第40話 両手に花、再び


「みんなお疲れ様~!」

「お疲れ~」


 紅白戦が終わると、岩辺先生とひなた先輩が汗をかいた部員たちにスポーツドリンクやタオルを配り始める。


「とりあえず二人の実力はわかったか?」


 俺と一緒に試合を見ていた小川さんが聞いてくる。


「ええ」


 二人とも小川さんが目を付けているだけあって、しっかりと光るものを持っていた。


 だけど、それと同時に課題もあった。


「すぐにお前が何を思ったのか確認したいところだが、生憎もうじき練習時間が終わる。続きは帰ってから聞くことにしよう」

「わかりました」


 片づけを始めるよう小川さんが部員たちに指示を出す。


 せっかくだし俺もできることをやろう。


 そう思っていると、ひなた先輩がこちらに向かって大きく手を振っている。


「青生く~ん、こっち手伝って~」

「わかりましたー!」


 駆け足でひなた先輩のところに向かい、飲み物がたくさん入ったクーラーボックスを二人で抱える。


 二人で抱えているにも関わらず、けっこう重い。


「これ、いつも運んでるんですか?」

「うんん。これ、今日岩辺先生が持って来たんだよ~。少しでもみんなのためにって」

「へえ」


 何というか、こういう献身的なところまで完全にギャル子先生だ。


「本当に岩辺先生が来てくれてよかったよ~。でも」

「でも?」

「私とキャラがかぶってるんだよ~!」


 一応、天然かそうじゃないかという違いはあるけど、ギャルという点では確かに同じだ。


「おかげで、もう私、サッカー部のアイドルじゃな~い」

「そ、そんなことは――」


 そう言いかけて、振り返る。


 入学して間もない頃、部活見学の際にひなた先輩と楽しく話していたら、すごい敵意むき出しの視線を向けられた。


 だけど、今日こうして二人で話して、それも一緒に共同作業までしていたのに、誰一人として俺に敵対的な視線は向けてこなかった。


 つまりはまあ、そういうことだ。


「ちょっと、そこはそんなことないって言ってよ~!」

「す、すみません……」


 ムッと頬を膨らませるひなた先輩を必死になだめながら、岩辺先生から置いておくよう指定された職員室前までクーラーボックスを運び終える。すると。


「あれ、ひなたとそれに青生くん?」


 国語科準備室の鍵を返しに来ていたのか、りあ先輩とばったり鉢合わせるのだった。そして。


「聞いたよ。生徒会選挙に出てくれるって」

「いやぁ、まさか青生くんが生徒会選挙に出るなんて~」


 ヤバい、ヤバいってこれは。


 職員室前でばったりとりあ先輩と鉢合わせた。


 そして『あとで少し話があるんだけど』と言われたところまではよかった。


 話というのは、きっと俺が生徒会選挙に出るということに関してだろうし、りあ先輩からのお願いを断った都合上、俺にはそのことについてちゃんと説明する義務がある。


 だけど、だからといってこれはない。


「ちょっと、さっきから何か固いよ?」

「固いよ~」


 当たり前だ。


 何せ、今の俺は大和撫子風の美少女と天然美少女ギャルに挟まれる形で、下校しているのだから。


「あの……二人とも少し離れて歩いてもらってもいいですか?」

「そんな事したら道路にはみ出て危ないから嫌」

「嫌~」


 いやいや、じゃあ三人並んで歩かなければいいだけだじゃない?


 それに、現在進行形で俺の立場が危ないんですけど!?


 何か、時間が経つにつれて、下校している他の生徒たちから向けられる敵意の濃度が濃くなってるし!


「そこを何とか!」


 本当にこのままじゃヤバいから!


「はあ、仕方ないな~」

「仕方ないな~」


 ようやく俺の心の叫びが通じたのか、二人が俺の両隣から、数歩前を歩き始める。


「それで、私の頼みをあんなに冷たく断っておいて、どうして選挙に出ることにしたの?」

「ああ、それは――」


 俺は選挙に立候補するはめになった経緯を簡単に伝える。


「そ、それは……気の毒だったね。青生くん」

「気の毒だったね~」

「まあ、はい」


 さすがの二人もあんな理由で立候補することになったとは思わなかったようで、苦笑いを浮かべている。


「でも、そっか。強制的にとはいえ、青生くんが出るなら。私も選挙、出ようかな」

「えっ、本当に出るの?」


 りあ先輩の発言に、ひなた先輩が驚いたように天然口調でなくなる。


「うん。それに、どのみちこのままじゃ東上先輩に無理やり立候補させられちゃうし」

「まあ、りあがいいならいいけど……」


 釈然としないひなた先輩をよそに、りあ先輩がいたずらっぽい笑みを俺に向ける。


「でも私、今朝青生くんに断られたとき、けっこう傷ついたんだよね~」

「うっ……」


 りあ先輩があの子供のような無邪気な笑みを浮かべている時点で、半分冗談だということはわかる。


 だけど、それで俺の中にある罪悪感が消えるわけじゃない。


 あの時、俺がりあ先輩を傷つけてしまったという事実は変わらないのだから。


「その、どうすれば機嫌直してくれすまか?」

「別に機嫌は悪くないよ?」

「じゃ、じゃあ、俺、何かお詫びがしたいです」

「ふ~ん、どうしようかな~……あっ!」


 何かいいことを思いついたのか、今日一番の笑みをりあ先輩は浮かべる。


「青生くん、この前の約束、覚えてる?」


 約束……


「ああ、ラーメン」

「そうそう。今週末、生徒会選挙の決起会を兼ねてそこに行こう!」

「ま、まあ、いいですけど……」

「りあ、それどこのラーメン?」

「ああ、えっとね――」


 りあ先輩がスマホの画面をひなた先輩に見せる。


「あ~、ここ私、行ってみたかったんだよ~!」

「じゃあ、ひなたも一緒に行く?」

「えっ、いいの!?」

「もちろん。いいよね、青生くん?」


 可愛らしい上目遣いでりあ先輩が俺を見上げてくる。


「え、えっと……この三人で?」

「そう。嫌?」

「嫌~?」


 本当は速攻拒否したい。


 こんな田舎の通学路ですら人目を引くのに、人通りが多い隣の隣街なんてもっての外だ。


 だけど、この流れで断るなんてできるわけがない。


「わ、わかりました」

「やった、じゃあ決まりってことで!」

「決まりきまり~!」


 嬉しそうに両手を合わせる二人に尊さを感じながらも、俺はまた一つ厄介ごとが増えたことに内心頭を抱えるのだった。

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