第18話 女神さまからの呼び出し

 自宅に帰り、夕飯と入浴を済ませた俺は、ベッドの上に大の字になって考える。


 これから、河島さんの問題をどう解決するか。


 昼休みが終わったあと、少し高見沢さんと話してみたけど、こうなった以上はしばらく一緒に行動を共にするしかないと言われただけで、それから先の方針についていい案は出なかった。


 さて、どうするかな……ん?


 瞳を閉じて考えを巡らせていると、不意にスマートフォンが着信音と共に振動し始める。


 誰だよ、こんな時間に……っ!


 スマートフォンを手に取り、相手を確認した瞬間、思わず俺はスマートフォンを落としそうになった。なぜなら。


「なんで、哀川さんが?」


 まさかまさかの、女神さまからの呼び出しだ。


「えっ、俺、何かした?」


 振り返ってみると……うん、まあ一つ大きなことをやらかしてしまっている。


「どうしようかな……」


 ぶっちゃけ、すごく出たくない。

 だって、絶対これ怒られるやつだし。


 嫌だよ、クラス内カースト最上位に怒られるなんて……


 ああ、でも出なかったら出なかったでそれはそれで怒られるか。


 どっちみち、詰んでるじゃん。


 なら、嫌な方を取らない。


 というわけで、一分間放置。


 う、う~ん、鳴りやまない。


 これで切れてくれたら、偶然出られなかったで済んだんだけど、これ以上はそうはいかないな。


 俺は恐るおそる通話ボタンを押す。そして。


「あ~、やっと出てくれた、の青生くん」


 は?


 哀川さんからの通話に出たはずなのに、返って来たのは何とひなた先輩の声ではないか。


 それで、よく通話画面を見ると、しっかりとグループ通話になっている。


 哀川さんからの呼び出しということに気を取られてしまい、グループ通話になっているのに気づけなかった。


 いや、今はそんなことを冷静に考えている場合じゃない。


「へえ~、青生くん。ひなたからはそう呼ばれてるんだ」


 はい、終了。


 推しであるりあ先輩に、ひなた先輩からの不名誉な呼び名が知られてしまいました。須賀マジで許さん。


「すみません、ショックなのでもう通話切っていいですか?」

「あ~、ひなたが変ないじり方するからだよ」

「そんな~」

「それじゃ、おやすみなさ――」


「――お二人とも、おふざけはそれくらいにしてください」


 通話終了ボタンを押しかけたところで、呼び出した張本人である哀川さんが会話に入ってくる。


「青生くん、急に電話してごめんなさい。実は青生くんと少し話したいことがあって……」

「そ、そうなんだ……でも、何でこの二人が?」


 どう考えても、この二人は部外者だ。


 いや、まあ哀川さんの要件について考えると、りあ先輩はギリギリ許せるけど。


「それは真壁先輩から、青生くんたちが河島さんをグループに入れてあげったって聞いたから」

「へ、へぇ~」


 りあ先輩と哀川さんって知り合いだったんだ。まあ、二人とも顔広そうだし、別に驚くほどのことではないけど。


 というか、何でりあ先輩、俺が河島さんを屋上に呼んだこと知ってるの?


 そんなの決まってる、高見沢玲奈が告げ口した。


 許さん……っていっても、高見沢さんを怒らせるようなことした俺が悪いから、仕方ないけど。


「それで、ひな……じゃなかった、社先輩はどうして?」

「そんなの、青生くんが私の言うことじゃ聞いてくれないからでしょ?」

「うっ………」


 つまりは、二人の言うことだけじゃダメなら、もっと大勢の女子から言い聞かせてあげようと。


 どうやら、俺は高見沢さんだけじゃなく、りあ先輩まで怒らせてしまったようだ。


「納得してくれた? 私たちがいること」

「はい……」

「よろしい」


 文芸部でのやり取りと似たようなことをやっていると、哀川さんが本題を切り出したそうにしているのがわかる。


 ああ、ちなみに今やってのるのはビデオ通話だから、可愛い部屋着姿の三人がバッチリ見える……今さらだけど普通にヤバいなこれ、めっちゃ目の保養になる。


 特にりあ先輩……上半身しか見えないけど、これ下は絶対にホットパンツだよ!


 えっ、俺?


 俺はいつもの眼鏡に、スポーツブランドのジャージ上下だ……って。


「そろそろ本題に入りたいんですけど」


 哀川さん、ちょっと怒ってる?


