第38話 女神さまと二人きり
本来なら、グラウンドでコーチとしてサッカー部員たちに紹介されているであろう放課後。
不本意ながら、俺は教室で哀川さんと二人きりで机を面と向かって合わせていた。そして。
「それじゃ、生徒会選挙に向けての打ち合わせ。始めようか!」
あ~あ、何でこんなことになったんだか――
――推しからのお願いを断るという、ファンとしてあるまじき行為をしてしまったせいで、俺はかなり気落ちした状態で朝のホームルームに臨んでいた。
そして、簡単な連絡事項を済ませた後、いつもは元気な担任の若月先生から申し訳なさそうに告げられる。
「実は、うちの学年からまだ生徒会選挙への立候補者が出てないの。それで、昨日の職員会議で各クラスから一人立候補者を出すってことになったんだけど……」
若月先生の言葉を聞いた瞬間、教室全体が喧騒に包まれる。
俺も声こそ出さなかったものの、内心は騒ぎ立てるクラスメイトと同じ気持ちだ。
ただでさえ今は色々と悩みの種が尽きないのに、さらに強制立候補イベント襲来とか一体どうなってんだよ!
心の中で悪態をつきながら、俺は若月先生の言葉の続きを待つ。
「まずは、立候補してもいいよって人、いる? こう言ったら何だけど、一応内申点も上がるよ~」
当然、立候補する人なんていない。
総務委員を決めるときですらかなり時間がかかったのに、生徒会役員なんてもってのほかだ。
「はあ~、やっぱこうなりますか~」
ため息交じりに若月先生がガクッと肩を落とす。
「今日の昼までに代表を決めなさいって言われるんだけど、本当に誰もいない?」
――そんなこと言われても。
どこかで誰かがそう呟く。
本当に、その通りだと思う。
だけど、学校の方針としてそうと決まった以上、俺たち生徒がそれを覆すことは不可能に近い。
「やっぱりいないか~、なら仕方ない」
何かを覚悟したかのようにそう言った若月先生に、教室が一瞬で静まり返る。
「さすがにくじ引きというわけにはいかないので、今回はクラス内投票で決めようと思います」
クラス内投票――その言葉を聞いた瞬間、再び教室が騒がしくなる。
「みんな静かに。各自匿名で誰か一人生徒会役員として相応しい子の名前を書いて、一番多かった人に申し訳ないけど選挙に出てもらいます」
「先生」
動揺の波が収まらない中、哀川さんが手を挙げる。
「どうしたの?」
「委員会に入ってる人も対象になるのでしょうか? 役員と委員会を両方をやるのは大変だと思うんですけど」
ナイスだ哀川さん!
もしこの提案が許されるなら、図書委員の俺は候補から除外されることになる。
「今の生徒会役員の大半は部活や委員会と両立してるから、残念だけど委員会に入ってるってだけで特別扱いはできないかな~」
「そうですか……」
「あっ、でもその代わりきつかったら委員会を他の人に代わってもらうってのは特別にありにします」
確かにそういう条件なら、委員会に入っていることは役員をしない言い訳にはできないか……くそっ。
「他に何か聞きたいことがある人はいる?」
誰も手を挙げない。
「なら、いまから投票を始めます――と言いたいこところだけど、みんなも誰に投票するか考えたいだろうから、一時限目の担当の岩辺先生に頼んでおきます。ただし、誰かと相談とかはくれぐれもしないように!」
最後はいつものように元気よく締めくくると、ようやくホームルームが終わる。そして。
「それじゃ、クラス内投票始めま~す!」
10分後に始まった一時限目の授業の冒頭で、ギャル子先生こと、岩辺先生が元気よく小さな白紙の投票用紙を配布する。
「1分後には回収するので、みんな早く書いてくださ~い!」
岩辺先生の指示が来ると、一斉に投票用紙にみんなが記入を始める。
俺もそれに倣って記入を行う。ちなみに、俺が書いたのは俺の女神こと哀川さんだ。
「それじゃ、後ろの人は回収してくださ~い!」
指示によって集まった投票用紙を岩辺先生は受け取る。すると。
「それでは、今から結果を発表をします」
改まった表情でそう告げ、岩辺先生は投票用紙を1枚とって中を確認すると、黒板に名前を書く。
哀川さん――1票
なるほど、リアルタイムで開票してその結果を反映させていく方式か。
それから岩辺先生は2枚目の投票用紙を取って中を確認し、黒板に名前を書く。
青生くん――1票
ん?
おかしい。どうして陰キャの生徒Aの俺に票が入るんだ?
物好きもいるものだな。
それから、さらに8枚ほど開票されると――
哀川さん――3票
青生くん――5票
横井くん――1票
河島さん――1票
あ、あれれ?
ちょっとちょっと……嘘だろ?
数分後――
嘘だと言ってくれ……
哀川さん――11票
青生くん――18票
横井くん――6票
河島さん――4票
高見沢さん――1票
クラスメイト全40人の投票結果を見て、俺は絶句する。
どうして……どうしてこうなった……っ!
周囲を見渡すと、男子連中――特にアニオタ集団が深くガッツポーズを決めている。
間違いない、あいつら結託して俺を……っ!
明確な理由は分からない。だけど、少なくとも最近悪目立ちしてしまっていたことが大きいのは確かだ。
多少は妬まれることはあっても、中学時代のように嫌がらせに発展はしないだろうと踏んでいたのに……まさか、こんなことになるなんて。
「えっと、一番票が多かったのは青生くんです。青生くん、大丈夫?」
大丈夫じゃないです。
そう言いたいのに、クラス全体から向けられる視線がそれを許さない。
「わ、わかりました……出ます、選挙」
「ありがとう! それじゃ、うちのクラスの代表は青生くんということで!」
何か指示があったわけでもないのに、クラス中から大きな拍手が自然と起こった――
まあ、そういうわけで。
「それじゃ、今後の方針は目立たず上手いこと落選するってことで。いいかな?」
「うん。それでお願い」
放課後の教室で哀川さんと二人きりになって、選挙の立ち回りについて話し合っているというわけだ。
「それと、ありがとう」
「えっ?」
「応援演説に立候補してくれて」
俺が代表として立候補することになった後、ついでにその場で応援演説をする人も決めるよう言われ、誰にしようか決めかねていたところに、哀川さんが名乗り出てくれたのだ。
「いいよ、別に。青生くんには河島さんの件で借りがあるし」
「でも、俺と一緒にいて何か勘ぐられたりしない?」
嘘の告白とはいえ、俺は一度哀川さんに告ってこっぴどく振られているんだ。
「それは大丈夫。強いていうなら青生くんが私に憐れまれてるって思われるくらい」
「そ、そっか……」
それはそれで微妙だけど、うん、まあ哀川さんが大丈夫だと言うならいいか。
「それじゃ、まずは来週の政見放送だね。明日の夜までには原稿作るから、できたら確認お願い!」
「わかった。それと原稿まで作ってくれてありがとう」
「いいよいいよ、それくらい。それじゃ、私、部活あるから!」
「うん、頑張って来て」
そう言って、テニス部に入っている哀川さんはラケットの入った袋を持って急ぎ足で教室を出て行く。
さてと。
「俺も行くとしますか」
机の横に掛けられた練習着とスパイクの入った袋を手に取り、俺はグラウンドへ向かった。
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