第10話 俺の望んだ平凡な青春の一ページ
「青生、メシ行こうぜ」
「おう」
昼休みの到来を告げるチャイムが校内に鳴り響くと、須賀くんが大きめの弁当が入ったカバンを手に、やって来る。
部活見学を終えた昨日の内に、須賀くんにはサッカー部に入らないことを伝えおいた。
てっきり引き止められるかと思ったけど、意外にも答えは「そうか」の一言だけで、理由の追及とかはなく、それどころかこうして昼食まで誘ってくれている。
こいつ普通に良い奴だ。大事にしよう。
俺も机の横に掛けたランチバッグを手に取り、立ち上がると、一度教室のある一角を見る。
やっぱ今日も一人か。
「須賀くん」
「何だ? って、その須賀くんってのそろそろ止めてくれないか? 普通に須賀でいい」
「なら、須賀。もう一人誘ってもいいか?」
「おう、別にいいけど」
「ありがとう」
許可を得たところで、俺は一端須賀のところを離れ、一人で食事を始めようとしている
「ちょっといいか?」
「――何かしら?」
話しかけるなり、すごく
やっぱ話けるんじゃなかった――いやいや、負けるな俺。
「よかったら、俺たちと一緒にどうかと思ってな。嫌だろ、一人は」
「――」
図星だったのか、高見沢さんから放たれる不機嫌オーラが一層増す。
昨日も一人で食べてたから、同志のよしみで今日もそうならって誘ってみたけど、やっぱダメだったか。
「悪いな、今のは聞かなかったことに――」
「――行くわ」
「えっ?」
「行くと言っているの。それとも本当は嫌なの?」
「い、いや……」
「そう。なら早く行きましょう」
すくっと高見沢さんは立ち上がると、視線で早く教室を出なさいと訴えてくる。
どういうことかはわからないけど、俺の勧誘は承諾されたようだ。
ああ、そういえば。
「須賀も一緒だけど、大丈夫?」
たぶん、それは承知済みだろうけど、念のためな。
「問題ないわ。それに、それを聞くのは私じゃなくて彼のほうでしょ?」
「いやいや、大丈夫だよあいつは」
「そう――友達ができたっていうの、嘘じゃなかったんだ(ボソッ)」
えっ、信じてなかったの?
後半部分でしれっと酷いことを言われたような気がするけど、うん、気にしない。
こんなの中学時代の陰口に比べれば何千倍もましだ。
「おっ、そいつが連れか?」
「ああ。同じ図書員の高見沢さん」
「そうか。俺は
「よ、よろしく……」
廊下で待っていた須賀と合流し、簡単な挨拶を交わしてから、俺たちは屋上へ向かう。
「今日も人、いないといいんだけど」
「さすがに今日は誰かいるんじゃねえか?」
「やっぱそう思うか……」
今日は春らしい、外で食べるにはちょうどいい暖かさだ。
高見沢さん的には、あまり俺たちと一緒に食べているところを見られるのは嫌かもしれないから、できれば俺たちだけで屋上を独占したいけど、どうだろうか。
少しだけ屋上の様子を気にしながら、階段を上り、屋上へと繋がる扉を開く。
「おっ、誰も使っていないじゃん」
須賀くんが言ったように、屋上にはまだ誰もいない。
理由はわからないけど、これはラッキーだ。
「昨日と同じところでいいよな」
「ああ。それと、高見沢さん、これ」
俺はランチバッグに入れてあった小さな水色のレジャーシートを取り出し、彼女に手渡す。
「おっ、気が利くじゃねえか青生」
「まあな。昨日座ってたときけっこう冷たかったからさ」
もちろん嘘だ。
制服のズボンの下には学校指定のジャージを着こんでいるから、コンクリートの地面越しに伝わる冷たさなんて大したことはない。
こうなることを見越して、高見沢さんのために用意しておいただけだ。
「どうした?」
「――ありがとう」
受け取るまでに、僅かな沈黙。
さすがは俺の同志。
俺がこれを持ってた理由にすぐに勘づくとは。
「それじゃ、食おうぜ」
準備ができると、須賀を筆頭に俺たちはそれぞれ昼食に手を付け始める。
「なあ青生」
「何だ?」
「サッカー部には入らないつってたけどよ、他の部活に入んの?」
「一応、気になってるのは文芸部かな」
ぶふっ。
下品な男の吹き出しとは違って、お上品に高見沢さんが吹き出しそうになった。
「どうしたんだよ」
「あなた……文芸部に入るの?」
こんなことを聞いて来るってことは。
「高見沢さん、文芸部入るの?」
「そうよ……てか昨日入部届出したわよ!」
「へ~」
「へ~じゃないわよ。あなた、絶対に入らないでよね!」
「どうしようかな~」
「ああん?」
「うわ~怖いこわい」
「あなたね……」
と、そんなやり取りをしていると、ぽかんとした表情で須賀が俺たちを見ている。
「ん、どうした須賀?」
「いや、高見沢って、もっと大人しめのやつかと思ってたからよ」
「あ~、こいつこう見えても強暴で――っ」
「心配しなくても、あなたの見立て通り、ちゃんとお
やばい、普通に痛い。
離して。
ああ、手の皮が真っ赤じゃないか。
「そう言われてもなあ……あっ、そういえば」
「今度は何?」
「さっきは聞き忘れたけどよ。やっぱりお前らって付き合ってんの?」
「違うわよ!」
あっ、手が離れた。
てか、即否定はけっこう傷つくな。
これでも俺、中学時代はけっこうモテてたんだぞ!
「まあ、そういうことにしといてやるよ」
「ああん?」
「す、すまん……」
「すみません、でしょ?」
「はい……すみません」
わかるぞ須賀、あのやたら光を反射するレンズの眼鏡のせいで、瞳が見えないのがけっこう怖いんだよな。うんうん、これから俺と一緒に頑張って高見沢さんの尻に敷かれような。
「ほら、手が止まってるぞ。さっさと食べよう」
「そうだな」
「ええ……って、誰のせいよ」
最後にボソッと文句を言われた気がしたけど、うん、こういうの、すごくいい。
何かこう、特別じゃない、ありふれた青春って感じで。
これこそ、俺が望んだ平凡な青春の一ページってやつだ。
できれば、これからもこんな平凡な青春を一ページ一ページ紡いでいきたいな。
と、この時の俺は知る由もなかった、まさか、あんなことになるなんて……な~んてな。
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