 通話が始まったときと比べて少し声のトーンが低いんだけど、あっ、先輩二人が黙った。


「ど、どうぞ」

「とりあえず、私としても今の河島さんの状況はよくないと思ってたから、青生くんの行動は理解してるつもりなんだ。けど」

「け、けど?」

「これから、どうするつもりか聞いてもいいかな? 私、さっぱりわからなくて」


 で、ですよね~。


 そんなの俺のほうこそ聞きたい。


 って、この状況で『はい、見切り発車でした』なんて言えるわけがない。


「ほら、やっぱり何も考えてなかったでしょ」

「いや、青生くんはまだ何も……」

「この間は絶対にそうだって~」


 おいおい先輩方、何勝手に色々言ってくれちゃってんの。


「もしかして、本当に何も考えてないの?」


 えっ、そんな風に見つめないでくれます?


 やばい、ここで何も答えられなかったら、哀川さんからの好感度がガタ落ちだ。


 ただでさえ、二人の先輩のせいで現在進行形で下降してるっていうのに。


 こうなったら仕方ない。


 この場で何かいい感じのことを考えよう。


 そうだな……あっ。


「この前、真壁先輩が言っていた『正しい告白の断り方』ってのをもう一回すればいいんですよ」


「「「えっ?」」」


 それから、俺は疑問符を浮かべる三人に今思いついた作戦を伝える。そして。


「それ、本当にするの?」


 りあ先輩から真っ先に問いつめられる。


「何か問題でもありますか?」

「いや、別にないけど……ひなたはどう思う?」

「私は……う~ん、青生くんがいいならって感じかな~」

「じゃあ、愛結華あゆかちゃんは? この作戦の役者でしょ?」

「そ、そうですね……その、私も青生くんが嫌でなければ……」


「なら、決まりということで。実行日は明後日くらいで――」


「「「――それはダメ!」」」


 え、え~。


「じゃあ、いつならいいですか?」

「最低でも一週間ってところかしら」

「私もそれくらいかな~」

「あ、哀川さんは?」

「私も二人と同じかな。あっ、だけど場合によっては前後するかも」

「それは愛結華ちゃんに任せるよ」

「うん、それがいいよね~」

「なら、実行日は週明けということで。青生くんもそれで大丈夫?」


 なぜだろう、一瞬で三人から俺に向けられる視線の圧が増したんだけど……


「わ、わかったよ……」

「なら、今日の話し合いはこれでおしまいということで。今日はお二人とも、ありがとうございました」

「いやいや、私たちこそ何か勝手に首突っこんじゃってごめんね?」

「ごめんね~」


 まったく悪気を感じてるようには見えないんだけど……二人で謝る姿めっちゃ尊い、ありがとうございます!


「青生くんも、急な呼び出しに応じてくれてありがとう」


 あっ、何か話振られた。


「いや、そんな……もとはといえば俺が悪いわけだし」

「そうだそうだ!」

「真壁先輩は黙っててください」

「うわ~冷たいな~」

「ははは。それと青生くんとはこの後もう少し二人で話したいんですけど」


 あれ、まだ何かあるの?


 嫌な予感しかしないんだけど。


「じゃあ私たちはお邪魔だね。今日は退散するとしますか」

「しますか~」


 そう言って、二人は可愛らしく手をひらひら振ってからあっさりとグループ通話から退出する。

 そこは、もうちょっと俺と哀川さんをいじってから、雰囲気和やかにして帰って欲しんだけど。


「青生くん」

「は、はい」


 ヤバい、何言われるんだろ?


「意外だった」

「えっ?」

「青生くんって、けっこうおしゃべりさんなんだね」

「あ、えっと、うん……」


 うん?

 

 いや、うんじゃねぇよ!


 今、俺さらっと陰キャのくせに普通に美少女たちに囲まれてもけっこう話せますよって、言ったんだぞ!


 し、修正しなければ……いや、ここはもう素直にお願いしよう。どうせ言い訳したって、あんなに和気あいあいと話した後じゃ説得力ゼロだ。


「黙っててもらえないでしょうか?」

「え~」

「お願いします」

「う~ん、そんなに隠すことでもないと思うんだけど、そう言うならそうするね」

「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

「もう、大げさなんだから」


 そう言いながら、哀川さんは小さく微笑む。


「それで、他に話は?」

「話? ああ、これだけだよ」

「えっ、これだけ?」

「うん、そう。もしかして青生くんからも何か?」

「いや……あっ」

「あっ?」

「週明け、頑張ろうな」

「うん、頑張ろ!」


 それから、軽い挨拶を交わしてから、ようやく俺は通話から解放され、思い切りベットにうつ伏せになる。


 最近、学校に慣れてきたせいか、ちょっとずつだけど、俺の陽キャリア充の部分がボロを出し始めてるような気がする。


「気、引き締めないとな」


 人畜無害で陰キャの生徒Aとして、平凡な高校生活を送るために。

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