第32話 ギャル子先生とお昼ご飯
ギャル子先生の人気は翌日になって落ち着くどころか、さらにヒートアップしていた。
その証拠に、昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り響くなり、教室中が騒がしくなる。
――岩辺先生、どこで食べるのかな。
――きっと哀川さんたちとだよ。
――やっぱそっか~。
今朝のホームルームで、岩辺先生がクラスメイトと親交深めるために、一緒に昼食を取るということを告げられたせいか、教室内のいたる所でそんな会話が聞こえてくる。
まあ、正直いって俺としては、彼女が俺たちと一緒に食べさえしなければ、特に目立つこともないし、何の問題もない。
俺はいつもの面々と向き合ってから、コンビニで買ってきたおにぎりとサンドイッチを取り出し、食べ始めようとする。
すると、ただでさえ騒がしかった教室が、より一層その強さを増す。
どうやら、件の岩辺先生が教室にご来場されたらしい。
――先生、私たちと一緒に食べましょう!
――いやいや、俺たちとだって。
――ぼ、僕らと是非!
「何かすげぇ人気だな」
「だな」
本当に須賀の言う通りだと思う。
俺としても、正直ここまで勧誘合戦が盛り上がるとは思わなかった。
「って、河島さんは?」
知らないうちに、河島さんが席にいない……まさかっ!
「彼女なら、勧誘に行ったわよ」
「そ、そっか……」
まあ、河島さんには悪いけど、彼女があの壮絶な勧誘合戦に勝てるとは思えない。
大丈夫……きっと大丈夫なはず!
ちょっとした不安を抱きながら、サンドイッチ一口、二口と食べ進めていると、河島さんが戻ってくる。
「お疲れ様、河島さん……って!?」
「よかったら、ここで食べてもいいかな?」
マジかよ。
素敵な笑みを浮かべながら、河島さんに続いて岩辺先生がやって来る。
そして、同時に俺たちのグループに様々な感情が込められた視線を向けられる。
ただでさえ、俺たちのグループは最近変な感じに目立ってしまっているのに、これじゃさらに悪化してしまう。
「春人くん、ダメかな?」
ちょっと河島さん、何で俺にそれ聞くの?
これじゃ、OKしようが断ろうが、どっちみちまた変な意味で俺が目立っちゃうじゃん。
「やっぱり迷惑だった?」
河島さんに畳みかけるように、今度は岩辺先生が申し訳なさそうに見つめてくる。
くっ、どうすれば……
反射的に高見沢さんのほうを見てみる。
何も答えてはくれない。
だけど、顔にはっきりとこう書いてある。
――諦めなさい、青生くん。
まあ、そういうことだ。
「もちろん、いいですよ」
「やった、それじゃお邪魔しま~す!」
俺の返事を聞くなり、嬉しそうに笑顔を浮かべながら岩辺先生が近くの椅子を持って、俺たちのグループに入ってくる。
入ってくるのだが……
どうして俺と高見沢さんの間に入って来るんだよ!
ここは普通、高見沢さんと河島さんの間だろ!
「それじゃ、ちょっと申し訳ないんだけど、みんなのこと、少し教えてもらえないかな?」
腰を下ろした岩辺先生が、そう言ってまずは高見沢さんのほうを見る。
うん、口元がすごい引きつっている。
よし、トップバッターは任せたぞ!
「
えっ、それだけ?
俺を含めた四人全員が唖然とした表情で高見沢さんのほうを見る。
おいおい、岩辺先生すごい困ってんじゃん。
誰か何とかしてよ。
そう思っていると、意外にも須賀が口を開く。
「高見沢って俺と一日違いなんだな」
「――それはどういう意味かしら。須賀くん」
「俺の誕生日、11月8日」
「――っ、つまり、私のほうが、年、下……」
「お、おう……」
別に誕生日が一日くらい違うくらいで年下も年上もないと思うけど、どうやら高見沢さんにとっては致命的な事実らしい。
また微妙な雰囲気になった。次だ次。
「じゃあこの流れで、次は須賀」
「
ちょっと待てよ、お前もかよ!
