第7話 完璧すぎて、かえって怪しいんだよね
須賀くんとの昼食を終え、午後からは新入生テストと呼ばれる、入学前に出された課題の範囲の内容に関するテストが行われた。
周りの人の実力がわからないので、一応、手を抜くことなく、全力で取り組んでおいた。まあ、目立つような順位だったら仕方ない。
そして、テストが終わるとすぐに放課前のホームルームが始まる。
テストの順位が来週発表されることや、今週末に新体力テストが行われることなど、実に新学期らしい内容だった。
「それじゃ、委員会がある人は遅れず移動するように。号令お願いしま~す」
「起立!」
担任の
「気をつけ、礼!」
さよならと、不揃いな声とともに放課後が始まる。
それじゃ、行きますか。
ペアの子と一緒に行くことも考えたけど、いきなり女子と二人で話しながら廊下を歩くというのはさすがに目立つので、今回は一人で教室を出る。
やっぱ、新学期って感じがするな。
廊下で楽しそうに放課後の予定について話し合っている人たちを見てそう思う。
そして、集会が行われる二年生の教室のある廊下に出ても、それは変わらない。
新しいクラスの中で、どう新しい人間関係を築くのか。学年が違っても、みんな、それで頭がいっぱいになるということは変わらないらしい。
「おっ、ここか」
目的地である二年Ⅳ組の教室にたどり着くと、そっと中を覗いてみる。
委員会があるということもあって、すでにほとんどの人が教室から出ている。
これなら、大丈夫そうかな。
気負うことなく上級生の教室に足を踏み入れると、黒板に担当と思われる先生が、クラスごとの座席表を簡単に書いている。
どうやら、俺たち一年は窓際の二列で、その中でもⅤ組は一番後ろのようだ……って。
先、越されてる。
すでに、俺の隣の席に一緒に図書委員をする
これだと、後から来た俺から彼女に話しかけないといけない……自分から異性に話しかけるなんて……俺の目指す消極的な陰キャの生徒Aじゃないぞ。
いや、そもそも陰キャの生徒Aなら、最初からよろしくすら言わなくてもいいのか?
いやいや、さすがにそれは失礼だろ。
ここは陽キャリア充の価値観の下、挨拶はするべきだと判断して声をかけてみる。
「あ、あの~」
机の上に鞄を置いてから、隣に座る高見沢さんに声をかけると、彼女は首だけこちらに向けてくる。
「何かしら?」
う~ん、実に図書委員らしい地味な感じの女の子だ。
お下げにして左肩にかけられた赤みがかった黒髪に、瞳が見えないくらい、レンズがやたら光を反射している大きな黒縁の丸眼鏡。ちなみに俺のもそうだけど、たぶん伊達。
スカート丈は、他の子が膝より上にして可愛く見せようとしている中で、きっちりとひざ下まで下ろしていている。
肌はインドアなのが丸わかりの白さで、身体も華奢だ。
ただ、少し気になるのは……
「用があるなら、早く言って欲しいんだけど」
おっと、いけないいけない。
あまりに陰キャの女子生徒Aの理想像に近すぎて、つい感激してしまっていた。
「えっと、同じクラスの青生です。これから一年よろしくね、えっと、高見沢さん」
「あー、そんなこと。わざわざありがとう。よろしくね、青生くん」
あー、そんなこと。ですか。
つまり、このやり取りはいらなかったってことか、ふむふむ、勉強になる。
「話はそれだけ?」
「あっ、うん」
「そう」
えっ、終わり……?
会話が始まったんだから、集会が始まるまでそれで間をもたせるっていうのが、生徒Aのお決まりだと思ってたんだけど……
話が終わりと聞いた途端、高見沢さんはすぐに俺から視線を外してしまった。
それも、外した視線がスマホに向くってこともなく、ただ静かに黒板のほうを見つめながら、集会が始まるのを待つだけ。
仕方ないか。
たぶん、高見沢さんはあまり人と話すが好きじゃないタイプなんだろう。
俺の経験上、こういうタイプは基本的にそっとしておいて、必要なときだけ話すって感じがいい。
それに、さっき覚えた違和感のこともある。
あまりにも彼女、陰キャの女子生徒Aとしての完成度が高すぎる、というより、陰キャの女子生徒Aとして文句の付け所がない。
でも、完璧すぎて、かえって怪しいんだよね。
実際、最初こそ地味な部分にばかり目が行ったけど、こうして近くで見ると、身長は女子の割には少し高いし、髪も綺麗で定期的に美容院で整えらている、あと華奢だから胸も着やせしているだけ……たぶん、結構大きい。
あんな光がやたら反射するレンズの眼鏡をしてるから、目元に何かコンプレックスがあるかもしれないと思ったけど、他の要素だけで十分魅力的だし、わざわざ隠す必要もないように思える。
もしかして、俺みたいにわざと地味に見せているんじゃないかって、そんな気がする。特に、そうする理由は男子よりも女子のほうが圧倒的に多そうだしな。
まあ、今そんなことを考えても仕方ないか。
それから、持ってきておいた英単語帳を開いて時間を潰していると、委員が全員集まり、集会が始まる。
最初に委員全員が軽く自己紹介をし、次に二年から委員長を選出。
その後は、簡単に委員の役割を教えられる。
思ったとおり、決められた曜日に図書室で貸し出しの管理をするだけの簡単な仕事で、返却されていない本の返却を催促するってのだけ面倒そうだけど、それも催促だけで、それでもだめなら先生がその案件は引き受けてくれるらしい。
うん、思った通り楽だ!
