第42話 ギャル子先生の奮闘

 時は春人たちが居残り練習を始めた頃、ギャル子先生こと岩辺京子は、練習試合を組むために色々な学校に電話をかけていた――


「はあ、ここもダメか~」


 私は自分のデスクの上に思わずうつ伏せになる。


『京子、私が去るまでの間に一つでいいから練習試合を組め』


 昨日の練習が終わったあと、凛先輩からそう頼まれ、空いた時間を使って色々な学校に電話をかけ続けているけど、一向に決まる気配がない。


 一番の理由はたぶん、私にコネクションがないこと。


 練習試合を組む過程は沢山あるけど、一番オーソドックスなのは、試合に出た際に他の学校の顧問の先生と仲良くなり、そのよしみで試合をセッティングするというもの。


 生憎、一度も試合会場に行ったこともない新米の私には、当然他の顧問の先生の連絡先なんてない。


 となると、必然的にできるのは直接相手の学校に電話をかけて、練習試合を申し込むという方法なんだけど。


 これがまったく上手く行かない。


 どこにかけても『他の学校とすでに予定が入っている』だったり、『いきなり良く知らない学校はちょっと……』とか、色々と理由をつけて断られてしまう。


 そんなやり取りを何度も繰り返すうち、気づいたときには近隣の学校の候補はほとんどダメになっていた。


「あと残ってるのは……」


 候補リストを確認すると、残すのは一校のみ。


「青栄学院か~」


 学校の名前を見て、深いため息が漏れる。


 青栄学院――私がマネージャーをやっていた時から全国常連だったチームだ。


「いくら何でもここはな~」


 さすがの私でも躊躇ためらってしまう。


 それくらいすごい学校なのだ。


 だけど、だからといってここで逃げていい理由にはならない。


 みんなのためにできる努力はするって決めたじゃない!


 私には凛先輩や青生くんみたいに、部員のみんなを指導する力はない。


 そんな私にできることは、大恥をかこうがみんなのために練習試合を取ってくることだ。


 よし、やろう!


 意を決して、私は青栄学院へと電話をかける。


「もしもし、青栄学院です」


 最初に電話に出たのは、事務の人だった。


 私は緊張で早くなる鼓動を気にしないようにしながら、サッカー部の顧問の先生に取り次いでもらうように頼む。


 すると、意外にあっさりと相手校の顧問の先生に取り次いでもらえた。


「もしもし、サッカー部監督の的場ですが」


 私が名門校の監督に抱くイメージとは少し違った、若々しい働き盛りのようなはきはきとした男性の声が聞こえてくる。


「あっ、わ、私は――」


 それから私は、簡単に自己紹介をした後、サッカー部と練習試合をしたい旨を伝える。


「練習試合……ですか?」

「はい……身の程知らずなお願いかもしれませんが、お願いできないでしょうか!」


 当然と言える微妙な反応に対して、私は精一杯、相手に見えないとわかっていながら頭を下げる。


「ふむ……」


 少し何か考えているのか、向こう側から沈黙が帰って来る。


 うぅ~、胃が痛いよぉ~。


 今すぐにでも受話器を元の位置に戻したい衝動を感じていると、咳ばらいが聞こえてくる。そして――


「岩辺先生はこの界隈に来て日が浅いんですか?」


 この界隈というのは、うちの地域のサッカーに関するコミュニティーのことだろうか。


「はい、大学を卒業したての新米ですので」

「大学を卒業したての新米?」

「――っ、そ、その、何かお気を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません!」

「い、いや、そんなつもりで聞いたわけじゃないから!」

「そ、そうですか……」


 ほっと一息つく。


「それで、どうでしょうか?」

「まあ、いいですよ」

「えっ、ほ、本当ですか!?」

「ええ。といっても、上のチームはすでに練習試合を組んでしまっているので、連れて行けるのは一年生主体のチームになりますけど。それでよければ」

「是非、お願いします!」

「それじゃ、詳しいことは後で話し合うということで」


 それから、お互いの携帯電話の番号を交換した後、通話を終える。


「やった、やったよみんな!」


 あまりの嬉しさに、私はその場を何度も飛び跳ねるのだった。


         ※※※


「つい勢いでOKしてしまった……」


 職員室内で京子が喜びを爆発させている頃、青栄学院の職員室でサッカー部監督の的場丈一郎まとばじょういちろう(32歳)は、椅子の背もたれに深く寄りかかり、ため息をついた。


