第33話 まあ、推しにならいいか
ギャル子先生と昼食を共にした日の放課後。
文芸部の活動に参加するために、俺はいつものように国語科準備室へと向かっていた。
向かっていたのだが……
「真壁、本当に生徒会選挙に出ないのか!?」
「何度も言っているじゃないですか……もう、役員はやらないって」
国語科準備室の前で、二人の男女が何やらもめている。
一人は、俺の推しである真壁りあ先輩。今日も相変わらず綺麗な長い黒髪ですね。
そしてもう一人は、今の俺を超清潔感溢れる感じに整えたような男子生徒で、確かうちの学校の生徒会長。
名前は確か、
どうして二人がこんなところで言い合いをしているのかはわからないけど、何だかりあ先輩困ってるっぽいし、ここは一ファンである俺が頑張るしかない!
俺は陰キャの生徒Aらしからぬ毅然とした態度で、二人のほうに向かって歩き出す。すると。
「あっ、青生くん!」
「――っ、真壁、まだ話は終わってないぞ!」
俺が近づいてきたのに気付いたりあ先輩が、こちらに手を振りながら笑顔で俺のほうに走って来て……俺の背中に隠れてぎゅっとブレザーの後ろを掴む。
ヤバい、推しにこんなことされたら、心臓飛び出ちゃう。
てか、東上先輩、めっちゃ鬼の形相でこっち見てる。
クラスですら色々と悪目立ちしつつあるのに、生徒会長にまで目をつけられたら――
頼む、見逃してくれ……っ!
俺は内心焦っているのを必死に取り繕うように、ヘラヘラと笑って見せる。
それに対する東上生徒会長様は――
ちっ。
小さく舌打ちを一回。
そして、俺たちとは反対の方向へと歩いて行く。
生徒会長、こ、怖え~。
一気に血の気が引いて行くような感覚に襲われながら、俺は思わずその場で大きく一息つくと、可愛らしく俺の後ろに隠れたままのりあ先輩に告げる。
「もう大丈夫っぽいですよ」
「あっ、本当だ……ありがとう、青生くん」
安心したように頬を緩めながら、りあ先輩が俺の隣に並ぶ。
「それじゃ、中に入ろうか」
りあ先輩に促されるまま国語科準備室に入ると、すでに部長の朝田先輩が来ていた。
それを見るなり、りあ先輩がすぐに朝田先輩の前に行く。
「先輩、すいません……準備室の前で、あんなことを……」
「いいわよ、別に。東上くんも、あれでけっこう必死なんだろうから」
「ありがとうございます」
普段の明るい感じとは違い、しょんぼりした様子のりあ先輩を心配するように眺めながら、俺はいつもの定位置のパイプ椅子に座る。
そして、それから数分して高見沢さんが来ると、いつものように朝田先輩が活動の開始を告げる。
「それじゃ、今日の活動を始めましょうか」
各々、好きな本を開き読み始める。ちなみに今、俺が読んでいるのは、以前高見沢さんから教えてもらった実用書の一つで、日常品のデザインにどのような工夫がなされているかについて書かれている本だ。実用書好きの高見沢さんのおすすめだけあって、普通に面白い。
内容に引き込まれるように没頭していると、不意にいつかの日のように隣からすねをちょんちょんと上履きの先で蹴られる。
俺は視線だけ横に向けると、りあ先輩からいつものいたずらっぽい笑みを向けられる。
どうやら、俺に何か活動終了後に話があるらしい。
俺は了承の意を伝えるために、眼鏡を一度くいっと上げ、それに対してりあ先輩が満足げに頷く。
週に一回あるかないかくらいのやり取りだけど、この感じにもすっかり慣れたものだ。
そう思いながら、再び読書に没頭していると、あっという間に活動終了時刻になる。
「それじゃ、今日の活動はここまでにしましょうか。りあ、部屋の鍵は?」
「もらいます」
いつもの鍵の受け渡しを終えると、朝田先輩は颯爽と部屋を後にし、その後ろに高見沢さんがついて出る。
そして、部屋に陰キャの生徒Aとその推しの美少女の二人だけが残る。
さて、今日はどんなお話を一緒にするのやら。
俺は呼び止めたりあ先輩が何か話し始めるのを待つ。
だけど、1、2分待ってもりあ先輩が何かを口にする様子は見られない。
「大丈夫ですか? りあ先輩」
「――っ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」
「何か――」
悩みでもあるんですか?
