第41話 二人の課題
翌日の放課後、部員たちがウォームアップを終え、それぞれポジションごとに小川さんから与えられた練習メニューに取り組み始める中、俺は任された野田先輩と井上くんを呼び出す。
「いよいよ今日から本格的なトレーニングだな。よろしく頼むぜ、青生!」
「不束者ですが、改めてよろしく、青生くん」
「こっちこそ、若輩者ですがよろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶を交わしてから俺は本題に入る。
「それじゃ、まずは俺が昨日の紅白戦を見て思ったことについて伝えようと思います」
そう言って、最初に野田先輩のほうを見る。ちなみに、すでに昨日の夜に小川さんから、俺が二人に感じた問題点とその改善策については太鼓判をもらっている。
「まず野田先輩の長所は、フィジカルの強さとそれを活かした突破力です」
「おう、普段からしっかり鍛えてるからな」
「ですが、せっかくマークを外してボールを前に運んでも、シュートの精度が低いので得点に結びつかない」
「う……」
本当は細かい問題点を挙げれば他にも色々あるけど、コーチをする期間が二週間しかない点を踏まえて、今回はチームの課題にフィットしたものを一つだけ伝える。
本人の反応を見るに、自覚はあるようだ。
野田先輩はフォワード候補として、昨日の試合でフォワードとして出場していた。
だけど、持ち前の突破力でせっかくペナルティエリア付近までボールを運んでも、そこから相手の守備の隙をついたシュートを打てずに、相手ボールになってしまうことが何度かあった。
たぶん、それが理由で今まではフォワードの適性がありながら、ミッドフィルダーをやっていたんだろう。
「そういうわけで、野田先輩には練習時間の間は他のフォワードの人と一緒に練習してもらって、居残り練習の時に昔俺がやっていたメニューをしてもらいます」
「――あ、あの青生春人がやってた練習メニュー……だと」
「そうです」
なぜだろう、すごく嬉しそうだ。
「それじゃ、次は井上くん」
「う、うん」
「井上くんの長所は、ボールタッチのセンスの良さとそれを活かした駆け引きかな」
フィジカルを活かして相手のディフェンスを突破する野田先輩とは真逆で、井上くんは足先で器用にボールをコントロールし、相手の意表をついてディフェンスを躱す。
二人のスタイルを簡単に言い表すなら、野田先輩が剛で、井上くんは柔といったところだ。
「だけど、ゴールへの積極性がない」
「う……」
昨日の試合でも何度もゴールするチャンスがあったのに、その度に井上くんは他の人にボールを回していた。
ボールを思ったようにコントロールする力はある程度あるから、シュートの精度が低いということはないはずだ。
となると。
「何か、精神的な理由があるんじゃないか?」
「そ、それはその……失敗したらどうしよって、そう思っちゃうんだ。だって、みんながせっかく運んできたボールなんだし……」
もし自分がシュートを打って外してしまったせいで、チームがつかんだ得点のチャンスを潰してしまったら……
その不安に直面するプレイヤーは決して少なくないはずだ。
俺もまだシュートの精度に自信が持てなかった頃は、そんな不安を抱いたことはある。だけど。
「そういう類の不安は、完全に消せないまでもある程度感じなくすることはできる」
「えっ?」
「まずは今日から、紅白戦で必ず一回はシュートを打つんだ」
小川さんにお願いして、毎日必ず紅白戦を行うことになっている。
「えっ、で、でも!」
「別に失敗しても構わない。今は試合内でシュートを打つ癖をつけるんだ」
まずは決まる決まらないに限らず、チャンスがあれば打つ。
その癖をつける。
そして、それがクリア出来たら今度は成功体験を増やせばいい。
「わ、わかったよ!」
「よし! それじゃ、二人ともみんなの練習に合流してください」
二人は小さく頷くと、駆け足でみんなの練習に合流していく。すると。
「青生くん、本当にコーチみたいだね~」
ひなた先輩が、後ろに手を組んで俺の顔を見上げてくる。
「そんなことないですよ」
「そんなことあるよ~。二人とも何だか気合入ってるって感じだったし~」
気合が入っているかはともかく、二人とも素直に俺の提案を受け入れてくれた。
これは、ちゃんと成果を出さないとな。
改めてコーチとしての義務を自覚するのと同時に、ふとある疑問が浮かぶ。
「そういえば、岩辺先生は?」
「ああ~、岩辺先生は重要な任務中なのです!」
おっとりとした口調のひなた先輩が、珍しく堂々とそう口する。
「重要な任務……ですか」
「そうなのです。てか――」
頬を膨らませながら、ひなた先輩は続ける。
「やっぱり青生くんも岩辺先生なんだ~!」
ああ~、そういえばこの人、岩辺先生にアイドルの座を取られてるんだったわ。
「ちょっと、何とか言いなさいよ~」
何て言うか、不思議と岩辺先生に目が行っちゃうんだよな。
ポコポコひなた先輩に背中を叩かれながら、俺はそう思うのだった。
※※※
午後六時までの全体練習が終わると、各自の自由で三十分間だけ居残り練習が許されている。
全体練習を終えると、俺のもとに野田先輩と井上くんがやってくる。
