第19話 偽りの告白イベント

(作者より:今回は前半が沙凪視点、後半が春人視点になります)


 私、河島沙凪かわしまさらが青生くんに告白してから、早くも一週間が経った。


 あの日から今日まで、相変わらず今まで一緒にいた子たちからは無視され続けているけれど、今のところ何とかめげずに学校に来ることができている。


 これも、高見沢さんや須賀くん、そして青生くんが私を仲間に入れてくれているからだ。


 本当に、三人には感謝しかない。


 改めて青生くんたちへの感謝の気持ちを再確認したところで、ホームルームが終わり、放課後がやって来る。


 私は塾を始めとする習い事をしていることもあって、部活には入っていないから、あとはもう帰宅するだけになる。


 そう思っていたんだけど。


 何だか、普段に比べて教室の中が騒がしい。


 自然とその喧騒の中心に視線を向けると、青生くんが哀川さんの席の前で、緊張しているような固い面持ちで何かを口にしようとしている。


 何だろう?


 喧騒の中、聞き耳を立てる。

 

「哀川さん、その……今から少し、いいかな?」

「大丈夫だけど……どうしたの?」

「そ、その、大事な話があるんだ!」


 周囲のざわめきが一層強くなる。


 大事な話って何だろう……それに、いつもと違って、やけに話し方がぎこちないというか。


「大事な話?」

「う、うん……」

「ここじゃダメなの?」

「ダメ! 絶対体育館裏で!」


 喧騒が最高潮に達する。


「わかった」

「ありがとう、じゃ、じゃあ行こうか」

「うん」


 周りの注目などまったく気にする素振りもなく、青生くんはあっさりと哀川さんを教室の外へ連れ去ってしまう。


 大事な話、それに体育館裏……それって、まさか……っ!


 でも、そんなはずない、だって青生くんは勉強が大事だからって……


 もしかして、あれは嘘だったの?


 状況が理解できない間にも、騒いでいた子たちの何人かが青生くんたちの後を追うように教室を出始める。


 ど、どうしよう……っ。


 身動きが取れないでいると、優しく肩を叩かれる。


「た、高見沢さん?」

「ほら、見に行くわよ」

「えっ――っ」


 答える間もなく、高見沢さんは私の手を取ると、先に見に行った子たちに続くようにその後を追い、体育館裏の様子が見える辺りまで移動する。


 周囲は、すでにかなりの人でごった返している状態だ。


「河島さん、見える?」

「う、うん、何とか」

 

 小さいけど、青生くんと哀川さんが面と向かって向き合っているのがわかる。

 

 そして、青生くんが声を出す素振りを見せた瞬間、一瞬にして当たりが静寂に包まれる。


「あ、あの!」


 背筋を思い切り伸ばし、声を裏返しながら青生くんが第一声を放つ。


「そ、その、俺、入学式の日からずっと、あ、哀川さんのことが――」


 思い切り青生くんが息を吸う。そして。


「――好きでした! お、俺と付き合ってください!」


 クスッ。


 えっ、今、高見沢さん笑った?


 そんな些細なことを気にしているうちに、告白を受けた哀川さんは悲しそうに瞳を閉じ、口を開く。


「ごめんなさい――今は誰とも付き合う気はないの」

「そ、そんな……」

「本当に、ごめんなさい」


 どさっ。


 思いを拒絶された青生くんが、膝から地面に崩れ落ちる。


 そして、哀川さんが踵を返して教室に戻ろうとするのと同時に、どこから出てきたのか、上級生の男子生徒二人が、背中をさするようにして青生くんを慰めながら肩を貸し、そのまま哀川さんと反対の方向へと帰っていく。


 本当に、どういうことなのだろうか。


 あまりの一瞬の出来事に、私は思考が追い付かない。


 高見沢さんのほうを見てみると……って、いない?


 彼女を探すように周囲を見ていると、数人の女子生徒たちが私に近づいて来る。


 以前、告白することを賭けてじゃんけんした子たちだ。


 その中のリーダー各の女の子が、気まずそうに私の目を見ながら口を開く。


「その、河島さん。ごめんなさい」

「えっ」


 どうして彼女に謝罪されているのかわからない。


「どういう、こと?」

「いや、えっと、普通に哀川さんのことが好きだったんなら、河島さんが振られたのも仕方ないかなって」


 あっ。


 そこまで聞いて、ようやく私はこの一連の出来事の真相にたどり着いた。


「そのさ、これまで通りってのは河島さん的に難しいかもしれないけど、やっぱり仲直り、しない?」


 仲直りというよりかは、最初から喧嘩自体してはいないけど、これは彼女なりの譲歩なんだろう。


 さすがにこの一週間私が無視され続けるのを見て、少なからず気まずさを覚えているところに、今回の出来事が重なって、彼女にとっては関係を修復するのにちょうどいい機会だったのだ。


