第23話 高見沢玲奈の自己分析

(作者より:今回は玲奈視点のお話です)


 どうして、あんなことをしてしまったのだろうか?

 

 私、高見沢玲奈はベッドの上にうずくまり、考える。


 須賀くんたちサッカー部の試合が始まってから家に帰って今にいたるまで、ずっと考えているけれど、答えは出ない。


 そもそも、どうしてこんなことになったのか、改めて振り返る――


 ――遅い……


 まず、飲み物を買いに行ってから中々戻ってこない青生くんが気になった。


 自販機は施設のエントランスにあったから、そこで買うと思っていたけれど、いいものがなかったから別の場所に買いに行ったとか?

 

 たぶん、今回に限ってそれはない。


 あと五分くらいで須賀くんたちの試合が始まる。


 そんな中で、彼がわざわざ時間がかかるようなことをするとは思えない。


 普段は色々とふざけた面が多い彼だけど、今回みたいな大切なイベントがあるときは絶対にそれを優先する。たかが飲み物がそれより優先順位が上なんてことはあり得ない。

 

 そうなると、考えられることは一つ。


 何か面倒ごとに巻き込まれた。

 

 そして、この場所がサッカーの試合が行われる場所であると考えると、想定される面倒ごとは一つしかない。


 私は河島さんに少し席を離れると伝えて、青生くんを探しに行った。


 まずは自販機があるエントランス。


 この時点で、最初に来た時と雰囲気が違うことに気づいた。


 特に大人たちの様子がおかしい。


 私は思い切って尋ねてみた。


『この辺で、少し背の高い眼鏡の男子を見なかったですか?』


 大人は答えた。


『それなら、日高くんと一緒に外に行ったけど?』


 日高? 誰よそれ。


 まあ、今はそれはどうでもいい。


 私はお礼だけ言って、その場から離れようとする。けれど。


『こっちからも少し聞いていいかい?』

『何でしょうか?』

『青生春人という子を知らないか?』

『――知りません』


 咄嗟に嘘をついた。


 最初に青生くんと話した日に、インターネットで彼の名前を検索したことがある。


 東京都大会の最優秀選手で、将来の日本代表候補。


 はっきり言って、少し容姿と頭が良い自分なんかとは次元が違うと、彼の凄さを痛感したことはよく覚えている。


 だから、ここで本当のことを言えば、彼の望んだ生活が失われてしまうと、そう直感が訴えてきたんだと思う。


 そして、私の答えを聞いた大人は『そうか。ありがとう』と言っただけ。


 これ以上の追及はないと判断して、私は外に出た。


 外に出ると、すぐに私は青生くんを見つけた。


 彼は一人の男子と話していた。きっと、彼がさっき大人が言っていた日高くんとやらなのだろう。


 とりあえず、まずは彼らにばれない距離で、彼らの会話にじっと耳を傾けた。


 最初はまだ聞いていられた、たぶん青生くんがいつものように茶化して話をしていたからだろう。


 けれど、次第に青生くんの口数は減っていき、相手から一方的に罵詈雑言を受けるようになって。


 気づいたとき、私は彼らの間に割って入っていた。


 そこから先の記憶は、正直ほとんどない。


 唯一あるのは、相手の子が言った一言。


『こいつはな、日本を代表するプレイヤーになるかもしれないやつなんだぞ! お前はそれをわかって言ってるのか?!』


 この言葉を受けた瞬間、私は何も言い返せなかった。

 

 彼は多くの人から期待された人材で、そんな彼が才能を使わないことを、どう肯定すればいいのだろうか?

 

 私には、それがわからなかった。


 そして、それが悔しくて、少し泣きそうになった――


 ――振り返ってみて思う。


 どうして私は、二人の間に入ったのか。

 どうして私は、言い返せなくて悔しくなったのか。


 たぶん、青生くんのことを好き勝手言われたのが、純粋に気に入らなかった。


 気に入らなかった理由は彼が私と似た境遇だったから……いや、それは違う。


 時々、もし彼がこの学校にいなかったらと考える。


 たぶん、友達ができずにいつもクラスで一人ぼっちのまま。


 河島さんと付き合うようになってから、自分がどう見られているのか思い切って聞いてみたとき、クラスの女子からあまりいい印象は持たれていないと言われたから、そうに違いない。


 だから、私は口では彼をなじりつつも、心の中ではちゃんと彼に感謝している。


 彼がいたおかげで、今私は一人にならずに済んでいるし、決して声に出しては言えないけれど、彼と河島さんと須賀くんと一緒にいるのは、けっこう楽しい。


 正直、ここまで楽しい学校生活を送れるなんて、高校に入学するまでは思えなかった。


 全部、青生くんが今までの輝かしいものをすべて捨てて、今の高校生活を選んだからだ。


 ああ、そっか。


「私は、私を救ってくれた今の青生くんを否定されたのが、嫌だったんだ」


 だから、我慢できなくなって二人の間に入った。


 そして、今の彼を肯定してあげられなくて、それが悔しかった。


「まるで子どもね」


 好きなものを否定されて、それが嫌だから駄々をこねて……って。


「好きな……もの?」


 いや、青生くんはものではなく人だ。つまり。


「私の好きな人が、青生くん?」


 心臓の鼓動が早まるのと同時に、頬の温度が上がり始める。


「嘘よ、そんなこと、そんなこと――」


 ないと否定しようとしたところで、不意に河島さんのことが頭に浮かぶ。


 彼女がどうして青生くんを好きになったのか、その理由は聞けていない。


 けれど、明らかに彼が哀川さんに告白したときから、彼女は彼に対する好意を前面に出すようになった。


 そして、彼が哀川さんに告白したのは、彼女を救うため。


 つまり、河島さんも青生くんに助けられた。


 私と、同じだ。


「そっか、そっか……」


 これが、恋というものなのか。


 自己分析を終えた私は、ようやくすべての疑問が解消された気がする。


 あれだけ考えても答えが出なかったのは、私が恋というものを知らなかったから。知らない感情が行動原理にあったのなら、わからなくて当然だ。けれど。


「これから、私はどうすればいいの?」


 初めて知ったこの感情と、どう向き合えばいいのか。

 

「とりあえず、色々と調べてみましょう」


 他の女子のことはあまり自分には当てはまらないと思って、あまり気にしてこなかったけれど、私も他の子と同じで普通に恋をする女子だとわかったから。


 私はさっそくスマートフォンに手を伸ばす。そして。


「えっ!」


 青生くんから、メッセージが来ていることに気づく。


 今まで彼から連絡が来て、こんなに驚くことなんてなかった。


 それに、さっきより心臓の鼓動が早い。


 いくらこれが恋でも、こんなの異常よ、恥ずかしい……


 羞恥心を抱きながら、メッセージの内容を確認する。


(青生)よかったら、リア充っぽいことしませんか?


「何……これ?」

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