第9話 天然ギャルってことで、セーフだよね?

 高見沢たかみざわさんという同志の存在が明らかになった日の放課後、俺は約束通りサッカー部の見学を一緒にするために、須賀くんとグラウンドに足を運んでいた。


 ちなみに今日の昼、須賀くんと一緒に屋上に行くついでに、ちらっと高見沢さんのほうを見てみたけど、やっぱり一人だった。


 明日も同じだったら、誘うだけ誘ってみるつもりだ。


 同志がずっとひとりぼっちっていうのは、見ていて普通に辛いからな。


 さて。


「あっ、君たち、サッカー部の見学?」


 サッカー部が練習しているグラウンドに足を踏み入れると、学校指定の紺色のジャージを着た女子生徒がおっとりとした口調で声をかけてくる。


 ポニーテールにされたウェーブのかかった茶髪と、眠たそうなおっとりした瞳が印象的な天然ギャルって感じで、普通に美少女だ。


「もしかして、サッカー部のマネージャーさんですか?」

「そうそう。二年のやしろひなたっていいます」

「一年の須賀です。あとこっちの眼鏡が青生です」


 なるほど、須賀くん、君はずっと俺のことを眼鏡だと思っていたのか。


 ああ、別にいいよそれで、何だかそれはそれで生徒Aって感じでいいしね……何だろう、別に嫌じゃないけど、ちょっと複雑な気持ちだ。

 

「どうも、(眼鏡の)青生です」

「二人ともよろしくね。それと、今日のメニューはこっちのホワイトボードに書いてあるから」


 そう言われて近くに置いてあったホワイトボードを見ると、確かに練習メニューが書いてある。


 どうやら、最初はランニングやフットワークの基礎練習で、後半は紅白戦になっている。チームの実力を新入生に伝えるにはうってつけのメニューってわけだ。


「それじゃ、わたしは仕事があるから。あっ、帰るときは普通に何も言わないで帰って大丈夫だからね」

「「わかりました」」


 社先輩に二人で軽く一礼してから、須賀くんは先に他の見学している新入生のほうへ向かい、俺はその場に残って先輩たちの練習を眺める。


 まずは、チームの雰囲気。


 誰かがふざけて練習したりすることはなく、全員が真剣に練習に取り組んでいて、よくまとまっている。きっと、良いまとめ役がいるんだろう。


 次は、個々の実力。


 今やっている三角コーンを使ったフットワーク練習を見ている限り、決してレベルは低くない。だけど、別に高いというわけでもない。いたって普通。


 最後は指導者って、あれ?


 指導者が、いない?


 一応、何度かグラウンドを見渡してみるけど、他の運動部の指導者らしき人はいても、サッカー部の指導者らしき人は見当たらない。


 普通、顧問の先生なり外部のコーチとかがいるもんなんだけどな……


「どうしたの? そんな難しい顔して」


 集中して練習風景を見ていて時間が思ったより経ったのか、仕事を終えて戻って来た社先輩が声をかけてくる。


「指導者が見当たらないなと思って」

「ああ。いないよ、うちにそういう人は」

「やっぱりそうですか」

「うん。やっぱり欲しい?」

「それは、まあ」


 指導者は部活において重要だ。技術的な向上のためだったり、チームのまとめ上げだったり、色々な理由で。


「ちなみに、指導者がいないなら、この練習メニューは誰が?」

「それはね、キャプテンのって言ってもわからないか、グラウンドで人一倍声出してるあのスポーツ刈りの先輩だよ。それも去年の秋からずっと」

「すごいですね、それは」

「うん、わたしも本当にすごいと思う」


 勉強をしながら、空いた時間に色々調べてメニューを作っているんだろう。その苦労は相当なものだろうし、きっとそれを知っているから、指導者がいないにも関わらず、みんな真剣に練習に取り組んでいるんだ。


「いいチームですね」

「でしょ? でもね、だからこそ悔しいだ。みんながもっとちゃんとした指導者に巡り合えていたらって」


 おっとりとした口調はそのままでも、言葉の一つ一つに社先輩がいかにこのチームのことを思っているのかが伝わってくる。


「正直、意外でした」

「えっ、何が?」

「社先輩は、もっと天然で適当な人なのかと」

「うわ~ちょっと、酷くない?」

「ははは、すみません」

「いいよ、別に」


 さっきまで暗い話をしていたのに、気づけば陽キャリア充だったころのような会話になっている……って。


 なんだろう、このやり取り。


 自然に会話が始まったから気付かなかったけど、傍から見たら、陰キャと天然美少女ギャルが二人並んで話してるようにしか見えなくない?


 やばいな、この状況。


「どうしたの?」


 そんな可愛い感じで聞いてこないでください……あれ、ちょっと今サッカー部の誰かから視線を感じたよ。


「いや、えっと……」

「あっ、そろそろ帰らないといけないとか?」


 俺の表情から、何かを察してくれたのか。


 よし、これに乗るしかない!


 欲しい情報は大体手に入ったし、これ以上いても目立つだけだ。


 先に帰ったことについては、須賀くんにはあとで謝っておけばいい。


「そ、そうなんですよ」

「ごめんね。何か引き止めちゃって」

「いえいえ」

「それじゃあ、サッカー部の入部、前向きに考えてね。の青生くん」

「――っ、はい。社先輩。それじゃ」

「今日はありがとうね! それと、今度からひなたでいいよ~」


 ひらひらと可愛らしく手を振る社先輩改めひなた先輩に手を振り返し、俺は帰路につく。


 ひなた先輩にはああ答えたけど、俺の中で答えはもう決まっている。


 サッカー部には、入らない。


 入ってしまえば、きっと俺は須賀くんについた嘘を全部撤回して、心の底から本気で勝ちに行くようなプレーをしてしまう。それくらい、あのチームはいいチームだ。


 だけど、それじゃ中学のときと一緒で、最初はよくても結局中学の頃と同じような苦しみを味わうことになる。


 あくまで俺の目標は、目立つことのない人畜無害で陰キャの生徒Aとして、高校生活を謳歌おうかすることであって、部活に本気で打ち込むことじゃない。


 うん、ちゃんと冷静に考えられてるな。委員決めのときの反省がちゃんと活きている証拠だ。


 というわけで、さっきの反省会。


 ひなた先輩との会話、目立ってなかったよね?


 天然ギャルってことで、セーフだよね?


 ほら、天然ギャルって陽キャとか陰キャとか関係なく話す印象があるしさ。


 それと、最後に眼鏡の青生くんってさ……広まらないといいなぁ……眼鏡の青生。


 


 

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