第26話 行先を決めますか


 どうして、ほとんど人がいないのよ……っ!


 青生くんと一緒に電車に乗った私、高見沢玲奈は、日曜であるにも関わらず閑散としている車内を見て、そう嘆く。


「とりあえず、適当に座るか」

「そ、そうね……」


 車内には、進行方向に向かって二人並んで座れるボックス席が八つと、横に五、六人は並んで座れるタイプの席が向かい合う形で左右の壁に二つ設置されている。


 私としては、彼との距離が必然的に近くなるボックス席は辛いけど、この感じだと私の望みは叶いそうにない。


「高見沢さんは、窓際と通路側、どっちがいい?」


 ボックス席の近くまで移動した青生くんが聞いてくる。 


 退路を断つという意味なら、間違いなく窓際の一択だ。


 けれど、私にそんな勇気はない。


「まだこの辺の景色は見慣れていないでしょうから、私は通路側でいいわ」

「なら、遠慮なく俺は窓際で」


 本当はいざという時の逃げ道がなくなるのが嫌なくせに、カッコつけて通路側を選んで見せてしまった。というか、私もこの辺に来たのは高校生になってからだから、この景色は知らない。


 まあ、青生くんは窓際に座れて少し嬉しそうだったから、それが救いだけれど。


「それじゃ、さっそく行先を決めますか」


 席に並んで座り、電車が動き出したところで青生くんがいつもの飄々とした態度でそう告げる。


 どうやら、彼のほうはすっかり普段の調子を取り戻したようだ……私はまだ、すごい緊張しているというのに……って。


「行先、決めてないの?」


 普通、行先はデートに誘ってくれた側の相手が考えるものじゃないの?


「一応、何個か候補はあったんだけど。正直、高見沢さんの好みとかよく考えたら俺、知らないしさ」

「あっ……」


 少しだけ、胸がチクリと痛む。


 普段から彼は、須賀くんや河島さんや文芸部の先輩たちと話すとき、けっこう自分の好きな食べ物や本の話をすることが多いから、私はそれなりに彼の好みについて知っている。


 けれど、彼とは反対に、私はあまり自分のことは語らず、聞き手に回ることが多い。


 だから、私は彼のことを知っているのに、彼は私のことをあまり知らない。


 その事実が、少しだけ辛い。


 そして同時に思う。


 もっと、彼に自分のことを知って欲しいと。


「高見沢さん?」


 落ち込んでいるのが表情に出てしまっていたのか、青生くんが心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。


 そのせいで、ただでさえ近い距離が、また一段と縮まって。


 心臓の鼓動が一段と早くなる。


「――っ、ご、ごめんなさい!」

「お、おう……」 


 心臓の鼓動が聞こえないよう、咄嗟に彼に背を向けてしまう。

 

 たぶん、きっと困った顔をしているに違いない。


 早く、早く話を戻さないと。


「こ、候補があるって言っていたけれど、何があるのかしら?」

「最初にお昼を食べて、そのあとにウィンドウショッピングって感じかな」

「お昼はどこにするの?」

「昨日調べて良さそうだったのは、洋食とイタリアン、それにラーメンだな」

「洋食とイタリアンはわかるけど、最後のラーメンは……」


 少しデートっぽくない。


 そう思った私の心を見透かしたのか、彼は「ああ、それは」と言って続ける。


「普段、女子だけじゃ入りにくい店に行くのもアリかなって」

「な、なるほど……」


 確かにそういうことなら、普通にアリかもしれない。


 今までない発想だったけれど、相手を楽しませようとしている青生くんの意志を感じる。


 少し、嬉しい。


「そういうことなら、今日はラーメンにしようかしら」

「おっ、そうと決まれば次はどの系統にするかだな」


 私の答えを聞くと、彼は嬉しそうにスマホで何やら調べ始める。


「候補は、味噌と醤油、それか二郎系だな」


 味噌と醤油はわかる。けれど。


「最後の二郎系って、何?」

「ああ、やっぱり知らない?」


 少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら、青生くんはスマホの画面を見せてくる。


 器からはみ出しそうなほどに山盛りにされたもやしに、厚切りのチャーシュー。


 別の画像には、箸でつかまれた極太の麺や完食後の器にたまった油の多いスープが。


「中々、すごいわね……」

「だろ?」


 さすがにこれは……


「ちなみに、わりと女子高生とかOLが食べてるとこを見かける」

「なっ……」 


 う、嘘でしょ……


「さあ、どれにする?」


 困惑する私に、青生くんは楽しそうに聞いて来る。


 別に断ったって、彼は落ち込んだりしないだろう。


 けれど、うん。


 できれば、この楽しい雰囲気を壊したくない。


「じゃあ、それで」

「本当に?」

「本当に!」

「じゃあ、決まりな!」


 今日一番の笑みを青生くんが浮かべる。


 うん、やっぱりこの選択で間違いなかった。


 そう思いながら、一度席を立つ。


「どうした?」

「お手洗いに」

「行ってらっしゃいませ」


 茶化すように手を振る青生くんに見送られるまま、私は前の車両にあるトイレに向かう。


 最後の青生くんの笑顔、とても素敵だった。


 正直、あの場にこれ以上い続けるのは、私のメンタルが持たない。


 それに。


「どうやって、あのラーメンを攻略しようかしら」


 さすがにデートで残すなんてみっともない。


 絶対にあるはずだ。


 あのラーメンを完食するための攻略法が。


 私はトイレに入るなり、スマートフォンを取り出した。


         ※※※


「まさか、本当に二郎系になるとは」


 俺、青生春人は車窓から見える田園風景を眺めながら呟く。


 はっきりいって、ラーメンという選択肢は俺の深夜テンションによって決まったものだった。


 高見沢さん、けっこう家柄が良さそうだし、普段ラーメンとか食べられてないよな~とか。


 挙句の果てに、北海道に家族で旅行に行ったとき食べたラーメンの味が忘れられない、だけど中々ラーメン屋に入ることができない、みたいな境遇とか持ってそうとか。


 本当におかしな妄想をした結果出てきた選択肢だったのだ。


 それに、極めつけは選択が次郎系という点だ。


「本当、これ持ってきておいてよかったな」


 麻のトートバックの中から消臭剤とブレスケアを取り出す。


 今から行く店は醬油ベースだから、店内が油で若干べたついているとかそういうのはないし、口臭が気になるのもニンニクを抜きにすれば問題ない。


 あとは、彼女が完食できるかだけど。


 まあ、それは大丈夫か。


 きっと今頃、攻略法でも検索しているだろうし。


 それに、いざとなったら俺が食べればいい。


「さてさて、これからどうなることやら」


 俺と高見沢さんの、リア充っぽいお出かけはまだ始まったばかりだ。


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