第6話 バイバイ、夢のアニオタ集団生活

 自己紹介と委員決めという関門を乗り越えると、次は体育館に集まっての学年集会。内容は生徒指導の先生や保健室の先生からの素敵なお話と、先輩たちによる新入生全体への部活動紹介。


 開始時間になると、プログラム通り先生たちからの話が始まる。


 とりあえず、これは重要なところだけ聞いておく。


 話しの内容の大半が中学の頃と変わらなかったけど、勉強面だけはかなり違うことがわかった。


 特に赤点の存在は大きい。


 中学ではどんなに悪い点をとっても進級できたけど、高校では赤点を取ると進級できないらしい。


 これは、定期テストごとにお勉強会イベントが待ち受けていそうだな。


 今後やってくるかもしれないイベントを胸に刻みつつ、今度はステージ上で先輩たちによる部活動紹介が始まる。


 部活……か。


 両親には勉強に集中したいという理由で、この田舎の高校に進学している建前、それなりに成績は残さないといけない。


 だから、勉強に支障をきたすくらい時間をかないといけない部活には入れない。


 かといって、入らないというのも味気ない。


 何かいい感じの部活があってほしいものだ。


 まずは文化部から説明を聞く。


 全体的におもしろそうな部活が多いけど、どの部も女子部員が圧倒的に多いというのが陰キャの生徒Aにはネックだ。入れても、人数の少ない部活に限られるだろう。


 ちなみに、俺の推しは文芸部。週三日の活動で、かつ色々な本を読んで文化祭には自分で書いた話を文集として出すという活動内容がいい。それに、人数が十人くらいの上に、男子部員も少し在籍しているというのもポイントが高い。


 続いて運動部の紹介に耳を傾ける。

 

 当然気になるのはサッカー部。


 中学の頃は色々あったけど、サッカー自体は好きなので、できるなら続けたい。


 説明によると、練習は週六日で、いずれも練習時間は二時間から三時間程度らしい。高校の部活というと、夜遅くまで練習するイメージがあったけど、この辺は進学校らしく配慮があるようだ。これなら、部活の雰囲気次第で入ってもいいかもしれない。


 まあ、入るならどっちかだな。


 いい感じに部活の候補を絞ることができたところで、午前の授業が終わる。


 そして今から、第五関門――高校生活初のランチタイムだ。


 初回のランチタイムは、今後の人間関係の形成に大きく関わってくる超重要なイベント。

 

 さて、どうするかな。


 教室に戻りながら考える。


 無難に考えれば、座席が近いの人と話すのが普通だろうけど、俺の場合それは難しい。


 なんせ、哀川さんがご近所なのだ。


 中学時代なら余裕でその輪に入っただろうけど、今の俺がそれをやるわけにはいかない。


 例え、優しさで哀川さんから誘われたとしても、やんわりと断る……いや、それをするくらいならあえてアイドルの周囲にいる生徒Aを演じるのもありか……ダメだ、それだと陽キャリア充グループの底辺として、いずれこき使われる可能性が……ん~、何が正解なんだ?


 もう、なるようになれ、か。


 俺の経験上、こういうのは流れに身を任せるのが一番だ。もちろん、陽キャリア充としての経験だから、必ずしも当てになるとは限らないけど。


 自クラスの立て札が見てたタイミングで、俺は考えるをやめ、教室に入る。


 さて、どうなっているかな。


 幸いなことに、哀川さんはまだ戻ってきていない。まあ、あの容姿だし、体育館で他のクラスの人から呼び止められてるとか、そんなところだろう。俺も中学のときそうだったし。


 とりあえず席に戻り、俺はコンビニで買った昼食が入ったビニール袋を手に取る。


 あとは、誰と食べるかだけど……


 周囲にはすでに同性同士で複数のグループができている。


 セオリー通り、まずは近くの人とって感じか。


 おっ、あそこがいいな!