だけど、岩辺先生は俺とちょっと違うようで、笑顔で少し須賀のほうに身を乗り出す。
「須賀くん、サッカー部なんだ! もう知ってると思うけど、私、サッカー部の顧問だからこれからよろしくね!」
「う、うっす」
「あっ、それと昨日は色々あって見に行けなかったけど、今日からはちゃんと顔出すから!」
「わ、わかりました……」
言葉を発する度に距離が近くなっていく岩辺先生に、珍しく須賀が狼狽気味になっている。
うん、やっぱりこういうところもしっかりギャル子先生だ。
「それじゃ……次は――」
すっかり調子を取り戻した岩辺先生が、今度は河島さんのほうを見る。
「あっ、えっと、
一見、須賀と高見沢さんと内容がほとんど同じように見えるけど、ちゃんと深堀しやすい部分はあるな。
「ちなみに、習い事って何してるの?」
「色々ありますけど、今やってるのはピアノと英会話と書道です」
「えっ、書道やってるんだ~。私も昔ちょっとやってたんだ。あとでお話ししよ!」
「は、はい!」
おお、生徒と先生の会話がこんなに尊い何て……あっ、俺の番か。
最後のトリを務めるせいか、さっきよりも四人が俺に向ける視線が強いような気がするんだけど。
「えっと、
うん、散々人の自己紹介に文句をつけておいて、俺もいざとなったら何も思い浮かばない。
これがリア充モードだったら、いくらでも流行りのものを趣味にしてミーハーを気取れるんだけど、今の陰キャの生徒Aとしての俺じゃ、これが限界みたいだ。
みんなごめんよ。
「――以上です」
少し間を空けて終わりを告げると、今日一番の微妙な雰囲気が俺たちの間に漂う――と思ったんだけど、何か色んな意味で様子が変だ。
特に女性陣が何やら呟いている。
青生くん、誕生日、もう終わってたんだ…… by 高見沢さん
どうしよう、私、もうすぐ誕生日アピールしちゃった……春人くんの誕生日、もう終わってるのに by 河島さん
ふ~ん、委員会も部活も高見沢さんと同じなんだ…… by 岩辺先生
同級生二人がやたら俺の誕生日を気にしているし、なぜか岩辺先生に関しては俺と高見沢さんが同じ委員会でかつ部活であることに何か思うところがあるようだ。
河島さんの言ったこと以外、まったく意味がわからない。
うん、これはさっさと話題を変えよう。
「それじゃ、そろそろ食べよう――」
「――青生くんと高見沢さんって、もしかして付き合ってたりするの?」
「「――っ!?」」
話題を変えようとしたところで、岩辺先生が強烈な爆弾を落としてくる。
何か、今日一番の視線の多さを感じるんだけど!
俺は助けを求めるように高見沢さんを見ると、口を堅く引き結んでいて、何も答える気配がない、てか少し頬が赤いような……って。
高見沢さんがダメなら、俺が何か答えないと!
「つ、付き合ってないですよ!」
「本当に~?」
「ほ、本当です!」
「ふ~ん」
依然として疑惑の目を向けてくる岩辺先生に、どうしたものかと困っていると、ようやく我を取り戻したのか、高見沢さんが今度は口を開く。
「青生くんと委員会と部活が一緒になったのは偶然です」
「あれ、私、それが理由で付き合ってるのって聞いたわけじゃなかったんだけど」
「――っ!?」
あっ、完全に墓穴を掘ってる。
てか、それが理由じゃなかったんだ……
「じゃあ、どうしてそう思ったんですか?」
今度は河島さんだ。何か顔は笑ってるけど、声は全然そうじゃない。
「う~ん、何て言うのかな。何か話し方が似てたから?」
「へ、へ~、そうなんですか」
微妙な返事をした河島さんと同じように、俺や高見沢さんも顔に疑問符を浮かべている。
「まあ、女の勘ってやつかな」
何だろう、うん、高見沢さんが哀川さんについて当てたときも思ったけど、女の勘ってやっぱ怖いわ。今回に関しては当たってはないけど。
「ごめん、変なこと聞いちゃって。そろそろ食べよっか!」
それから、岩辺先生は適度に食事を取りながら、比較的穏やかな雰囲気で俺たち四人と他愛のない話をして楽しんでいた。
その中で、須賀からコーチが欲しいという要望に対して、当てがあるから頑張ってみるという答えが返って来たのは正直意外だった。
これから岩辺先生には色々と期待できそうだ。
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