第30話 陽キャが陰キャになるのは難しい

 

「おはよう、高見沢さん。偶然だな」

「――っ!?」


 リア充っぽいお出かけをした翌日。


 学校に通学する道すがら、俺は自転車に乗った、やたら光が反射するレンズの眼鏡の女の子と鉢合わせた。


「お、おはよう……青生くん」


 少し前にも似たようなやり取りがあったかもしれないけど、高見沢さんの驚きようを見るに、今日に関しては本当にただの偶然のようだ。


「どうする?」

「ど、どうするって?」

「一緒に行くかどうか」


 今日は別に図書委員の当番がある日ではないため、通学する生徒たちが何人もいる。


 ひと月前は、女子と二人で歩いているところ何て、絶対に見られるわけにはいかないと騒いでいたけど、今は以前と状況が少し違う。


 一応、嘘の告白とはいえ、俺は哀川さんに告白している。そして、その事実は残念なことに学年全体が周知するところなのである。


 だから、俺と高見沢さんが一緒に登校している場面を見たところで、俺たちが付き合っていると誤解される可能性はほとんどないだろう。


「その……青生くんが、いいなら」

「じゃあ、一緒に行くか」


 自転車を降りて押し始めた高見沢さんの歩幅に合わせながら、俺は再び歩き出す。


「今日の朝、何かあったの?」

「えっ?」

「だって、普段はいつも俺より先に学校に着いてるから」


 ちなみに、今日の俺が家を出た時間はいつもと変わらない。


「そ、それは……」

「それは?」

「――っ」

「ああ、もし言いにくいようなことなら――」

「――寝坊、したの」


 ん、今、何て言った?


「寝坊? 高見沢さんが?」

「そ、そうよ……っ!」

「どうして……」


 って、あれのせいか。


 昨日、帰り際にお出かけの感想文を要求したところ、日付が変わるギリギリになって、字数制限ギリギリの999文字の感想文が、高見沢さんから送られてきた。


 たぶん、それを書いていたせいで寝るのが遅くなってしまったのだ。


「何か悪かったな。冗談で言ったつもりだったんだけど」

「いえ……私としても、その、ちゃんと感謝は伝えたかったから」

「うん、高見沢さんの気持ち、ちゃんと伝わったよ」


 初めての二郎系ラーメンの感想や、ショッピングの途中で人混みに酔ってしまったことの謝罪、それに俺としたほんの些細な会話の一端まで、こと細かに昨日のことに対する彼女の思いが書き連ねられていた。


 帰りの電車の中で寝てしまうくらいに疲れた状態で、あれを書くなんて、俺には正直無理だ……って、帰りの電車、か。


 ふと、小さな寝息を立てながら俺に寄りかかるリア充モードの高見沢さんの姿を思い出す。


「――っ」

「青生くん?」


 思わず顔を反らした俺に、高見沢さんが疑問符を浮かべる。


 やばいなこれ、思い出しただけでなぜか頬がちょっと熱くなる。


「悪いわるい」


 誤魔化すように咳ばらいしてから、俺は向き直り、そのまま他愛のない話を続ける。


 そして、知らないうちにすっかり見慣れた平凡な校門が見えてくる。


「それじゃ、私は自転車を置いて来るから。先に行ってて」

「わかった。じゃあ昇降口で待ってるよ」

「別に、いいのに……」


 そう言いつつ、少し口元が緩んでいる。


 こういうところ、普通にかわいい……って。


 また、らしくないことを考えてしまっている。


 俺は何度か首を横に軽く振ってから、昇降口で上履きに履き替えると、高見沢さんが来るのを待つ。


 そして。


「あっ、春人くん!」


 不意に後ろから名前を呼ばれる。


 この学校で俺のことを下の名前で呼ぶのは現状一人しかいない。


「河島さん、おはよう」

「おはよう、春人くん!」


 後ろを振り返ると、ショートボブの小柄な女の子が朗らかな笑みを浮かべながら近づいて来る。


「春人くん、どうしたの?」

「今朝、偶然高見沢さんと鉢合わせてさ、それで一緒に来たんだよ」

「へ~、一緒に」

「そうそう。それで、今は彼女が自転車を置いてこっちに来るのを待ってるってわけ」

「ふ~ん」


 なぜだろう、河島さんの言葉にちょっと棘があるような気がするんだけど……


「私も一緒に待ってていい?」

「ああ、もちろん」


 それから二、三分待つと、高見沢さんがやって来る。


「玲奈ちゃん、おはよう」

「あら、河島さん。おはよう。それと青生くん、待っててくれてありがとう」

「いいよ、別に。それじゃ、行こうか」


 俺が最初に一歩を踏み出すと、二人もそれに続く、続くのだが。


 どうして、二人で俺を挟む形になってるんだよ……


 別に、どちらか一人と一緒に並んで歩くのは今は大丈夫だ。


 だけど、さすがにこれはダメだ。ああ、他のクラスのやつからヘイトが籠った視線が……っ!


 胃がキリキリするのを必死で我慢しながら、教室に入る。


 すると、真っ先に須賀と目が合う。


「おはよう、須賀」

「おう。何だよ青生、朝から両手に花か?」

「――っ、お、お前!?」


 須賀の言葉に反応するように、入学して間もない頃に入り損ねたアニオタ集団から強烈な殺気を感じる。


 それに、女子のグループからも何かよくわからない視線を向けられるんだが。


「諦めなさい、青生くん」

「そうだよ、春人くん」

「き、君たちさ……」


 もうちょっと、こう、俺の気持ちも考えて欲しいな~。


 俺の狼狽を見て、クスクス笑みを漏らす二人を見ながら、俺は思う。


 どうやら、元陽キャリア充の俺が、陰キャの生徒Aになるのは難しいらしい。



【あとがき】

ここまでお付き合い頂きありがとうございます! 作者の9bmi(くぶみ)です。この話を持って、第一部完結となります。皆様の応援のおかげで何とか書き切ることができました! 第二部以降も全力で執筆していこうと思うので、これからも応援よろしくお願いします!



 

 

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