 たぶん、これが青生くんの狙い。

 彼は自分の身を削って、私に元のグループに戻れる機会をくれたんだ。


「ダメ、かな?」

「うんん、仲直り、しよ」


 私の言葉を聞いて、彼女だけじゃなく周りの子にも安堵の笑みが漏れる。


 そして、彼女たちが輪を作るように私の周りに集まってきたところで、私は口を開く。


「その、みんなにお願いがあるんだけど」


 私は、もう一度仲間に入れてくれようとしていることに感謝しながら、今の本当の気持ちを伝えるのだった。


         ※※※


「ここで大丈夫、です」


 二人の文芸部の先輩に肩を貸してもらいながら、俺、青生春人は国語科準備室の前にたどり着くと、自力でその場に立って見せる。


「二人とも、すみません。こんなことにお手をわずらわせてしまって」

「いいっていいって」

「そうだぞ。それより、本当に大丈夫なのか?」

「はい……何とか」


 本心から心配してくださっている先輩たちに申し訳なく思いながら、俺は空元気を振り絞っているように振る舞う。


「そうか。じゃあ、俺たちはもう行くぞ」

「はい、ありがとうございました」

「また、きっとチャンスはあるさ!」

「はい!」


 本当に、今日は素晴らい演技をありがとうございました。


 最後に熱い先輩後輩の絆を確かめ合ってから、俺と先輩たちは別れる。


 さてと。


 二人の背中が見えなくなったところで、俺は国語科準備室の扉を開く。


「お疲れ様」


 俺の姿を見るなり、りあ先輩が労いの言葉を掛けてくれる。そして。


「どうだった~?」


 りあ先輩の隣にいるひなた先輩が続けてそう尋ねてくると、俺はスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを開く。


 そして、高見沢さんから届いていた一軒のメッセージに目を通す。


 よし。


「無事に仲直りできたそうです」

「そっか~」

「よかった!」


 嬉しい報告に三人で安堵したところで、そろそろ種明かしといこうか。


 河島さんを取り巻く今回の問題を解決するために、俺が講じた策は実にシンプルなものだ。


 着想は、最初にりあ先輩から言われたベストな振り方である『クラス内で地位が高い子が好きだと答える』というもので、これによって周囲は必然的に俺なんかに振られたことをすんなりと受け入れられるし、振られた本人の面子も保たれる。


 これと同じ状況を、クラス内に生み出すためにはどうすればいいのか?


 それが、さっき俺が体育館裏でやった、クラス内で地位の高い哀川さんに告白するということ。


 実際に多くの人にその現場を見せることで、俺がどうして河島さんを振ったのかが周囲にはっきり伝わり、結果として失われていた河島さんの面子が回復。


 さらに、一週間クラスの雰囲気が悪い状態が続いたことで、この空気を変えたいという潜在意識を河島さんが元居たグループの子たちに芽生えさせ、仲直りしやすい状況を演出することができるというわけだ。


 ちなみに、臨場感を出すために文芸部の男子部員の先輩にはエキストラとして出動してもらったりもした。ただし、彼らにはこれが演技の告白だとは伝えておらず、単に俺が哀川さんに告白して振られたら助けてほしいとだけ伝えている。だって、振った女の子のために演技で告白します何て、頼まれてあまりいい気分はしないだろう。


 とまあ、これが今回問題を解決するために俺が講じた策だ。


 かなり強引な面もあったけど、上手く行ってよかった。よかったけど……


「どうしたの?」


 今の気持ちが顔に出てしまっていたのか、心配そうにりあ先輩が俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、まあ……」


 さっきから、何度も俺のスマートフォンが震えては、話したこともないクラスの男子から慰めのメッセージが表示されていっているんだけど。


 その中に、見過ごせないものがあったのだ。


 学年の男子の告白第一号、おめでとう!


 どうやら、俺は学年で最初に女に走った男子生徒として認定されてしまったようだ。さらに。


 哀川さんに最初に振られた男子第一号、おめでとう!


 ついでに、高校になって哀川さんに最初に振られた男子の称号も与えられてしまった。


 河島さんを救えたのは嬉しいことだけど、それと同時に俺は数多くのものを失ってしまった。


 うん、これは是非とも河島さんには、俺の分までこれからの学校生活を謳歌おうかしてもらいたいものだ。


「青生くん、本当に大丈夫~?」

「はい、ひなた先輩」


 あ~あ、俺ってやつは。


 どうしてこうなるかな。


 これでまた、平凡な陰キャの生徒Aとしての生活が一歩、遠くに行ってしまった。


 とりあえず、明日からまた地道に頑張っていこう。


 こうして、河島さんのための偽りの告白イベントは終わるのだった。

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