第二部
第31話 ギャル子先生がやって来た
高見沢さんとのリア充っぽいお出かけから数日が経ち、いよいよ本格的に梅雨が始まったのか外はすっかり雨模様になっている。
そんな中、校舎の中に普段と変わらない昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り響く。
「うっし、昼飯だ」
伸びをしながら須賀がそう言うと、俺を含んだいつもの四人は互いに向き合い、ランチタイムを始める。
今日が雨なのに加えて、もうじき本格的に暑くなってくる時期だから、当分はこうして教室内で昼は過ごすことになっている。
「そういえば須賀」
「ん、何だ?」
「サッカー部の顧問はどうなったんだ?」
インターハイ予選があった翌日、俺と高見沢さんがリア充っぽいお出かけをした日に、サッカー部の顧問の先生が倒れたらしい。
「なんか、元から体調が良くなかったらしい。それでしばらく入院だとよ」
「なら、サッカー部はどうなるんだ?」
「新しい顧問が臨時でつくらしい」
「ほう……」
なら、けっこうこれはサッカー部にとってチャンスかもしれない。
「前の顧問の先生には悪いけど、これを機にちゃんと練習に顔を出してくれる先生になるといいな」
「本当それ」
「で、新しい先生っていつ来るんだ?」
「あっ、私、それなら知ってるよ」
河島さんが嬉しそうに笑みを浮かべて会話に入ってくる。
「確か今日じゃないかな」
「えっ、今日? マジ?」
「うん」
「河島さん、何でそんなこと知ってるの?」
「まあ、うちの親この辺じゃけっこう顔広いからさ」
なるほどな。
確かにこの辺で有名な医者なら、それくらいのことを耳にしていても不思議じゃない。
「ちなみにどんな先生かわかる?」
「う~ん、この学校の出身ってことくらしか」
少し申し訳なさそうに河島さんが肩をすぼめる。
正直、それを知ってる時点で普通にすごいけどな。
でも、そうか。
「今日ってことは、もう学校にいてもおかしくないわけだ」
「うん。もしかして、今から見に行こうとか?」
「いやいや、それはいいよ」
「何だよ、青生らしくないな」
青生らしくないってなんだよ。
それに、多分、俺の予想が正しければ。
「須賀くん。今、うちの副担任が何をしてるか知ってる?」
今まで黙っていた高見沢さんが、会話に参加してくる。須賀とは普通に会話できるんだよな。
「確か、うちの部の顧問が担任をしてたクラスの臨時担任だっけか」
「ええ。だから、たぶん新しい先生が来たら、その先生がうちのクラスの副担任になるんじゃないかしら」
「なるほどな。確かにありそうな話だ。それに、もしそうならわざわざ見に行かなくても、そのうち会えるってか」
「というより、たぶん今日のホームルームで紹介してもらえるんじゃないかしら」
さすがは高見沢さん、俺とまったく同じ意見だ。
「じゃあ、今日の午後はそれに期待しながら乗り切るとすっか」
須賀のその言葉に全員が頷き、そのまま再び他愛のない会話をして昼休みを過ごす。
そして、迎えた放課前のホームルーム。
いかにも、今日は皆さんにサプライズがありますといった、いたずらっぽい笑みを浮かべた担任の若月先生(スレンダー系美人)が教室に入ってくる。
ちなみに、新しい先生の姿はまだない。
「ホームルーム始めますよ~号令お願いしま~す」
「起立。礼!」
総務委員の哀川さんがいつも通り明るい調子で号令をかけると、それから若月先生が簡単に連絡事項を説明していく。
どうやら、今月末に生徒会総選挙があるらしい。まあ、陰キャの生徒Aである俺には関係ないけど。
そして。
「それじゃ、最後にビッグニュースがありま~す!」
若月先生の表情が、今日一番の笑顔になる。
「実は今日、うちのクラスに新しい副担任の先生が来ま~す!」
