         ※※※


 ギャル子先生こと岩辺京子が職員室で悩んでいるとき、的場丈一郎もまた、練習に打ち込む部員たちを見ながら頭を悩ませていた。


 理由は、数日前にあったインターハイ。


 丈一郎が指揮する青栄学院は、準々決勝で東の名門と呼ばれる東春学園とうしゅんがくえんに敗れ、ベスト8となった。


 それもただの敗戦ではない。


 3点差をつけられての大敗。


 丈一郎的に今年のチームは決して悪くはなかったし、組み合わせ次第では決勝進出も夢ではないレベルだった。


 それでも大敗を喫したのは、紛れもない丈一郎自身の力不足が原因。


 もっと相手の力量をより正確に想定し、それを踏まえて作戦を立てることができていれば、こんなことにはならなかった。


 それだけではない。


 自分が考えた日々の練習メニューさえも、全国優勝という目標の前では、もしかしたら間違っていたのかもしれない。


 これは丈一郎にとって、初めての感覚だった。


 もちろん、監督業を始めた当初は自分に自信が持てなくなることはあった。


 ただ、それは自分がまだ未熟でロクな実績もなかったのだから、ある意味当然のことではある。


 しかし、今は違う。


 監督としてそれなりの年月を費やしたし、その間に何度も全国へ選手たちを導いてきた。


 そんな自分のやってきたことが、今、間違いだったと突きつけられようとしている。


 このままで、本当に良いのか。


 何度目になるかわからない、答えの出ない問いを自分に投げかけた。


 その時だった


「ん?」


 ジャージのポケットに入れていたスマートフォンが振動し、着信を知らせる。


 全国常連の監督ということもあり、練習中に電話がなることなど珍しくない為、丈一郎は何の気なしに発信元を確認する。そして――


「い、岩辺先生……っ!?」


 発信元に表示された名前を見て、心臓が一気に跳ね上がるような感覚を丈一郎は覚える。


(と、とりあえず誰にも邪魔されないところにいかなければ)


 丈一郎は走って練習中の部員に見られない位置まで移動すると、大きく深呼吸してから応答ボタンを押す。


「もしもし、的場です」

「的場先生、お世話になっております。岩辺です!」


 通話に出ると、最初に話したときと変わらない、はつらつとした調子で京子が挨拶をしてくれる。


 その明るく可愛らしい声に、沈みかけていた気持ちが少しだけ上がる。


「これは岩辺先生、お久しぶりです。今日は一体どのようなご用件で?」

「えっと、少し的場先生にご相談したいことがありまして」

「なっ――」


 ご相談――その言葉を聞いた瞬間、丈一郎のテンションは一瞬にして最高潮に達した。


「わ、私に相談ですか!?」

「は、はい……その、やっぱりご迷惑で――」

「迷惑なことなどありません、是非聞かせてください!」


 それから丈一郎は、京子から今サッカー部の指導で悩んでいることを、時折丁寧に相槌を打ちながら、真摯に耳を傾けた。


 そして、全てを聞き終えてから、ゆっくりと丈一郎は口を開く。


「そういうことでしたら、一度、うちの練習を見に来てはいかがでしょうか?」

「えっ、わ、私がですか!?」

「はい、こんな私が指揮するチームですが、少しは参考になると思いますよ」

「で、ですが、私なんかがお邪魔してもよろしいのでしょうか?」

「はい、問題ありません」


 むしろ、丈一郎としてはお金を払ってでも見に来てもらいたい。


 それは、もちろん丈一郎自身が京子と会いたいという気持ちもあるが、それだけでない。


 今チームの中にはインターハイ終わりでモチベーションが下がっている部員も少なくはない。


 外部から視察が来ることで、少なからずそういった選手たちのやる気の動機づけもすることができる。


 そして何より、自分の指導法に懐疑的になっている丈一郎にとっても、京子からの意見を聞けるというのは大きい。


「どうでしょうか?」

「――わかりました。的場先生がよろしければ、是非見学させてください!」

「よかった、それでは後で候補日を連絡しますね」

「はい、よろしくお願いします!」


 こうして、京子の青栄学院への訪問が決まるのだった。




 

 

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