「青生、早速やろうぜ!」
「はい。二人とも先にゴールの方に行っておいてください」
二人に指示を出すと、俺は小川さんに一声かける。
「それじゃ、コート半分借ります」
「ああ。思う存分しごいてやれ」
ちなみに、ひなた先輩曰く小川さんが来て以来、一割程度しか居残り練習をする生徒がいなかったのに対して、今は塾などの用事がある一部の部員を除いて、ほどんどの部員が残っているらしい。
そんな中、俺のわがままで半分コートを貸し切りにしてしまうことを申し訳なく思いながら、俺は先にゴール付近に向かった二人のもとに行く。
「まずは野田先輩に今からやってもらう練習メニューを教えます。井上くんは先輩がメニューを消化してる間に、さっきの紅白戦の復習をしよう」
「おう!」
「わ、わかったよ!」
「じゃあ、まずは野田先輩から」
俺は近くに転がっていたボールを手に取り、野田先輩に渡す。
「やってもらうことはシンプルです。ペナルティエリア内で先輩が自信のあるコースから、狙った場所にシュートを決める」
「そ、それだけか?」
「もちろん、色々工夫して難易度は上げていきますけど」
「……」
いまいちピンと来ていないようなので、ものは試しと早速取り組ませることにする。
「野田先輩は右サイドと左サイド、どっちから攻めるのが得意ですか?」
「まあ、強いて言うなら右だな」
「なら、ここにしましょう」
俺はペナルティエリア内の右サイドのある位置にボールを置く。
そこはゴールポストとゴールエリアの角を結んだラインの内側にあたり、シュートを打つと決まりやすいエリアと考えられている場所だ。
「狙う場所はそうですね……あそこにしましょう」
俺はゴールの左上隅を指さす。
「やってみてください」
「お、おうよ!」
大きく息を吸って吐いてから、野田先輩は少しだけ助走をつけてからシュートを放つ。
そして、放たれたシュートはゴールの左上隅に入る。
「こ、こんな感じか……?」
不安そうに尋ねてくる野田先輩に対して、俺は首を横に振る。
「全然ダメです」
「えっ……」
まさか、ここまではっきり言われるとは思っていなかったのか、野田先輩が固まってしまう。
確かにシュートは左上隅に決まった――ゴールポストから10センチ以上の余裕を持って。
だけど、それでは甘い。
「これくらいの精度でやってほしいです」
俺は近くにあったボールを先輩がシュートを放った位置に置くと、その前に立つ。
「青生、打っても大丈夫なのか?」
「まあこれくらいなら。それじゃ、やりますよ」
ボールから少し距離を取り、助走をつけてからシュートを放つ。
「マジか……」
シュートがしっかりと左上隅に決まる――ゴールポストから2、3センチ程度の余裕を持って。
「な、なあ青生……実はけっこうボール触ってるんじゃないのか?」
「残念ながら、ボールを触ったのは半年ぶりくらいですよ」
「そ、そんな状態で」
野田先輩の気持ちはわかる。
大抵のスポーツは、数日練習をしなかっただけで感覚を取り戻すのに数日かかるものだし、それは俺も例外じゃない。
一番状態が良い時は、ゴールポストから1センチ弱の余裕しかないのだから。
「とりあえず、今くらいの精度で20本中最低16本は決められるようになってください」
「20本中16本……つまり8割か」
「はい」
「ちなみに、青生はどれくらいなんだ?」
「大体18本から19本です」
「ま、マジか……」
そうは言っても、これは静止しているボールに対しての話だ。
これがドリブルしながらだったり、マークがついている状態でなら、精度は落ちる。
それを踏まえての8割だ。
「時間も限られてますし、早速始めましょう」
「お、おうよ!」
「できれば記録を取ってくれる人が欲しいんですけど――」
「――なら、私が協力しましょう~!」
いつの間に近くにいたのか、ひなた先輩が俺たちの間に割って入ってくる。
「それじゃ、任せます」
「任された~。それじゃ、野田やるよ~!」
「おうよ!」
野田先輩をひなた先輩に任せてから、今度は井上くんのほうへ向かう。
井上くんには、さっきやった紅白戦を記録した動画を見ながら、動きの問題点だったり、シュートが打てたチャンスについて指摘する。ちなみに、残念ながら今日はノルマであるシュートを一本打つことはできなかった。
「今日はこれくらいかな。明日の試合で今日の反省を活かせるように」
「が、頑張るよ!」
井上くんへのレクチャーが終わったところで、ちょうど居残り練習の終了時間が来たのか、反対側で練習をしていた部員たちが片づけを始めている。
「俺たちも今日はこの辺にしようか」
それから片づけを終えた頃。
「お~い、みんな~!」
初めて岩辺先生がグラウンドに姿を見せる。それも、とびっきりの笑顔で。
何か良いことでもあったのだろうか。
岩辺先生は俺たちの近くに来ると、一度咳ばらいをしてから告げた。
「練習試合決まったよ! それも相手はあの
対戦校の名前を聞いた瞬間、部員が一斉に驚きの声を漏らす。
当たり前だ。
青栄学院――それは、うちの地域のインターハイ予選の王者。
つまり、全国レベルのチームということだ。
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