第39話 あの井上くんか!
「お~い、青生く~ん!」
グラウンドに足を踏み入れると、元気よく岩辺先生が手を振って俺を迎えてくれる。そして。
「遅いぞ、青生春人」
時間がちょうど午後五時を過ぎた頃ということもあり、岩辺先生とは対照的に小川さんはかなりご立腹の様子である。
「本当にすみません」
「そんなに怒らなくてもいいじゃん先輩!」
「元はと言えばお前がこいつを選挙に立候補させるのが悪い。お前が開票する立場だったんだから、いくらでも改ざんすることくらいできただろ」
「そんなことできませんよ!」
「はあ、まあいい」
諦めたようにため息をついてから、小川さんは続ける。
「とりあえず着替えてこい。それから部員に改めて紹介する」
「わかりました」
「マネージャー、こいつを部室まで案内してやれ」
「了解で~す」
近くでクーラーボックスに飲み物を補充していたマネージャーのひなた先輩が、俺を先導する形で歩き始める。
「いよいよ今日からだね~。本当ビックリだよ~。まさか青生くんがあんなすごい選手だったなんて」
「はは、まあ」
「でも、本当によかったよ」
いつもの天然口調から、少しだけ口調がかしこまったものになる。
「みんなのこと、強くしてあげて」
「――善処します」
それから案内された部室で、練習着であるスポーツブランドの半そで半パンの上に同じブランドのジャージを着てから、再び小川さんのもとに向かう。
すでに集合がかかっているのか、三十人近い部員全員が俺が来るのを待っている状態だ。
急いで俺は小川さんの隣に並ぶ。
「昨日の時点で伝えていたが、改めて。今日からお前たちのコーチを私と一緒にする青生春人だ」
視線で自己紹介するよう求められると、俺は一歩前に出て頭を下げる。
「一年Ⅴ組の青生春人です。よろしくお願いします。中学ではフォワードをやってました」
そう言ったところで一番前に座っていた須賀と目が合うと、小さく笑みを返してくれる。
コーチをすることが決まった日に、須賀には嘘をついていたことは謝った。
正直、本気でサッカーをしている須賀に怒られて当然のことだったけど、須賀は怒るどころか、これからよろしく頼むとまで言ってくれた。本当に良い奴過ぎるよ、俺の高校での友達第一号は。
ちなみに、昨日の時点で小川さんから俺はけがをしていて今はリハビリ中という設定を伝えてもらっているので、どうして入部しないのかという点は指摘されることはない。
「全国レベルのプレイヤーとはいえ、コーチは未経験だ。とりあえず、私が決めたやつに指導をつけてもらうからそのつもりで」
「「「はい!」」」
「では練習に戻れ」
全員が頷くと、それぞれが俺によろしくと声をかけてから練習に戻って行く。
「それで、俺は誰を教えればいいんですか?」
「その前に、チームの現状確認だ」
そう言って、小川さんは近くにあった練習メニューが書かれた脚付きのホワイトボードの前に移動する。
「これは昨日のミーティングで話したことなんだが――」
練習メニューが書かれた面を反転させると、そこにはチームが現状抱える課題と今後の方針が簡潔にまとめられていた。
「お前、このチームの試合を見たことは?」
「3年が引退する前のチームのものなら」
「なら、ここに書いてある課題と方針の意味はわかるな?」
課題にははっきりと「得点力不足」という文字がある。
確かに、俺が依然見たインターハイ予選のときも、守備はしっかりしていても得点を取り切ることができず、少ない点差で敗北していた。
そして方針には「須賀を攻撃の中心としたチーム」と書かれている。
「チームで須賀の得点力は突出している。だが、残念なことにその須賀がゴールの決めるまでの道筋が作れていない」
「つまり、俺にその繋ぎの役割の選手を育成しろと?」
「話が早いな」
エースストーカーがゴールを決めるには、エースにボールを託す存在が必要になる。これが俗にいうミッドフィルダーというやつだ。だけど。
「俺はフォワードですよ?」
もちろん、どのポジションであってもドリブルやパスといった技術的な基礎は変わらない。
だけど、実践レベルでの話になるとそれは変わってくる。
「安心しろ。お前にゴールアシストについて指導させるつもりはない」
「じゃあ、何を?」
「ミッドフィルダーの得点力アップだ」
「なるほど、そういうことですか」
ミッドフィルダーの主な役割の一つは、ストライカーのゴールをアシストすることにある。
だけど、どんなに前線にボールを運べたとしても、ストライカーが徹底的にマークされ、抜け出せないようならパスは出せない。
そんなときは、ミッドフィルダー自らがゴールを狙いにいかなければならないのだ。
「わかりました。それで、俺は誰を見ればいいんですか?」
「お前には二人の選手を見てもらう予定だ」
そう言って、小川さんは近くにいた部員に声をかけ、件の二選手を連れてきてもらう。
「この二人が今日からお前が見る二人だ」
小川さんの紹介に合わせて、一人の選手が前に出る。
小柄でありながら、しっかりと鍛えられた肉体が印象的な男子生徒だ。
「二年の
「期待に応えられるよう頑張ります」
爽やかな挨拶を終えると野田先輩は隣に立つ色白のぽっちゃり気味の選手に前を譲る。
「一年の
穏やかな口調で簡単な自己紹介を受ける。
それにしても、井上義男か……どっかで聞いたことあるような――
一年Ⅲ組
一番:青井康夫
きたきたきたー!
よし、後は彼の下に俺の名前があれば……
二番:井上義男
井上く~ん!
――そうか……っ!
「あの井上くんか!」
「えっと……何のこと?」
「あっ、ごめんごめん。こっちの話だから」
「う、うん」
「そ、それじゃ二人とも、これからよろしくお願いします」
小さく頭を下げると、俺は小川さんに伝える。
「とりあえず二人の実力を知りたいんですけど」
「そう言うと思って、今から紅白戦をする予定だ。野田、準備をするようみんなに伝えろ」
「わかりました!」
元気よく頷くと、野田先輩はすぐさま練習している部員たちのもとへ向かい、紅白戦の準備を始めるのだった。
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