第12話 本当、待ち伏せってよくないと思う


「おはよう、青生あおうくん。偶然ね」

「お、おう。偶然だな、高見沢たかみざわさん」


 全然、偶然じゃない。


 今日は図書委員の当番があるから、朝早く家を出て学校へ向かっていたのだが、高見沢さんと途中で合流することになった。


 ちなみに、今まで当番がある日にこうして彼女と鉢合わせたことはないし、そもそも俺は徒歩通学で彼女は自転車通学、鉢合わせること自体がおかしい。


 まあ、間違いなく待ち伏せだろう。


 そして理由は、あれしかない。


「それで、昨日はどうだったの?」


 ですよね。


 昨日というのは、放課後に俺が河島さんから呼び出された後のことだ。


 正直、こういう恋愛がらみのネタは高見沢さんの関心の範囲外だと思ってたけど、そういうことに自然と興味があるあたり、高見沢さんもやっぱり女子なんだなと……って、違うか。同志の俺だから気になっただけだろう。うん、絶対にそうだ。


「告白されたよ」

「そう、それで」

「友達から……ってことで」

「はあ」


 結論だけ伝えると、思い切り深いため息をつかれてしまう。


「どうせ付き合う気がないんだから、ちゃんと断りなさいよ」

「いや、俺だって最初はちゃんと断ったんだからな。だけど、どうしてもっていうから……」

「それならなおさらよ。友達から……何て、今回の場合は完全に悪手だわ」

「えっ、マジ?」


 俺みたいな陰キャに振られては体裁が悪いと思って、友達から……ってことにしたんだけど。


「どういうこと?」

「あれが罰ゲームだってことは知ってるわよね」

「ああ」

「それなら、どうしてあなたに告白するの?」

「えっ……あっ」


 あの時はまさかの事態で思考があまり回っていなかったのか、今さらになってある違和感に気づく。


「確かに、罰ゲームなら横井くんあたりにすればいいよな」


 忘れているかもしれないから、一応横井くんについてのおさらい。


 横井くんってのは、俺が総務委員(学級委員的なやつ)になりかけたとき、俺の身代わりになってくれた素晴らしい男子生徒だ。


 今のところはちゃんとクラスの中心として頑張ってくれていて、この前ついに女子から告白されたらしい……まあ、断ったみたいだけど。


「横井くんじゃなく、わざわざあなたに告白した理由。それくらいわかるでしょ」

「ああ……そうだな」


 罰ゲームなら、普通は無難に振られてもしかたないって感じで、玉砕覚悟で告白するのが定番だろう。そのほうが、周囲はフォローしやすいし、何より告白した本人のダメージが少なくて済む。


 それなのに、わざわざ俺に告白するってことは。


 本気で俺のことが好きだったってことになる。


 だって、どんなに可能性が低いとしても、万が一横井くんがOKしたら、本当の気持ちを隠しながら彼と付き合うことになってしまう。


 河島さんの性格を俺はよく知らないけど、きっと本心を偽ってまで、嘘の告白をするというのが嫌だったんだろう。


 それだけに、彼女の本気の気持ちを断った俺もかなり良心が痛む。


「心配ね。彼女」

「ああ」


 罰ゲームで本気の告白をした挙句、その相手が彼女よりクラス内カーストが低い俺で、なおかつ振られてしまったのだ。


 彼女の友達が良識のある子たちならいいだろうけど、そもそも良識があるなら罰ゲームで告白なんてゲームをするはずがない。


 間違いなく、河島さんは腫れ物扱いされるだろう。


 昨日の時点で色々と彼女の扱い方に関することは考えていたけど、こうして話を整理してみて、展開が俺の望まない方向に向うことがほぼ確定した。


「どうしようかな~」

「こうなった以上、どうすることもできないわよ」

「いや、でもさ。ここはほら、哀川さんとかに頑張ってもらってさ」

「はあ、あなた何もわかっていないわね」


 何と、この元陽キャリア充の俺が思い切り人を見る目がないと馬鹿にされたぞ。


「どういうことだ?」

「哀川さん、たぶんあまり当てにならないわよ」

「えっ、もしかして実は性格悪かったり?」


 今のところそんな部分は見えないけど、たまにいるんだよな。


 性格いいと見せかけて、実はけっこう悪い奴。ウラオモテがあるっていうのかな。


 えっ、俺のことかって?


 いやいや、俺は性格そんなに悪くない、ちょっと捻くれてるだけだし、何ならそれを隠すどこからオープンにしているくらいだ。


「違うわよ」

「何だ、違うのか」


 安心した。


 哀川さん、君はずっと俺の女神さまでいてくれよ。


「で、何がどう違うんだよ」

「まあ、簡単に言うと私たちとは真逆の生い立ちってところね」

「つまり、本家高校デビューってことか? そんな感じはあまりしないけどな」


 さすがに高校デビューなら、何かしらぎこちない部分は残っているものだし、少なくともこの一か月、哀川さんにそれを感じたことはない。


「少し違うわ。高校じゃなくて、中学デビューよ」

「ああ、なるほどな」


 高校デビューがメジャーだからいまいちピンとこないけど、人が変わるタイミングは人それぞれだから、中学に入学すると同時に変わろうとする子だっている。


 さすがに中学三年間を陽キャとして振る舞っていれば、それなりに陽キャムーブが板について、不自然さは一見しただけではわからない。


 ただ、そういう子は根っこの部分まではまだ天性の陽キャになり切れていないから、何かの拍子でボロが出ることがある。まあ、陰キャになり切れずに、総務委員に立候補しそうになった俺の逆バージョン、っていうとわかりやすいかな。


「ちなみに何で中学デビューって思ったんだ?」

「女の勘よ」


 あ~、これけっこう当たるやつだ。


「とにかく、半分はあなたのせいなんだから、ちゃんと何かあったら責任取るのよ」

「へいへい」


 それから数分歩き、校門が見えてきた辺りで、俺は衝撃の事実に気づいてしまった。


 こうやって、男女二人で登校してるって、陰キャの生徒Aとしてはかなりまずいのでは?


 だって、普通陰キャの生徒Aって、同じような男子と一緒か、一人で自由気ままに登校するものだろ。それを、いくら相手が陰キャの女子生徒Aの理想像とはいえ、一緒に歩いてるなんて……


 マジで危なかった。


 今日は図書委員の仕事がある日だったから誰にも見られなかったけど、これが普通の日だったらマジで大変なことになってた。間違いなく、地味眼鏡陰キャの生徒Aカップル誕生(笑)とか陰口言われてたわ。


 うん、今日が図書委員の当番の日でよかった。


 本当、待ち伏せってよくないと思う。


 今回みたいに大変なことになりかねないからね。


 最後に冷や汗をかきかけて、俺は高見沢さんと一緒に校門をくぐった。

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