第27話 高見沢玲奈の食レポ
電車に揺られること一時間半と少し。
俺と高見沢さんは十一時を少し過ぎた頃に、隣の隣町に到着した。
「とりあえず、予定通りに」
「ええ」
互いに示し合わせるように頷いてから、俺たちは目的の店へ向かうための一歩を踏み出す。
人気店というだけあって、開店後はずっと行列ができているらしく、開店する十一時半より前に並ぶのがお勧めだという情報があったからだ。
それから気持ち早めに歩を進めること数分で、俺たちは目的の店の前にたどり着く。
「ざっと十人ってところかしら」
「だな」
店の前にできた列を見て、俺たちは自分たちの番を確認する。
「座席数は確か12だったよな?」
「14よ」
「おっ、なら大丈夫か」
順番を待つのもそれはそれで楽しいけど、やっぱりすぐに食べれられるのなら、それに越したことはない。
開店時間まで適当に話しながら暇をつぶしていると、筋骨隆々の中年店員が開店を宣言する。
「それじゃ、行こうか」
「え、ええ……」
若干緊張した面持ちの高見沢さんと共に、店内に入る。
個人経営の店ということもあって座席数は少なく、すべてカウンター席になっている。
ちなみに、注文は券売機で決める仕組みのようで、俺と高見沢さんは並んで何を頼むか考える。
といっても、選べるメニューはラーメンとチャーシュー麵の二種類だけで、さらに五段階くらいで好みの量を選べるらしい。
普通に一番多い奴にしてもいいけど、今回は高見沢さんがいるから、念のため真ん中の段階にしておく。
続いて高見沢さんはというと、うん、当然のごとく一番少ないやつにしていた。賢明な判断だと思う。
食券を買い終わると、俺たちはカウンター席に並んで腰かける。
すると、アルバイトと思われる男子大学生が食券を受け取るためにやって来る。そして。
「野菜、油、ニンニクの量はどうしますか?」
食券を渡した後、定番の質問をされる。
「どうする?」
「それは青生くんにお任せするわ」
「なら、二人とも野菜と油は普通、ニンニクは抜きでお願いします」
「わかりました!」
元気のいい返事とともに店員さんがすぐに調理に取り掛かる。
そして。
「お待たせしました!」
三分ほどで、注文した品が出てくる。
さて、それじゃいただきますか。
※※※
こ、これが……
私、高見沢玲奈は目の前に運ばれてきた強敵に、わかっていながらも思わず後ろに身を反らしかける。
麺が見えない程に山盛りにされたもやしに、器からはみ出てしまっている分厚いチャーシュー。
サイズを一番小さいものにしたのにも関わらず、威圧感が半端ない。
「じゃあ、早速食べようか」
「え、ええ……」
青生くんに続く形で私も割りばしを割って、器に箸を近づける……と、その前に。
私はレンゲでスープを一口だけ口に含む。ラーメンを食べるときは、必ず私はスープから味わうことにしているのだ。
うん、普通の味だ。
今まで食べてきた名店と呼ばれる店のラーメンは、どれも繊細な味付けがなされていたけれど、これは特徴のない醬油ベースのスープ。強いて特徴を挙げるとすれば、少し味が濃いくらいだろうか。
それじゃ、改めて。
私は箸を持ち、器に近づける。
攻略法は色々と調べたけれど、やはり麵から食べるのが基本らしい。
私もそれに倣って、麵から攻略を始めようとする……始めようとしたのだけれど。
もやしが多すぎて、麺を掴めない……っ!
どうやら、まずはもやしから食べないと先には進めないらしい。
ちなみに青生くんのほうを見てみると、すでにもやしを半分くらい食べている。
くっ……セオリーを無視するのは嫌だけれど、仕方ない。プラン変更よ。
私はまずは山盛りにされたもやしに箸つけ、それを口に運ぶ。
うん、ただのもやしだ。
けれど、この量のもやしをずっと食べ続けるのは正直辛い。
改めて隣の青生くんを見てみると、スープに絡めてもやしを食べているので、真似してみる。
けっこう行ける。
これなら何とか食べきれそうだ。
私はゆっくり確実にもやしの山を食べ切ることに成功する。
これだけでけっこうお腹が満たされた感覚になる。
さて、お次は。
チャーシューにしましょう。
麵を食べ切った後の状態次第では、最後にチャーシューまで食べきれない可能性がある。
先を見越した選択を私はする。
それじゃ。
分厚いチャーシューを箸で掴み、落とさないようにしながら一口かじる。
スープと同じように味付けに繊細さはあまり感じられない。
けれど、しっかりと味はついていて口の中が充足感で満たされる。
だからだろうか、気づいたときにはチャーシューを完食してしまっていた。というか、もう一枚欲しい……
だ、ダメよ! まだ麺が残っている。
私はようやく箸で極太の麵を持ち上げ、口に運ぶ。
こ、これは……
ただの小麦粉の塊にしか思えない。
けれど、なぜだろう。
麵をすするスピードが止まらない。
私はただただ夢中で麺をすすり続ける。そして。
「あっ」
器の中身がスープだけになった。
「おっ、早いな」
完食し終えた私を見て、青生くんが感心したようにそう口にする。
そう言った彼は、さすがに量が多いのか、あと2、3分はかかりそうだ。
私はその間、レンゲで何回かスープを口にし、その度にある想いが強くなっていく。
この味、けっこう癖になりそう。
何度も言うように、味に繊細さはほとんどない。
けれど、何と言うのか、こう、病みつきになる味というか、とにかく癖になりそうで怖い。
「よし、俺も完食」
色々とこのラーメンについて考察をしていると、青生くんのほうも食べ終わる。
「それじゃ、行こうか。待ってる人たちのためにも」
「ええ」
そう言われて一緒に店の外に出ると、私たちが来たときと比べ物にならない長さの行列ができている。
食べる前まではどうして人気なのかわからなかったけれど、完食した今なら少しわかる。
たぶん、みんなあの味が病みつきになってしまっているのだ。
「どうだった?」
「美味しかったわ」
「そっか、ならよかった。ああそれと、これ」
感想を聞いて嬉しそうに青生くんははにかむと、鞄からブレスケアと消臭剤を渡してくる。こうなることを想定していなければ、決して渡せないものだ。
本当に屋上で初めてご飯を食べたときといい、よく気が利くものだ。
素直に感心しながら、私はそれらを受け取った。
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