第8話 俺、ちゃんとかっこいいよね?


「同志って……どういう意味よ」


 ちょっとした高見沢たかみざわさんとの取っ組み合いがひと段落すると、彼女はずれた眼鏡の位置を戻しながら聞いてくる。


「そのままの意味だよ」

「――っ、そんなんじゃわからないわよ」


 仕方ないな。


 髪を簡単に整えてから、眼鏡を外す。


「これで満足か?」


 真っ直ぐに高見沢さんの切れ長の瞳をのぞき込み、尋ねる。


 うん、彼女の瞳にぼんやりと映る俺、普通にクールだ。


「あなた、何がしたいの?」

「えっ、伝わらなかった?」

「いいから、ちゃんと言葉にしなさいよ」


 う、う~ん。


 何だろう、客観的に見て今のままでも十分かっこいいと思うんだけどな……


 やっぱ、俺のかっこよさは短髪にしてこそ輝くってことか?


 それとも、彼女、童顔系イケメンを欲してるとか?


 確かにそういうタイプが好きな人は、俺はかっこいいの対象にならないかもしれない。


 いやいや、やっぱり主観でさえ見なきゃ、普通にかっこいいいだろ、俺。

 

 まあ、いいか。


「あえて、目立たない陰キャに徹してる」

「ふーん」


 本当に何なんだろう、この反応……っ、まさか!


「もしかして、違ってたり?」

「いいえ。あなたの言う通りよ」

「そ、そうか……じゃあ、何で伝わらなかったの?」

「だって、別にあなた、かっこよくないじゃない」

「――」


 たぶんそうだろうとは思ってたけど、はっきりそう言われると、こう……普通に傷つくんですけど。


 それとも何?


 俺って実は、自称クール系イケメンだったりするの?


 俺、ちゃんとかっこいいよね?


「ちなみに、これでも一応、中学の頃はけっこうモテてたんだけど」

「相当周りの男子のレベルが低かったのね」

「いやいや、東京の中学だし、女子みんな目が肥えてるし!」

「東京の女の子の見る目は悲しいものなのね」

「っ……そ、そんなに言うなら、高見沢さんにとってのかっこいい男子ってやつを、教えてもらおうじゃないか!」

「そんなの知らないわ」

「は、はぁ?!」

「ちょっと、うるさいわね」


 そう言われても、さすがにそれでかっこよくない扱いは納得できない。


「知らないって、どういうことだよ」

「そのままの意味よ。今まで、異性をかっこいいと思ったことなんて、一度もないわ」


 ここまで言われて、ようやく俺は納得する。


 確かに、一度もかっこいいと思ったことがないなら仕方ない。


 かっこいいかどうかを判断する基準がないんだから、かっこいいかどうかわからなくて当たり前だ。とはいえ。


「客観的になら、判断できるんじゃないか?」

「客観的って何よ」

「いや、ほら、周りの女の子が、どういう男子をかっこいいって、言ってたとか」

「他の女子の価値観なんて、微塵も共感できないわね」


 ああ、こいつはダメだな……俺のかっこよさを高見沢さんに理解してもらうことは諦めよう。


「とりあえず、今言いたいのはさ。俺も高見沢さんみたいに、目立たないよう陰キャを演じてるってこと!」

「私は可愛いからわかるけど、あなたはかっこよくない。一緒にしないで」

「えっと、まだそれ引っ張るんですかね。もうよくないですか?」

「はあ、仕方ないわね」


 なぜか、こっちが引き下がるという不本意な形になってしまった。くそっ!


「それで、同志とわかってあなたは何がしたいの?」

「別に、ただへ~そうなんだってだけだけど」

「何よそれ」

「いや、まあ。多少、近況報告くらいはしてもいいのかなとは思うけど。ほら、さっきまだ友達いないって――ぶほぁ!」

「だから、そういうのはちゃんと友達の定義をしてから言いなさいよ!」


 なぜだろう。


 華奢なのに、みぞおちに打ち込まれた拳からの衝撃が、普通にヤバい。


 いかにも英才教育受けてそうだし、格闘技とかやってたのかな……うぅ。


「てか、だから友達の定義とか言ってる時点で、いないってこと――」

「――もう一発、いっとく?」

「いや、その……ごめんなさい」


 また俺が引き下がる形になってしまった……くそくそっ!


 それに、脅すとき眼鏡光らせるの反則なんですけど……超怖い!


 だけど。


「実際のところ、本当に大丈夫そうなのか? 何がとはもう言わないけど」

「大丈夫よ……たぶん」

「たぶん、ねぇ」


 今からでも、メガネを外して、髪を下ろして、おまけに少しスカート丈を短くするだけで、高見沢さんならたちまちクラスの中心だろう。 


 それくらい、高見沢さんは魅力的な女の子だ……性格はあれだけど。


「一応聞くけど、何かプランでもあるのか?」

「プラン……プランは、当然あるわよ」

「ふ~ん。そっか」


 後半早口だったし、絶対ないなこれ。


 でも、それも仕方ないかもな。


 リア充ってやつには2種類ある。


 一つは積極的に周囲を巻き込んで中心になっていくタイプで、俺は陽キャリア充と呼んでいる。そして、もう一つが何もしていなくても勝手に周囲から人が集まって、知らずしらずのうちに中心になるタイプで、こっちは陰キャリア充と呼んでいる。


 前者が俺で、高見沢さんはたぶん後者のタイプだろう。


 彼女みたいなタイプは、周りが勝手に話しかけてくれるから、自然と自分から動くコミュニケーション能力ってやつが欠如しがちになる。


 そして、俺と彼女が目指す陰キャの生徒Aってやつは、取り巻きになるために、ある程度は自分から動くことが必要になるってわけで。


 つまるところ、陰キャリア充だった高見沢さんは、陰キャの生徒Aに必要なコミュニケーション能力がないから、友達を作れていないってこと。


 とはいえ、だ。


 この事実がわかったところで、俺は中学の頃みたいに自分から協力するなんてことはしない。


 協力するとしても、あくまで高見沢さんが自分から頼んできたときだけだ。


 高見沢さんみたいなプライドが高そうなタイプは、いくら今、俺が何を言ってもまともに聞こうとしてくれないだろう。


 あっ、言っとくけど、かっこよくないって言われた腹いせとかじゃないからね!


「とりあえず、頑張りなよ」

「何よ、その上から目線」

「ふふん。俺にはすでに一人できたからな」

「なっ――っ!」

「まあ、そういうことでこの話はおしまい。読みたかったんだろ、本」

「――っ、そ、そうね」


 そう言って、高見沢さんは一度眼鏡をくいっと上げて位置を調整すると、そのまま読書を再開する。


 俺もそれにならって、適当に図書室から物色した純文学を読み始めた。うん、やっぱ普通に面白いな、純文学。高見沢さんも読めばいいのに。

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