そう聞こうとしてやめる。
たぶん、考えていたのはさっきの生徒会長とのやり取り、生徒会選挙の件に関してだろう。
りあ先輩は割と自分のことをオープンに語るタイプであるにも関わらず、さっきの会話を盗み聞きするまで、俺はりあ先輩が生徒会に入っていたこと自体知らなかった。
その時点で、生徒会関連のことについて触れるのはよくないはずだ。
「どうしたの?」
「いえ、何でも。それより今日は一体どうして俺は呼び止められたんですか?」
大体いつもひなた先輩の部活が終わるのを待つ間の雑談相手にされるだけだけど、すっかりこのやり取りも定番になっている。
「もしかして、自覚ないの?」
「……自覚って?」
こう聞かれる以上は、俺の身の回りについての話なのだろう。
はっきり言って、全く見当がつかない。
俺の答えを聞いて、ため息交じりにりあ先輩は答える。
「青生くん、最近高見沢さんと何かあったでしょ」
「――っ」
また高見沢さんが何か告げ口したのか……いや、それはないか。
いくら俺の扱いがちょっと雑な高見沢さんでも、さすがにこの前のリア充っぽいお出かけについては秘密にしているはずだ。
となると。
「どうして、そう思うんですか?」
素直に理由が気になる。
「だって、最近の青生くんと高見沢さんの距離間、何か変よ」
「へ、変……ですか?」
「例えば、ほら、今日だっていつもの『この男より遅く来た時点で負け』ってやつやらなかったり」
「そりゃ、いつもやるとは限らないでしょ」
「まあ、そうだけど……」
少し考え込む素振りを見せてから、りあ先輩は続ける。
「最近、高見沢さんがあまり青生くんと上手く話せてないように見える」
「――」
それは俺自身、少し感じていたところではある。
日高との一件があって以来、以前のようなちゃんとした会話ができなくなってしまっている。
「何があったの?」
「そ、その……」
上手く答えが出せないでいる俺の瞳を、りあ先輩は真っ直ぐ見つめながら続ける。
「ちなみに、高見沢さんの方は朝田先輩に任せてあるから」
「……」
「一年二人の調子が今のままじゃ、部の雰囲気がおかしくなっちゃうでしょ?」
さすがにそこまで言われてしまうと、これ以上はぐらかすのは難しそうだ。
まあ、推しにならいいか。
「わかりました。実は――」
それから俺は、俺たち二人の素性を上手いこと隠しつつ、高見沢さんとの間にあったことを伝えた。
「つまり、トラブルに巻き込まれたところを高見沢さんに助けてもらって、そのお礼に隣の隣町まで一緒に出掛けたと」
「まあ、そんな感じです」
全体の話を聞き終えると、りあ先輩は少し考え込む素振りを見せてから答える。
「そういうことなら、まあいっか」
「えっ、いっかって……」
「だって、私にはどうすることもできそうにないし。それより――」
りあ先輩は今日一番のいたずらっぽい笑みを浮かべながら告げた。
「高見沢さんと一緒に行ったラーメン。今度一緒に行くよ!」
ま、マジですか……
高見沢さんとの関係についてロクな解決策が出ないまま、さらに推しのりあ先輩と一緒にお出かけする約束をして、今日の推しとのひと時は幕を閉じた。
ちなみに、今日の夜、須賀から期間限定ではあるけど、コーチが見つかったという連絡が届いた。
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