若月先生のアナウンスを聞いたクラスメイト達が一斉に騒ぎ出す。
一応、前の副担任が他のクラスの臨時担任をしていることはクラスメイト全員が知っていることだけど、こうして新しい副担任が来るとまでは思っていなかったんだろう。
生徒たちの反応に満足したように若月先生は大きく頷く。そして。
「それじゃ、岩辺先生、お願いしま~す!」
「は~い!」
若月先生の呼び声に反応するように、彼女に負けず劣らず元気のいい女性の声が教室にこだまし、黒のパンツスーツを着た一人の女性が教室に入ってくる。
その瞬間、教室中がわっと盛り上がる。
それも当然だ。
少しウェーブのかかった明るい茶色の長い髪に、ナチュラルメイクが施された二重まぶたの大きな瞳が特徴的な幼さを含んだ可愛らしい顔立ち。
肌は程よく焼けた健康的な小麦色で、要所要所に女性らしい丸みを帯びた綺麗なボディーラインがスーツの上からでもはっきりとわかる。
まさしくアニオタが誰しも一度は憧れたことがあるだろう、ギャル子先生と一言で呼ぶに相応しい感じの先生だ。
「はいはいみんな静かに~、岩辺先生、自己紹介お願いしま~す」
若月先生の隣に立ったギャル子先生が、綺麗に一度お辞儀をしてから口を開く。
「
非常勤講師として、今日からこの学校に配属されることになりました!
担当教科は国語で、部活はサッカー部を担当することになってます!
ちなみに、この学校の出身で、当時はサッカー部のマネージャーやってました!
今日からよろしくお願いします!」
教室中が大きな拍手に包まれる。
うん、今の自己紹介からして間違いなく中身まで完璧なギャル子先生だ。
少しちらっとアニオタ集団を見てみると、みんな瞳を少年漫画の主人公なみにキラキラさせている。
「岩辺先生、ありがとう。それじゃ、今日はここまで。号令お願いしま~す」
「起立!」
依然としてざわめきが残る教室に、哀川さんの号令が響き渡る。そして。
「礼!」
今までで一番揃っているとさえいえる『さようなら』で、放課後がやって来る。
俺は十人近い生徒が岩辺先生を囲うように話しかけているのを横目で見ながら、目の前で微妙な表情をしている須賀に声をかける。
「まあ、前の顧問よりはいいんじゃないの?」
「元サッカー部のマネージャーって言ってたしな。外部コーチとかに当てとかあればいいけど」
「とりあえず、今後の活躍に期待ってところか」
「だな」
少なからず落胆の感情が見て取れる須賀だったけど、すぐにいつも通りに帰り支度を済ませると、俺のほうに振り返る。
「そんじゃ、部活行ってくるわ。じゃあな」
「おう、頑張ってな」
軽く手を振ってから須賀を見送ると、自然と大勢の生徒に囲まれている岩辺先生のほうに視線を向ける。ちなみに、河島さんもちゃっかりその輪の中にいる。
これはしばらく騒がしくなりそうだな。
と、そんなことを考えていると、制服の袖をちょこっと掴まれる。
「どうしたんだ。高見沢さん」
「青生くんも、その、ああいう感じの人が好きなのかしら?」
突然だな。
「どうだろうな。好きかどうかは別として、まあ憧れはあるな――っ」
痛いいたい……っ!
いつかの日のように思い切り手の皮を摘ままれる。
「何すんだよ」
「べ、別に」
摘まんでいた手を離すと、高見沢さんはそっぽを向いてしまう。
何か怒らせてしまった。まあ、明日になればいつも通りに接してくれるだろう。高見沢さんはそういう子だ。
俺は高見沢さんに軽く別れの挨拶をしてから、教室をあとにした。
そのときに、大勢の生徒に囲まれている岩辺先生と目があって、笑顔を向けられたような気がしたけど、たぶん俺の気のせいだろう。
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