それから高学年から優先して担当する時間帯が決められ、選択権の低い俺たち一年Ⅴ組の担当は、毎週水曜日の朝になった。ちなみに、一年間ずっと変わらない。
個人的に部活とかで被る午後が人気がないかと思ったけど、朝早く学校に来ないといけないほうが、みんなは嫌らしい。
早起きしないといけないし、冬の朝は寒いからね。まあ、朝は部活の朝練で鍛えられてるし、午後からは部活があるかもしれないから、俺にとっては願ったり叶ったりだ。
「それじゃ、みなさん。これから一年間、よろしくお願いします!」
最後に委員長がそう音頭を取ってから、今日の集会は解散となった。
※※※
翌日の朝、始業の8時40分の一時間と少し前に俺は図書室へと来ていた。
「それじゃ、簡単に仕事を説明するよ~」
いかにも読書好きといった感じの小さな丸眼鏡の中年男性教師が、ざっと俺と高見沢さんに図書室での仕事を教えていく。
基本的な仕事はパソコンを使っての本の貸し出しの管理と、返却された本を棚に戻す作業で、利用者の少ない朝の当番の俺たちのメイン作業は、返却された本を元の場所に戻す作業らしい。
「大体、仕事はこんな感じかな。じゃ、閉め終わったら鍵を返しに職員室に来てね」
「「わかりました」」
仕事の説明を終えると、先生はさっさと職員室へと戻っていく。
きっと、俺たち生徒では想像のつかないような、仕事の山を抱えているのだろう。
心の中で、先生に対するリスペクトを抱きながら、貸し出しカウンターの席に座る。
さて、何をしようかな。
正直いって、新学期早々返却される本はないから、今のところ仕事はない。
試しに、隣に座る高見沢さんを見てみると、本棚から物色した本を数冊、カウンターの上に山積みして、一つずつ目を通してる。
俺も何か読もうかな。
中学の頃はラノベが中心だったけど、高校からは本格的に純文学に挑戦したいと思っていたし、ここなら純文学の種類も豊富そうだ。
それとも、英単語帳でも見るか?
昨日ちょっと読んだけど、単語の量が多かったり、その上意味まで難しくなっていたので、時間を使わないと攻略できそうにない。そういった意味じゃ、この時間を使うのは結構アリだ。
う~ん、迷うな……って、もう一つあったか。
隣にいる高見沢さんに探りを入れてみる。
本当に俺と同じ人種なのか。
昨日、帰宅してからけっこうそのことについて考えていた。正直、自分でもかなり引いてる。
よし、やってみよう。
最初に話した時から、あまり彼女が社交的じゃないことはわかってるけど、気になるんだから仕方ない。
とりあえず、まずは自然な感じで。
「あのさ」
「――何?」
「おすすめの純文学とかって、ある?」
「唐突ね」
「いや~、高校から本格的に純文学を読もうと思っててさ」
「そう」
「それで、ある?」
「ないわ。そもそも、私は純文学を読まないの」
「そうなんだ」
確かに、彼女が山積みにしている本の中に、純文学は一切ない。それどころか、すべて実用書だ。
「実用書、好きなんだ」
「ええ」
「――」
会話、終わっちゃった。
どうやら、高見沢さんの前では俺の陽キャリア充時代に
「話はこれで終わり? 早く続きが読みたいんだけど」
そう言って、高見沢さんは手に持った物理学に関する本をこちらに見せてくる。
くそっ、どうする?
普通に波風立てたくないなら、このまま黙って引き下がればいい。そうすれば高見沢さんのほうも何事もなかったように、委員会だけの関係を続けてくれるはずだ。
だけど、一度始めた以上、そう簡単に引き下りたくない。
残念ながら、俺はそこまで素直な性格じゃない。元は性格は素直で良かったんだけど、陽キャリア充をずっと続けていたせいで、
こうなったら、悪あがきでもしてみるか。
「もう一つだけ、聞いてもいいかな?」
「はぁ、何かしら? これで最後にしてほいんだけど」
「友達って、もうできた?」
ビクッ。
俺が尋ねた瞬間、一瞬で高見沢さんの肩がきゅっと上がる。
これ、完全に聞いたらいけないやつだわ……
「あ~、ごめん。やっぱ聞かなかったことに――」
「――待ちなさいよ!」
「――っ、ちょ!」
間合いを量り損ねて、慌てて離れようとしたところで、思い切り高見沢さんに制服の襟を掴まれる。
「何すんだよ!」
「それはこっちのセリフよ! ロクに友達の定義もはっきりさせないで、勝手にいないって決めつけないでよ!」
いや、そもそも最初からいないとは言ってないし……って。
「あっ」
「あっ、って何よ! ほら、早く友達の定義を言って見なさ――」
「――やっぱ、俺の同志じゃん。高見沢さん」
俺に掴みかかった勢いで、高見沢さんの太ぶち眼鏡がはずれ、ずれた隙間から切れ長の澄んだ瞳がのぞいていた。
そして、その瞳に俺の顔が映った瞬間、俺は確信した。
高見沢さんもまた、俺と同じく陰キャの生徒Aとして平凡な高校生活を送ろうとする同志だと。
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