第29話 帰りの電車はロマンで溢れている

 さすがに日曜日ということもあり、電車の中は混んでいて、俺たちが座れたのは隣町の駅を過ぎた辺りだった。


「ようやく座れたな」

「ええ」


 行きの電車とは違い、今度は長椅子に並んで座りながら俺たちは電車に揺られる。


 そして、一駅一駅過ぎていくたびに乗客が減っていき、気づけば車内には俺たちだけになっていた。


 あと三十分くらいで俺たちが降りる駅に着くだろう。


 そんな時だった。


「すごく今さらだけれど、今日はどうして誘ってくれたの?」


 隣に座った高見沢さんが、独り言を呟くように真っ直ぐ正面を向いたまま聞いてくる。


 そういえば、まだ言ってなかったな。


 少し恥ずかしいけど、うん。こういうのは、ちゃんと言ったほういい。


「昨日のお礼、かな」

「お礼?」

「そう、昨日俺のために怒ってくれただろ? それが少し嬉しかったんだ」

「――」


 反応が返ってこないから高見沢さんの顔を見てみると、少し驚いたような困ったような、何とも言えない表情をしている。


 少し言葉が足りなかったかな。


「普通さ、日高の反応が正しいと思うんだ」

「えっ?」

「実際、俺の両親も最初こっちに進学するって言った時、けっこうあんな感じだったし」


 多くの人が、俺のサッカーの才能を認め、応援してくれていた。


 俺の今の選択は、それを裏切るものに他ならない。


 昨日のようにその選択を罵られることはあっても、理解してもらおうなんて思ったことはなかった。


 だけど。


「高見沢さんが日高に怒ってくれて、それが少し、今の自分を肯定されてるように感じた」

「――」

「だから、嬉しかったんだ」

「――っ」


 俺の言葉に、少し高見沢さんが歯を食いしばったような表情をする。


「どうしたの?」

「――でも」

「でも?」

「私、何も言い返せなかった」


 言い返せなかったって……


「何のこと?」

「あの日高って子に、あなたが将来日本を代表する選手になるかもしれないって言われた時に、何も言えなかった」

「ああ」


 今の言葉を聞いて、ようやく俺はあのとき彼女の声が湿っていた理由を悟った。


「別にそんなこと気にしなくてもいいよ」

「そんなことって……っ」

「俺だって、みんなに理解してもらえないことくらいわかってる」

「――っ」


 言葉に詰まる高見沢さんを安心させるように、俺は告げる。


「俺はさ、大切な人にさえわかってもらえれば、それでいいんだ」

「――っ!」


 高見沢さんの切れ長の瞳に、俺の顔がはっきりと映る。


「ずるいわよ、それ」

「えっ?」

「何でもない」


 それから高見沢さんはまた俺のほうから空いた正面の空席へと視線を戻す。


 別に怒らせたとかではないと思う。


 ただ、純粋にお互いちょっと恥ずかしい気持ちになっただけ。なっただけだけど……


 何も気の利いた言葉が出てこない。こんなことならもう少し茶化して言えば……って、もういいか。


 お互い少し本音で語り合って、お互い少し恥ずかしくなる。


 これはこれで何かリア充っぽくて、いい思い出だ。


 それから会話なく、沈黙が続く。


 そして、10分くらい経ったころだろうか。


「おっ」


 高見沢さんの華奢な身体がそっと俺に寄り添って来る。


 今までかわいい女の子と一緒に出掛ける機会は何度もあったし、その度に意図的なスキンシップはされてきた。


 だけど、こんな自然な形なものは初めてだ。


「――っ」


 少しだけ、頬が熱を帯びる。


 いかにも今まで読んできたラブコメらしい展開で、らしくなく気持ちが高揚してるのか?


 馬鹿々々しいと思いながらも、チラッと高見沢さんの寝顔を見る。


 朝早かったし、おまけにけっこう人混みを歩いたから、疲れが溜まっていたんだろう。


 小さく寝息を立てながら、小さな子どものようにすやすやと眠っている。


 普通に可愛い。


「――って」


 何考えてんだ、馬鹿。


 やっぱりいけないな。


 帰りの電車ってやつは、どうしてもセンチメンタルな気分になってしまう。


「青生……くん」


 おっ、起きたか。


「好きよ」

「えっ?」


 思わずもう一度高見沢さんの寝顔を見る。


 起きていない、依然としてすやすやと寝息を立てている。


 つまり、今のは寝言。


「驚かせんなよな、まったく」


 片手で頭を抱えながら、思い切り息を吐く。

 

 そして、同時に考える。


 もし、今の言葉が寝言じゃなかったら。


 俺はどう答えていたのだろうか……って。


「待てまて」


 またらしくないことを考えてしまった。


 昨日からの彼女も少しおかしいけど、今日の俺も中々におかしい。


 本当、どうなってんだよ。


 心の中で悪態をついていると、次の停車駅が俺たちの降りる駅だと告げられる。


「高見沢さん、そろそろ起きないと」


 俺はそっと高見沢さんの肩をゆする。


 すると、彼女は可愛らしく小さなあくびを一回してから瞳を開く。


「あ、あら……私」

「ほら、寝ぼけてないで起きよ?」

「――っ、ね、寝ぼけてなんか……っ!」


 寝ていたことを自覚して、少し頬を赤く染めた高見沢さんを見て、思わず頬が緩む。


 本当、今日だけで彼女の色々な面を知ることができたな。


「何、笑ってるのよ」

「いや、何でも。それより、降りる準備をしよう」


 それからお互い手荷物を持って、電車が駅に止まってから駅のホームに出る。


 すでに午後六時を過ぎていることもあって、ホームのちょっとした明かりがやけに目立つ。


 俺たちは改札を出ると、お互いに向かい合う。


「これからどうしようか。もしよかったら送ってくけど」

「必要ないわ。すぐそこだし」


 そう言って、高見沢さんは近くに建っているマンションを指さす。


「そっか、なら今日はここで解散だな」

「……」

「高見沢さん?」

「え、ええ……」


 少し名残惜しそうな雰囲気の高見沢さんに、俺は茶化すように告げる。


「感想文、楽しみにしてるな」

「えっ、か、感想文?」

「そう、500文字以上1000文字未満でよろしく!」

「えっ、ちょ……わ、わかったわ!」


 おっ、いつもの感じにまた戻ったな。


 やっぱ、最後はしんみりより明るくが一番だ。


「それじゃ、今日はありがとう。楽しかったよ!」

「こちらこそ、ありがとう……その、詳しくは感想文で」

「おう、楽しみにしてる。それじゃ!」

「ええ。さようなら」


 こうして、俺たちの少しリア充っぽいお出かけは、無事に幕を閉じるのだった。

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