第17話 うん、我慢とかやっぱ無理だわ

 高見沢さんとりあ先輩の二人からしばらく状況を見守るよう言われた次の日。


 朝クラスに入ると、思った通り河島さんはずっと一人で椅子に座ったままだった。


 わかってはいたけど、こうして現実を見るのはやっぱり辛い。


 ちなみに、ちゃんと俺への陰口も継続中だ。


 とはいっても、こっちは俺が我慢するだけでいいし、そもそも昨日よりは少ない。今はどちらかというと、一人でいる河島さんに対するもののほうが多い気がする。


 う~ん、あと三日我慢するよう言われけど、もうだいぶ無理なんだよな。


 それから午前中の授業が終わり、迎えた昼休み。


「そんじゃ行くか」


 須賀の一声とともに、俺と高見沢さんは立ち上がり屋上へと移動を始める。


 その最中、ちらっと河島さんのほうを見ると、一人で俯きがちに昼食を始めようとしている。


 そして、その様子を嘲るように女子生徒数人が見ている。

 

 うん、我慢とかやっぱ無理だわ。


 俺はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出すと、以前交換していた河島さんの連絡先をタップし、トーク画面を開くと、そのままメッセージを打ち込む。さすがに直接声をかけるのはまずいからね。


(青生)よかったら一緒に屋上で食べない?

(河島)えっ?

(青生)一人であそこにいるのは辛いだろ?

(河島)それは、そうだけど……

(河島)本当にいいの?


 本当にいいの……か。


 正直、本当にいいのかどうかはわからない。


 というより、高見沢さんとりあ先輩からはダメと言われている。


 じゃあダメじゃんかって話だけど、今さら『ああ、やっぱダメだわ』とか言えるわけがない。


(青生)たぶん大丈夫だろ


 ごめん、これくらいしか言えないわ。


(河島)ありがとう……少し時間を置いてからそっちに行くね

(青生)わかった!

(河島)子犬が小さくお辞儀をするスタンプ


「よし」

「何が『よし』なのかしら?」


 うわ。


 けっこう小さい声で言ったつもりだったんだけどな。


 どうやら、高見沢さんもリア充特有の地獄耳を持っていたようだ。


「早く答えなさいよ」

「別に」

「――まさか、あなた――」

「――ほら、さっさと屋上行かないといつもの場所、取れないぞ」


 話しをはぐらかすための方便だけど、この時期になると屋上を使う人が多くなっているので、実際に良い場所が取れるかどうかの問題はある。


 それから屋上に移動した俺たちは、無事に定位置を確保し、そのまま昼食を取り始める。


 そして、五分くらい経った頃だろうか。


「あ、あの……」


 河島さんが遠慮気味に俺たちのところにやって来た。


「はあ、やっぱりこうなったわね」


 思い切りため息をついた高見沢さんに、河島さんが不安そうに俺のほうを見てくる。


「その、やっぱり迷惑だよね。ごめんなさい」

「いや、河島さんが謝ることないよ」

「そうよ。悪いのは全部そこの眼鏡だから」

「ちょっ、高見沢さんに眼鏡って言われたくないんだけど――」

「――うるさい黙れ」

「はい……」


 ヤバい、これガチで怒ってるやつだ。


「高見沢、そんな怒るなよ。俺も青生は間違ってないと思うぜ」

「黙れゴリラ」

「なっ、ご、ゴリラ……」


 フォローありがとう須賀、そしてそんな落ち込むな。


 ゴリラって、別に脳筋って意味じゃないと思うぞ、だってゴリラは森の賢者って言われるくらいだし……たぶん。


「その、本当にごめんなさい。私、やっぱり帰るよ」

「いいわよ。もう」


「「「えっ?」」」


 三人同時に驚いたことに、若干引き気味になりながら高見沢さんは続ける。


「こうなってしまった以上、このまま追い返したら余計あなたの立場がなくなるじゃない」

「で、でも……」

「でも、何? あなた、今の状況がこれ以上悪化してもいいの?」

「そ、それは……」

「素直に今日は私たちと一緒に過ごしなさい」

「わ、わかった……ありがとう」


 小さく頭を下げてから、ちょこんと河島さんが俺と高見沢さんの間に座る。


 う~ん、めっちゃ気まずいんだが……おい須賀、こっちを見るな!


 それから一、二分黙々と食事を続けたところで、意外にも高見沢さんが最初に口を開く。


「それで、一体この眼鏡のどこを好きになったの?」

「えっ?」


 えっ?


 俺も心の中で河島さんと同じように反応する。


 最初は同志の俺の話だから気になってたと思ったけど、実は純粋にネタ話として気になっていたのでは?


「言えないの?」

「え、えっと……その、恥ずかしいというか」

「はあ、せっかく仲間に入れてあげたのに土産話の一つもないなんて」

「ちょっ」


 それはさすがに言いすぎだろ。


 と、そう思ったけど、以外にも河島さんは『あはは』と苦笑いを浮かべながら答える。


「そうだね、うん……今度、二人きりになれたときに話すよ」

「そう、いい心がけね」


 いい心がけって、俺も普通に気になるんですけど?


「で、そっちの眼鏡とゴリラからは、彼女に何かないのかしら?」


 眼鏡とゴリラって……


「ほら、特に眼鏡」

「お、おう……そうだな……まあ、最悪、俺がこの状況は何とかするよ」

「えっ?」

「はあ、あなたね……」

 

 やべ、さらっととんでもないこと言ちゃった。


 まあ、本当のことだから別にいっか。


「それじゃ、次は隣のゴリラから」

「おい、青生。お前まで」


 ちなみに、俺、忘れてないからな。


 サッカー部の見学のときに眼鏡の青生ってひなた先輩に紹介したこと。


 まあ、今回はそのお返しってことで。


「え、えっと、まあ、そうだな。こうなったのも何かの縁だろうし、俺もできることは協力するからよ。その、元気出せよ」

「う、うん! ありがとう!」


 なぜだろう、一番この中で不器用な口ぶりだったのに、断トツで心に刺さるんだけど。


「まあ、そういうことだから、安心して私たちといなさい。河島さん」

「高見沢さん……ありがとう!」


 お、おお……っ!


 何か、めっちゃ尊い光景だぞ!


 それからは、比較的穏やかな、和気あいあいとした雰囲気で昼休みは終わった。


 最初はどうなることかと思ったけど、よかったよかった。


 だけど、まだ問題の本質的な部分は解決されていない。


 問題が悪化しないうちに何とかしないとな。


 とりあえず、今日の夜にでも色々考えてみますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る