第43話 日高昇の宣戦布告

 コーチの仕事や生徒会選挙の準備に追われる忙しない日々を過ごし、迎えた週末。


 約束通り、りあ先輩とひなた先輩の二人と一緒にラーメンを食べるため、俺は隣の隣街に訪れていた。


 ちなみに、今回は昼過ぎに現地集合ということにしてある。


 二人は一緒に行きたがっていたけど、電車の中で二人と一緒に座っていれば、否が応でも目立ってしまう。


 それに、高見沢さんと一緒に行ったときは街を探索していなかったので、少し一人で街を見て回りたかったというのもある。


 俺は待ち合わせ時間の2時間ほど前に着き、しばらく街をぶらぶらと歩いてから、足先を待ち合わせ場所の店に向ける。そして。


「お~い、青生く~ん!」


 待ち合わせ場所に着いた頃には、すでに二人は列に並んでいて、俺に気づいたりあ先輩が大きく手を振ってくれる。


 それを見て、俺はすぐに合流しようと歩く歩幅を広げようとするが、途中で足が止まる。


 あれが推しのオフモードか……っ!?


 ラーメンを食べることを意識しているのか、深いエメラルドグリーンのシャツに黒のスキニーと、全体的に暗色でまとめられたコーディネート。

 そして、普段は下ろされている癖のない黒髪は、シャツと同色のシュシュでお下げにされている。


 日曜日だから制服姿でないのは当然だけど、それにしたって素晴らし過ぎる!


「青生く~ん?」


 おっと、いけないいけない。


 推しの普段と違う姿に目を奪われてしまっていた。


 今度こそ俺は二人が並んでいるところまで移動する。


 割り込みのような形になったので嫌な顔をされるかと思ったけど、幸い並んでいるのが後ろのほうとあって、意外と大丈夫だった。


「すみません。待たせてしまって」

「本当だよ」

「本当だよ~」


 小さく頭を下げる俺に、二人はいつものようにからかって来る。


 ちなみに、ひなた先輩も茶色を基調とした暗色でまとめられた、りあ先輩と同系統のコーディネートでしっかりと決まっている。


「それにしても、けっこうな列ですね」


 ピークである12時はすでに過ぎているけど、俺の前には10人以上まだ並んでいる。


 これなら、前回来たときのように、開店前に並んだほうがよかったかもしれない。


「まあ、話してればすぐでしょ」

「そうそう。それに、けっこう回転率速いっぽいよ~」


 確かに以前来た時は頼んだものが出てくるのに5分もかからなかったし、完食は10分かそこらでできた。


 もしかしたらそんなに長く待つ必要はないかもしれない。


 実際、その予想は的を射ていたようで、10分ほどで俺たちの番が来る。


「なんか緊張してきた……」

「わ、私も~」


 どうやら二人とも二郎系は初めてなようで、高見沢さんと同じような反応を見せる。


「それじゃ、入りましょうか」


 二人にそう促し、店に入ろうとすると、その前に他のお客が店から出てくる。全員ジャージ姿だから、部活帰りか何かだろうか。


 と、そんなことを考えていると。


「――っ、青生!?」


 おいおい、さすがにこれはないだろ。


 ジャージ姿の集団の中によく見知った男と目が合い、心の中で俺は大きくため息をついた。


         ※※※


「それで話って何だよ、日高」


 いざ二人の美少女と一緒に店に入ろうとした矢先、俺は出くわしてしまった日高から呼び止められ、こうして店から少し離れた場所で向かい合っている。


 ちなみに、俺の分の注文は二人に頼んでいるため、長く話している余裕はない。


「来週、うちの学校とお前らの学校が練習試合をするだろ?」


 岩辺先生の奮闘によって、俺たちの高校は来週、うちのグラウンドで全国レベルの青栄学院と練習試合をすることになっている。


 そして、そんなことを言ってくるということは、日高は青栄学院の部員なのだろう。青栄学院はこの街にあるから、ここで出くわしてしまったことにも納得だ。


「だからどうした? 俺は別に部員じゃないんだけど」

「部員じゃなくても、ベンチにはいるんだろ?」

「どうしてそれを知ってるんだ?」

「お前のところの監督が言っていたらしいぜ。『優秀な選手のコーチがいるんです』って」


 優秀なコーチ……か。


 俺の事情を知っている岩辺先生らしい言い回しだ。


 大方、向こうの監督から指導体制がどうなっているか聞かれた時に、俺の素性を隠せるように必死に考えてそう答えたんだろう。


「ならわかるだろ? 俺はコーチだ。当然、試合には出ない」

「それはどうだろうな」

「どういう意味だ?」

「それは教えられない。ただ――」


 日高が試合中に見せるような真剣な目つきで俺を真っ直ぐに見つめる。


「――俺は、いや、俺たちが必ずお前を引きずり出す」


 何だよ、それ――そう言って、はぐらかすことができればいいんだけどな。


 生憎とそんなことが言える雰囲気じゃない。


 日高は本気だ。


 必ず、来週の練習試合で何かやってくる。


「話はこれで終わりか?」

「ああ――いや、もう一つだけ」

「何だよ」

「女とこんなところに来る暇があったら、少しは来週の準備くらいしろ」

「それを言うなら、お前のほうこそ栄養管理くらいちゃんとしろよ」


 少なくとも、栄養面でアスリートの身体作りに適した食べ物とは言えない。


「安心しろ、油はなしで、チャーシューは先輩に渡した」

「そ、そうか……」


 それ、おいしいの?


 思わずそんなことを聞きそうになってしまうけど、これ以上この会話に時間を割くこともできない。


「今度こそ言い残したことはないな?」

「ああ、言いたいことは言った。それじゃあな」


 日高はいつの日かのように、言いたいことだけ言ってからこの場を去る。


 さてと。


 話が終わると、俺は急いで店内に戻る。


 席に着いたりあ先輩たちの前には、すでにラーメンが置かれている。


「すみません。待たせてしまって」

「いいよ、別に。それより早く食べよ!」

「食べよ~」 


 それから、俺たちは思い思いに器へと箸を伸ばしたのだった。


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