第24話 リア充っぽいことしませんか?

 須賀たちサッカー部の試合は、1対3で俺たちの高校が負けた。


 内容自体は悪くなかったと思う。実際、前半は両者一点も譲らない展開だったし、後半になって先制したのはうちの高校だった。


 敗因は、純粋に選手層の厚さと練習量の差だろう。試合が進むにつれて当然体力は消耗する。その中で、選手層が厚ければ出ずっぱりの選手を交代させ休ませることができるし、体力の限界が近いときに出せるパフォーマンスの質はそのまま練習量によるところが大きい。


 練習時間が限られている公立の進学校が勝ち抜くことが難しいということを、改めて思い知らされた。


 だけど、勝敗が決まった後、グラウンドにいたうちの高校の選手たちは、誰一人として泣いていなかった。


 それは、本気でやっていなかったから大して悔しくないとか、そういうのとは違う。


 純粋に、今までやって来たことをすべて出し切った――その満足感が、彼らには見て取れた。


 その気持ちは、少しわかる。


 俺も去年全国で負けたとき、何とも言えない充足感があったのを覚えている。


 きっとそれは、悔いが残らないくらい俺があの試合にすべてを出し切ったからだと思う。


 とまあ、そんな光景を見て、俺は熱に浮かされてしまって、少しだけ過去が懐かしくなったんだと思う。


 だから、俺はつい高見沢さんに連絡してしまった。どうして高見沢さんなのかは、日高から助けてくれたからだ。正直、今の俺を理解してもらえているような気がして、少し嬉しかった。


(青生)よかったら、リア充っぽいことしませんか?


 ちょうどスマートフォンを手にしていたときだったのか、既読はすぐについた。


 だけど、中々返事が来ない。まあ、こんな意味不明なことを言われれば当然だ。

 

 俺は補足するようにメッセージを打ち込もうとする。すると。


(高見沢)いいわよ


 具体的に何をするかを言うことなく、高見沢さんがOKしてくる。


 今までの彼女なら、絶対に具体的に何をするか聞いて来るはずだ。


 何か、普段と違うな。


 もしかしたら、今日のことで気をつかってくれているのかもしれない。


 少し申し訳ない気持ちになる。


 ここはもう大丈夫だとわかってもらうために、いつものくだらないやり取りでもしますか。


(青生)どうした、熱でもあるのか?


 すぐに既読がつく、だけどまた何も返ってこない。


(青生)お~い


 またすぐに既読がつく。どう見ても、画面に張り付いているとしか思えない。


 本当にどうしたんだ?


 これが最初のやり取りならまだわかる。

 

 だけど、頻度は少ないけど俺と高見沢さんは今まで何度かメッセージのやり取りはしている。

 

 今さら、俺に対する答えに慎重になる理由がわからない。


(高見沢)なう


 なう?


(高見沢)う× → い


 えっ、打ち間違い?


 やっぱりおかしいな……うん。


「電話するか」


 たぶん、このままメッセージのやり取りを続けてもずっとこの調子だろうし、俺は思い切って電話をかけてみる。


 すると、既読と同じように彼女はすぐに通話に出た。


「こんばんわ。高見沢さん」

『――わ』

「あれ、ちょっと電波悪いかな?」

『――っ、こんばんわ!』

「おお!」


 急に大きい声を出すから思わず後ろに倒れそうになったじゃないか。


「その、本当に熱でもあるんじゃない?」

『な、ないわよ!』

「いや、でもさ、明らかにちょっと普段よりおかしいっていうか……」

『お、おかしい……本当?』

「お、おう……例えば、何か普段より物言いがはっきりしないというか……」

『そ、それはその……ごめんなさい』


 うん、やっぱおかしい。

 普段なら、俺に謝るなんて絶対にしない。


「本当に大丈夫?」

『だ、大丈夫だから!? それで、用件は何?』

「えっと、さっきのメッセージの件なんだけど」

『あ、ああ、リア充っぽいことしましょうってやつでしょ?』

「そ、そうだけど……」


 何でそんなに早口なの?


 もしかして、俺との通話、そんなに早く終わらせたい?


『そ、それで、何をするのかしら?』

「ちょっと隣の隣町まで二人で一緒に行こうかなと」


 この辺では、隣の隣町が一番栄えている。


 新幹線が止まる駅があるから、東京からこっちに来るときに一度寄った切り、まだちゃんと散策できていない。


『それはその……デートってこと?』

「う~ん、まあそれは人によるかと」

『そ、そう……』

「やっぱり、俺と二人でってのは嫌か?」

『ぜ、全然そんなことないわ!」

「おお……」


 今日一番の大きな声で肯定されてしまった。


『そ、それでいつにするの?』

「急だけど、明日とか?」

『あ、明日!?』

「やっぱ予定とかある?」

『な、ないわ!』

「なら決まりってことで。集合場所は駅前な」

『わ、わかったわ』

「それじゃ、おやすみ――って、そうだった」


 大事なことを伝えるのを忘れるところだった。


「明日は、お互いリア充モードでよろしく」

『えっ?』

「それじゃ、今度こそおやすみ」 

『あ、う、うん――』


 通話終了っと。


 俺はスマートフォンをベッドの上に置いて、さっそく明日の準備を始める。


「まずはこの髪からどうにかしないとな」


 さすがに今のままじゃ、セットができない。


 というわけで、今から自分で少し切る。といっても、陰キャの生徒A感が崩れない程度にな。


 それと、今の俺でも高見沢さんの隣に立って恥ずかしくないようなコーディネートと行先の準備か。


 うん、やることがいっぱいだ。


 だけど、こういうのも懐かしい。


 やる以上は、ちゃんといい思い出になるようにしないとな。


         ※※※


 どうしよう……青生くんとデートすることになってしまった。


 私、高見沢玲奈は両手を顔に当てながらベッドの上でうずくまり、さっきのやり取りを振り返る。


 最初にメッセージが来て、それに驚いた。つい数秒前に、自分が青生くんに恋をしていると知ったばかりだというのに。


 次に、返信する内容が中々決まらなかった。今までなら、こんなに悩んだことなんてない。変な答え方をしてしまったらどうしようとか、そんなこと考えなかった。


 そして、色々と考えた挙句に打ち間違え。いつもなら、送信する前に誤字脱字のチェックは絶対に怠らなかったのに……


 完全に注意力が散漫している。


 たぶん、それが青生くんにはわかったんだろう。


 心配するような形で、彼から電話がかかって来た。


 何とか取り乱しながらもそれに出て。


 ちゃんと話せなかった。何度もどもって、物言いがはっきりしないって、彼から指摘されてしまった。


 そして、ロクにまともな会話ができないまま、明日彼とデートすることが決まった――って、そうだ!


 早く明日の準備をしないと――


 落ち込むのをすぐにやめて、私はクローゼットの中を漁り始めた。

 


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