第71話 推しになら


 りあ先輩と二人で飲み物を買って、少しだけ距離を開けて俺たちはベンチに座る。


「それじゃ」

「飲みますか」


 二人で薬品のような味のする炭酸飲料が入った缶を開ける。


「春人、先に飲んで」

「え~」

「じゃあ、一緒に」

「わかりました」


「「せーの!」」


 息を合わせて、一斉に口に飲み物を流し込む。


 すると、薬品のような何とも言えない味が口の中に広がる。だけど。


「ねえ、春人」

「はい」

「これ、意外といけるね」

「はい、本当意外に」


 昔、興味本位で飲んだ時は、そんなにいいと思わなかった。


 それが、運動した後だからか、夏だからか、それともりあ先輩と一緒だからかはわからないけど、不思議と嫌な感じはしない。


「これじゃ、罰ゲームというより、良い勝負だったね賞って感じですね」

「うん、本当にね」


 お互い笑みを交わし合い、一気に飲み干すと、おもむろに空を見上げる。


「きれいな星空ですね」

「うん、しばらく眺めてようか」

「そうですね」

「ちなみに春人はさ、夏の大三角形ってわかる?」


 唐突にそう問われ、自然とズボンのポケットに手を伸ばす。


「スマホで調べようとしないの」

「いや、普通に気になりません?」

「私としては、かっこよくレクチャーしてほしかったな」

「うう……精進します」


 まさか、こんな形で推しの期待を裏切ることになるとは、無念だ。


 俺は沈んだ気持ちを紛らわせるように、話を変えることに。


「そういえばりあ先輩、生徒会のほうはどうなんですか?」


 以前、夏休みに入ってから色々あるということを聞いている。


「けっこう忙しいよ。ただ、それよりも――」

「何かあったんですか?」

「いや、けっこうメンバーから聞かれるんだけどね」


 そう言って、りあ先輩は少しだけ頬を赤くしながら続ける。


「春人とはどうなったのかって」

「それはどういう意味ですか?」

「ほら、選挙の時に春人が私のことを推しとか何とか言ったでしょ。それで――」

「――そのせつは本当にご迷惑をおかけしました」


 まあ、あの推し宣言で実際に何か特筆すべきことがあったかと言われれば、そんなことはない。


 強いて言えば、一部の生徒と教師から可哀そうなやつを見る目を向けられるようになったことくらいだろうか。


 だけど、どうやら大したことがなかったのは俺だけのようで、りあ先輩のほうにはしっかりと被害が出てしまっていたようだ。


「ちなみに、それでりあ先輩は何て答えてるんですか?」

「何もないよって答えてる。でも、みんな信じてくれなくて、たぶん私と春人がどうにかなるのをみんな期待してるんだと思う」

「はは、何ですかそれ」


 最近、そっち方面で色々悩まされているせいか、思わず乾いた笑みが漏れる。


「春人?」

「あっいや、みんな恋バナが好きなんだな~と」

「そうそう。困っちゃうよ、本当に」


 苦笑いを浮かべながら、りあ先輩は続ける。


「ちなみに、春人の方は最近どう?」

「――毎日課題に追われてます」

「じゃあ、私からのメッセージに既読つけてしばらく返事くれなかったのもそのせい?」

「うっ、そ、それは……」

「本当、わかりやすいんだから」


 普段ならもっと気の利いた答えができるのに、りあ先輩の前だとあまりそれが上手くできない。


「よかったら、聞かせてくれない?」

「いや、それは――」

「今までだって、私には全部教えてくれたじゃない」


 そうだ、りあ先輩はいつだって俺の相談を聞いてくれた。

 

 推しになら、話してもいいんじゃないか?


「――そうですね。全部、話します」

「うん、話してみて」


 それから、俺は終業式の日にあった高見沢さんからの告白や河島さんとのやり取りなど、今日に至るまであったことを赤裸々に話した。


 その間、りあ先輩は口を挟むことなく聞いてくれて、そのせいか、内容の割に不思議と言葉に詰まることはなかった。


「大体、こんな感じです」

「そっか、やっぱり」

「りあ先輩も気づいてたんですか?」

「まあ、二人で出かけた後、高見沢さんの様子がおかしいって聞いた時くらいから薄々と」


 そういえばあの時、りあ先輩は何かを察したような感じだったような気がする。


「りあ先輩、俺、どうしたらいいんですかね?」


 俺は推しの澄んだ大きな瞳を見ながら、切に尋ねる。しかし――


「そんなの、わからないよ」


 普段は何かしら答えをくれるりあ先輩は、力なく首を左右に振る。


「やっぱり、俺自身が答えを出すしかないってことですよね」

「うん、それしかないと私も思う。だけど」


 りあ先輩が、そっと俺の手に自分の手を重ねる。


「春人が真剣に悩んで出した答えなら、二人は絶対に受け入れてくれるよ」

「りあ先輩……」

「もう、そんな情けない顔しないの」

「――っ、顔に出てましたか?」

「うん、すごく泣きそう」

「うっ」


 確かに、胸の中にある温かさが、目頭が熱くなる前のそれだ。


 俺はそんな感情を誤魔化すように、りあ先輩に伝える。


「その、ありがとうございました」

「えっ、何が?」

「色々聞いてもらって、少し胸のつかえが落ちた気がします」

「そっか、それはよかった。私としても、やっぱり春人にはいつもの感じでいてもらいたいから」


 そう言ってりあ先輩はベンチから勢いよく立ち上がる。


「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

「はい」


 それから俺は、りあ先輩を家の近くまで送ってから帰路につく。


 最初は二人で会うことに迷ったけど、会ってよかった。


 これでもう少しだけ前に進めそうだ。


         ※※※


 春人の話を聞いて、想像した。


 彼が高見沢さんと付き合い始め、部活や登下校のたびに親し気に話す姿を。


 その瞬間、確かに私の胸のどこかがズキリと痛んだ。


「やっぱり、私……」


 私の中で、春人の存在が愛おしい後輩から愛おしい一人の男の子へと、今日、確かに変わった。


 

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