第13話 河島沙凪の失敗

(作者より:今回は、沙凪視点のお話です)


 私、河島沙凪かわしまさらは、まわりの空気を読むということに関して自信があった。


 父親が地元で名のある開業医であることもあって、普通の子より多くの大人と愛想よく関わることを余儀なくされてきたからだと思う。


 実際、大人たちとのやり取りで身に着けた処世術は、子ども同士のコミュニティの中でも十分に通用していたし、その証拠に今まで一度も周りの子とこれといったトラブルは起こしたことがなかった。


 だけど、つい最近、私は空気を読むのに失敗した。


 ゴールデンウィーク中に、同じクラスの五人の友達と一緒に遊んだときのことである。


 話が恋愛方面に行っていて、それで彼氏がそろそろ欲しいよねって流れになって。


 そして、冗談交じりに、友達の一人が言ったのだ。


 この中で、じゃんけんで負けた子が、ゴールデンウィーク明けに男子に告白するって。


 正直、私はその子のことを疑った。


 普通に考えて、告白するなんて、そんな軽々しく決めていいものじゃない。


 だけど、そんな私の価値観とは反対に、まわりの子は彼女の意見に賛同した。


 たぶん、理由は彼女がクラスで哀川さんの次に発言力がある女子だからで、みんな波風立てないよう彼女の意見に賛同したんだと思う。


 だから、本当は嫌だったけど、私もその流れに逆らわないよう彼女の意見に賛同した。


 そして、六人で告白することをかけて、じゃんけんした。


 最初に二人が勝ち抜けて、その後、一人、また一人と勝ち抜けて行って。


 残ったのが、私と最初にこのゲームを言い出した女の子だった。


 わかってるよね?


 彼女もまさか自分が残るとは思っていなかったのか、若干冷汗を浮かべながら、私にわざと負けるように視線で訴えかけてくる。


 どうすればいいのか、わからなかった。


 彼女の訴えを無視して、じゃんけんをすれば、私が勝とうが負けようが、彼女の私に対する印象は少なからず悪くなる。


 そうなれば、もしかしたら周りの子も私から離れて行ってしまうんじゃないか。


『私が、やるよ』


 気づいたとき、私はそう口にしていた。


 どうしてそんなことを言い出したのか、みんなわかっていながらその理由を聞いて来る。


『実は、好きな人がいるから』


 また、勝手に口がそう動く。


 すると、周りは当然また騒ぎ出す。


 誰が好きなのかと。そして。


『それは、当日までのお楽しみね』


 そう言って、その場を盛り上げて締めくくる。


 本当に、私はよく空気を読むのが得意だと思った。


 だけど、好きな人……というより、実際に気になる人はいた。


 相手は、同じクラスの青生春人くん。


 最初に彼のことが気になりだしたのは、入学式の次の日。


 総務委員の男子委員が中々決まらなくて、場の空気が重くなっていて。


 そんなとき、彼はゆっくりと手を挙げようとしていた。


 たぶん、彼の斜め後ろの席だった私だから、見えたんだと思う。


 結局、同じタイミングで横井くんが思い切り挙手したから、彼が委員になることはなかったけど、あの空気の中で行動を起こせることを素直にすごいと思った。


 とはいえ、このときはだた、それだけ。


 もしかしたら、実は哀川さんと一緒に委員がやりたくて、中々言い出せなかっただけかもしれなかったから。


 本気で気になりだしたのは、その日から数日が経った日。


 入学してからずっと教室で一人だった高見沢さんを、青生くんが昼食に誘ったのだ。


 平凡な容姿の私から見ても、高見沢さんは哀川さんとは比べ物にならないほど地味だし、女子の中にはそのことを悪く思ってか、絶対に仲間に入れないと言っている子たちもいた。


 そんな高見沢さんに、優しく話しかける。


 とてもではないけど、自分にはできないと私は思った。


 もし私がそんなことをすれば、間違いなく周囲の子たちから変な目で見られるから。


 実際、あの光景を見た私以外の子は、地味キャラ同士でよろしくどうぞって、笑い話にしていたし。

 

 だけど、その日だけじゃなく、変わらず青生くんは高見沢さんを誘っていた。


 周りからどんな目で見られても、お構いなしというように。


 そんな彼が、私は少し羨ましくて、眩しくて、素直に彼と話してみたいと思った。


 だから、今回のことはそのいいきっかけだと、そう自分に言い聞かせて、あの日――ゴールデンウィーク明けに、私は彼に告白した。 


 結果は、ダメだった。


 もしかしたらという気持ちはあったけど、やっぱりいきなり話したこともない子に告白されれば、当然のことだと思う。


 そして、私が青生くんに告白したというのは、またたく間にクラスの女子中に広がってしまった。


 女子のそういう話が広がるのはすごく早いから、仕方ない。

 

 次の日、軽い感じで振られちゃったって、いい感じにみんなの輪に戻ればいい。


 そう思っていた。


 だけど、そんな私は甘かったんだろう。


 朝、クラスに入ると誰も私と目を合わせてくれなかった。


 そして、極めつけに最初にあのゲームを提案した子から、私を嘲るような笑みを向けらた。


 そこまでされれば、さすがに気づく。


 私はもう、あの子たちの輪には戻れない。


 理由はたぶん私が本当に告白したことと、その相手が青生くんだったからだろう。


 ――本当に告白するなんて。

 ――それも、青生くんだなんて、意味わかんない。

 ――普通、するにしても横井くんとかだよね。


 そんな声が聞こえて、そう思う。


 でも、そんなの仕方ないことだ。


 確かに、横井くんに告白して、振られれば私の体裁は守られたかもしれない。


 きっと、それが本当に空気を読むってことなんだと思う。


 だけど、あれは、私にとって初めての告白だったのだ。


 それを、好きでも何でもない相手にするなんて、私にはできなかった。


 だから、後悔はない……ないけど、辛いなぁ。


 それに。


 こんな姿、青生くんに見られたくないよぉ……


 だって、きっと彼を困らせてしまうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る