第70話 あの日の続き
河島さんたちと一緒にプールに遊びに行った帰り、俺はりあ先輩からメッセージを受け取った。
内容は近いうちに二人で会えないかというもの。
正直、迷った。
高見沢さんや河島さんとのやり取りがなければ、素直にその誘いを受けたことだろう。
だけど、今は異性と二人きりになっていいのかと、どうしてもそう思ってしまう。
それから家に帰るまで、既読をつけた状態で俺はずっと答えについて考え続けた。
そして、最終的に二人で会うことに決めた。
きっと今年の夏は、俺にとってそういうものなのだと思ったから。
※※※
三日後の夜。
俺がりあ先輩から呼び出されたのは、地区内にある少し広めの公園だった。
「こんばんは。春人」
「こんばんは。りあ先輩」
公園の入り口で、半そで半パンに、バスケットボールを片手に持って待っていたりあ先輩が、軽く手を振ってくる。
「それじゃ『あの日続き』、しようか」
「はい」
そう、今日呼ばれたのは、以前練習試合後にした約束を果たすため。
この公園にはバスケットゴールがあるらしく、そこで決着をつけるようだ。
前に一緒に遊びに行ったときは、ゲームの
ゴールがある場所はここから少し歩くらしく、二人で一緒に静寂に包まれた夜の公園を一緒に歩く。
「りあ先輩、もしかして少し髪切りました?」
「うん、よくわかったね。春人」
小さな笑みを漏らしながら、りあ先輩は後ろ髪をさらっと手でなびかせる。
前は肩甲骨辺りまで伸びていた黒髪が、今は肩のラインのところで切りそろえられている。たぶん、セミロングってやつだ。
「春人的には、前のほうが良かった?」
「前のは前のでよかったですけど、今のも普通に素敵です」
「ちなみに、バスケやってた頃はもう少し短かったんだよ。見る?」
「それは是非見てみたいですね」
「それじゃあ」
そう言って、りあ先輩は短パンのポケットからスマホを取り出し、少し操作してから俺に画面を見せてくる。
「どう?」
「お、おお……」
見せられたのは、試合後といった感じの、チームメンバーとのツーショット写真。
今よりもまだ顔立ちにあどけなさが残っているから、中学時代のものだろうか。
りあ先輩の言う通り、今よりも髪は短く、長さ的にはちょうど顎のラインくらい。ショートボブってところか。
そして何より、無邪気な推しの笑顔がたまらない。
「すごく素敵です」
「今の私よりも?」
「それは比較できません」
「どうしてよ?」
「今のりあ先輩には大人の魅力がありますので」
「ふふ、何よそれ」
こんな調子で歩いていると、ストリートバスケ用のコートが二面ほど見える。
「それじゃ、軽く準備運動と練習をしてから勝負ということで」
「わかりました」
それから俺とりあ先輩は、ストレッチをはじめとする準備運動や、シュート練習をしてから、向かい合う。
「ルールはどうしますか?」
「シュート10本勝負」
「それ、俺が不利じゃありません?」
「大丈夫。春人はフリースローラインからで、私はスリーポイントラインから打つから」
「なるほど、そういうことなら。順番は俺からでいいですよね?」
さすがにりあ先輩の後というのは、プレッシャーが半端ない。
「いいわよ。春人が先行で、私が後攻ね。あっ!?」
「どうしたんですか?」
「せっかくだし、罰ゲームを決めましょ」
「いいですね。何にしますか?」
「負けた方はあそこの自販機で飲み物を奢る」
「それで行きましょう」
ルールと順番、それに罰ゲームを決めたところで、さっそく俺はフリースローラインに立つ。
「それじゃ、行きます」
「うん、頑張れ春人!」
推しの声援を力に、最初の一本目のシュートを放つ。
ぱしゅっ。
「よし!」
「すごい春人、その調子その調子!」
応援は嬉しいんだけど、これ勝負だよね?
そんな疑問を抱きながらも、俺は10本シュートを放つ。そして――
「春人は10本中7本ね」
「素人にしては上出来です」
「うん、本当に。それじゃ、今度は私の番だね。春人、ボール」
ボールを手渡すと、りあ先輩はスリーポイントラインに移動する。
こうして見ると、フリースローラインに比べてかなり距離がある。
「それじゃ、行くよ」
何度か地面にボールをついてから、りあ先輩は膝を使ってシュートを放つ。
素人の俺のシュートと違って、ボールは綺麗な放物線を描き、優雅にゴールへと吸い込まれていく。
ぱしゅっ。
「よし、まずは一本」
パチパチパチパチ。
あまりの華麗さに、惜しみない拍手を俺は送る。
「ちょっと、まだ一本決まっただけだよ」
「じゃあ、次はもっと派手にやります」
「ほどほどにね」
それからりあ先輩は着々とシュートを成功させていき、9本目を打ち終わった時点で7本と俺に並んだ。
「あと一本決まれば、私の勝ちね!」
「小銭の用意ならできてますよ」
そう言って数枚の百円玉を見せると、くすっとりあ先輩が笑う。
「じゃあ、さくっと決めますか」
真剣な表情でりあ先輩はゴールを見つめ、シュートを放つ。
「あっ」
ボールは一度、リングに当たると入るか入らないかと、リングの上で動き回る。そして――
「あ~あ」
残念ながらボールは地面に落ちる。
「もう、春人が笑わせるからだよ」
「すみません。じゃあ、その謝罪として俺が買います」
「いいよ、別に。でも引き分けか~、あっ、いいこと思いついた」
「おっ、何ですか?」
「二人で相手の飲み物を選ぶの、どう?」
「確かに、二人とも罰ゲームって感じでいいですね」
「じゃあ、決まりってことで。行こ!」
二人で自販機の前まで移動する。
「ちなみにりあ先輩は、体質的にダメなやつとかありますか。炭酸とか」
「うんん、ないよ。春人は?」
「俺も大丈夫ですよ」
「じゃあ、一斉に選ぼうか。せーの」
「「あっ!」」
俺とりあ先輩の指が同じ場所を指して、少し触れ合う。
「春人、意地悪だね」
「そういうりあ先輩こそ」
俺たちが指さしたのは、ちょっと薬品っぽい味がする炭酸飲料だった。
「まあ、ルールはルールだし、二人ともこれを飲むということで。いい、春人?」
「異議なし」
「それじゃ」
二人分の炭酸飲料を自販機から購入し、それぞれ手に取る。
夏ということもあって、ひんやりと缶から伝わる冷たさが気持ちいい。
「とりあえず、ベンチにでも座って飲みましょう」
「はい」
推しとの夜は、もう少しだけ続く。
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