 本来なら、いくら一年生主体のチームと言えど、対戦相手としてはレベルが釣り合わない学校だ。


 であるにも関わらず、丈一郎が京子からの申し出を受けたのには理由があった。


 それは、単純に京子に会ってみたかったから。


 もちろん、指導者としてではなく、一人の異性として。


 これは丈一郎に限らず多くの教師全般にいえることだが、生徒に多くの時間を割かなければならない教師は、出会いが少ない。


 特に、全国クラスの部を率いる丈一郎ならなお更で、お盆や年末年始を除いて部員のためにほぼ年中働き続けている。


 そんな丈一郎に唯一出会いがあるとするなら、それはサッカーに関連するイベントのみ。


 そして、今回の練習試合こそが、出会いの可能性があるイベントというわけだ。


(さすがに、新卒ですでに旦那がいるなんてことはないよな……)


 もちろん、彼氏がいることはあるだろう。


 だが、それならまだ丈一郎にも勝機はある。


 歳も歳だし、人の恋路を邪魔しないなんて綺麗事は言っていられないのだ。


(とりあえず、さっさと日程を決めてしまうか)


 スマートフォンを取り出し、まずは相手の連絡先を登録しようとする。


「ん?」


 すでに京子から連絡が来ている……それも、メッセージアプリで。


 最近は電話やメールよりこの手のアプリで連絡を取ることは多いし、電話番号を登録すれば連絡先もすぐに手に入るから、メッセージアプリで連絡が来たことは問題ではない。


 問題なのは、京子が自分の写真を連絡先のアイコンに使っている点だ。


「こ、これは……」


 ジャージ姿の京子が、女子サッカー部の部員と思われるこちらも綺麗な女性と楽しそうに肩を組んでいる。ちなみに、女子サッカー部の部員は凛である。


「行くしかない」


 はっきり言って、どちらが京子なのか今の丈一郎にはわからない。


 ただはっきりしているのは、二人とも丈一郎にはもったないくらいの美人ということだ。


「コーチには悪いが、トップチームは一人で見てもらうか」


 本当なら、京子に伝えた通りトップチームは練習試合が組まれているが、数少ない出会いの場を放棄してまで参加するほどでもない。


 もちろん、相手のチームに対して失礼なことではあるが、それ以上に丈一郎の結婚したい願望の優先度は高いのだ。


「今から楽しみだ――」

「何が楽しみなんですか?」

「――っ、ひ、日高!?」


 これから迎える出会いイベントに胸を躍らせていると、一年部員の日高昇が目の前に立っていた。


 丈一郎は威厳を示すために、大きく咳ばらいしてから告げる。


「練習試合が一つ決まってな。といっても、一年生主体のチームのだが」

「どこなんですか?」


 高校の名前を丈一郎が伝えると、昇は大きく目を見開く。


「ん? どうした日高」

「監督、俺も連れて行ってもらえませんか?」

「何?」


 昇は一年生でありながら、すでにトップチームのメンバーとして活躍している。


 はっきり言って、ついて来る意味が丈一郎にはわからない。


「理由は?」

「あいつが、いるかもしれないから」

「あいつ?」

「青生春人」


 青生春人――全国レベルのサッカー部の監督をやっていれば、必ず聞いたことのある名前だ。


「それは本当なのか?」

「サッカー部にいるかは知りません。でも、インターハイ予選のとき、俺は一度会っています」


(そういえば、インハイ予選のときに日高が誰かともめたという噂があったな。まさか、その相手があの青生春人だったのか……まあいい)


「着いて来たければ、そうするといい」

「――っ、ありがとうございます!」


(それにしても、青生春人か……)


 出会い云々関係なく、自らが出向く必要があると、丈一郎は昇が嬉しそうに頭を下げるのを見ながら思うのだった。

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