第25話 過小評価していたようだ

(作者より:今回は前半が春人視点、後半が玲奈視点のお話です)


 俺は、高見沢玲奈という女の子を過小評価していたようだ。


 いや、こういうと少し語弊があるかもしれない。


 ある程度高くは評価していたけど、それを上回るほどにすごかったといったほうが正しいかもしれない。


「お、おはよう。青生くん」


 朝の9時を過ぎた地元の駅前で佇む一人の美少女と目があった瞬間、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、高見沢さんが声かけてくる。


「お、おはよう。高見沢さん。今日は、よろしく」


 少し歯切れが悪くなったことは許してほしい。


 だって、今の彼女はあまりにも普段とかけ離れていて、素敵だ。


 ファッションは海のように深い青色のブラウスに、黒のロングスカートで、普段とは逆にただでさえ良いスタイルをさらに良く見せるものになっていて。

 いつもお下げにされている髪は下ろされ、前髪も昨日切ったばかりなのか、ほどよく切りそろえられている。

 そして、いつものやたらレンズが光る眼鏡はなく、以前垣間見えた澄んだ切れ長の瞳が真っ直ぐに俺を捉えていて、顔全体には自然な感じで薄く化粧が施されている。 


「その……変じゃない、かしら?」


 不安そうに俺のほうを見ながらそう尋ねてくる高見沢さん。


 変じゃないとか、そんなことをわざわざ聞かないで欲しい。


「すごく……いいと思うよ」


 だって、これくらいしか元陽キャリア充の俺を持ってですら言えないのだ。


 それくらい、今の高見沢さんは素敵な女の子だ。だからこそ。


「その……俺のほうはどうかな?」


 けっこうキメて来たつもりではあったけど、いざこうして本来の高見沢さんの前に出ると、どうしても釣り合っていないんじゃないかと思ってしまう。


 こんなことなら、もうすぐ夏だしと言って、あと少しだけ髪を切っておけばよかった。


 僅かな沈黙の後、高見沢さんは答える。


「素敵だわ」


 たったの一言だけ。


 だけど、それは普段の彼女の俺に対する言動を考えると、ものすごく価値のある言葉であるように俺には思えた。


 これで、安心して今日は彼女の隣を歩ける。


「ありがとう。それじゃ、行こうか」


「え、ええ」


 俺はそっと彼女の手を取り、もうじき電車が来る駅のホームへと向かった。


         ※※※


 私は、青生春人という男の子を過小評価していたようだ。


 ああ、こういうと何か語弊があるかもしれない。


 正確に言えば、私はそれなりに彼のことを評価していたけれど、それを大きく上回ったという意味。


 普段とはかけ離れた彼を見た瞬間、私は早く来過ぎて30分くらい待つ間に増していた緊張を忘れ、彼に声をかけた。


「お、おはよう。青生くん」


「お、おはよう。高見沢さん。今日はよろしく」


 軽く挨拶を交わすだけなのに、何だかぎこちない感じになってしまった。


 昨日、あれだけ電話での失態を反省して、その二の前にならないよう注意したはずなのに、情けない。


 それに、何だか彼のほうも少し歯切れが悪かったような気がする……もしかして!?


「その……変じゃない、かしら?」


 昨日、寝るまで必死に考えた末に選んだコーディネートだったけれど、彼からしたら微妙だったのかもしれない。


 なんせ、彼はずっと東京にいたのだ。ファッションについては色々と目が肥えていてもおかしくはない。こんなことなら、もう少しファッションについて勉強しておけばよかった。


 不安でいっぱいの中、青生くんを見つめていると、彼は少しだけ考えてから答えた。


「すごく……いいと思うよ」


 えっ、それだけ?


 もっと、こう他にはないの?


 個人的にどういう部分がよかったとか。


 そしたら、今度こういう機会があったときは合わせられるのに……


 やっぱり、あんまり良くなかったのかしら……


 余計に不安が募り始めたところで、今度は彼が口を開く。


「その……俺のほうはどうかな?」


 そう聞いてきた彼の表情は、普段の飄々とした彼とは比べ物にならないほどにおどおどしていて、少しだけ不安そうに見える。


 ああ、そっか。


 彼も私と同じで不安だったんだ。


 そうわかった瞬間、今まであった不安が一瞬で消えていくのを感じる。


 そして、私は伝えるべきことだけを口にする。


「とても素敵よ」


 本当は、季節に合った薄手のグレーのカーディガンとか。

 その下に着ている、飾り気のない無地の同色のTシャツとか。

 ただでさえ長い足がもっと長く見える黒のスキニーとか

 全体的にシンプルのコーデをまとめてるとことか。


 そして、眼鏡をはずした状態の少し大人びたクールな顔立ちとか。


 褒めたいところはたくさんあるけれど、今は一言だけでいい。


 というより、それ以外の言葉が思いつかない。


 最初はたったそれだけって感じの顔をしていた青生くんだったけど、私と同じように何か吹っ切れたのか、いつものように飄々とした笑みを浮かべる。


 そして、そっと私の手を取ると……って、手、手……っ!?


 せっかく落ち着き始めた心がまた騒がしくなる。


 隣の隣町まで電車で最低でも一時間半はかかるのに……


 私、大丈夫かしら……


 新たな不安を胸に、私はホームに来た電車に乗り込むのだった。


 

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