 ちょうど近くに、オタクって感じの集団がいる。それも、話題にしているのが深夜帯アニメの好みというのがいい。


 意外かもしれないけど、俺はその手の話はけっこう詳しいのだ。陽キャリア充生活の闇ですさんだ心を、素敵な二次元ヒロインによく浄化してもらっていたのでね。


 夢だったんだよな、二次元ヒロインについて語り合うの。陽キャリア充グループじゃ絶対に無理だったから。やばい、めっちゃ楽しみ。


 早速、彼らに声をかけるために近づく。


「ねえ、よかったら――」

「――なあ、ちょっといいか?」


 せっかく話しかけようとしてたのに、突然後ろから肩を掴まれる。


 結構、しっかりした手だな。


 それに、この淡白な感じの口調。


 振り返ってみると、案の定、そこには須賀くんが俺を見下ろしている。


「な、何かな……えっと」

「同じクラスの須賀寅之助すがとらのすけだ。少しお前と話がしたいんだ。昼、一緒に食わねぇか?」


 何てことだ。


 まさか、自己紹介の時点でそく一匹狼確定と思っていた奴に、いきなり声を掛けられるとは。それも、昼食も一緒というおまけ付きで。


「何だ、もしかしてこいつらと食うつもりだったか?」


 そう言って、須賀くんが俺が話しかけようとしていたアニオタ集団へと目を向けると、彼らはまるで俺を厄介者を見るような目で見てくる。


 あ~懐かしいなこの視線。


 こっちくんなって、言ってるやつ。


 こういった視線を無視すると間違いなく好感度が下がるので、ここは素直に須賀くんと昼食を取ろう。


「どこで食う?」

「おっ、いいのかよ」

「ちょうど俺も食べる人を探してたから」

「そうか。なら、屋上行こうぜ」

「了解」


 俺はあっさりと須賀くんの提案を受け入れ、彼の後ろに続く。


 途中、さらっとアニオタ集団のほうを見てみると、案の定、畏怖いふの念が込められた視線を向けられる。


 ああ、これはもう絶対に話してもらえないやつだ。


 まあ、彼らからすれば、俺はクラスの番長的なやつに目をつけられてしまった哀れな生徒Aだからね。


 バイバイ、夢のアニオタ集団生活(ぴえん)。


 それから須賀くんの後ろをついて2、3分歩くと、俺たちは目的地である屋上にたどり着く。


「うっし、やっぱ誰もいないな」


 僅かにまだ冷たい春風の音だけが聞こえる屋上の様子を見て、須賀くんが小さくガッツポーズを決める。


 名誉のために言っておくけど、屋上の利用は禁じられていない。


 今人がいないのは、まだご飯を食べるには寒いってのと、新学期で変わったばかりのクラスの雰囲気を知るために、クラスで食べたいと思う生徒が多いからだろう。


「それじゃ、適当に座って食うか」

「おう」


 フェンス際からグラウンドが見える位置に陣取り、俺たちは用意した昼食に手をつける。


「それで、話って?」


「お前、サッカーやってたんだろ。だから一緒にできないかなってよ」


 まあ、そうだよな。


 自己紹介の時点でわかっていたけど、たぶん彼はサッカー以外に興味がない。


 そんな奴がわざわざ俺に話しかける理由なんて、サッカー関連のことしかないのだ。


 まあ、サッカー部には興味があるから、率直に考えていることを口にする。


「練習覗いてみてからかな」

「へえ~、ちなみにどんな感じだったらいいんだ?」

「厳し過ぎるのはダメ。あと、逆にぬる過ぎるのは論外だな」


 スパルタだと夜の勉強に支障があるし、貴重な時間を使う以上は、それなりに楽しく本気で取り組みたいからね。


 それから適当に須賀くんとのサッカートークをしながら、食事を勧めていく。その中で。


「中学の頃、ポジションどこ?」

「ディフェンダー」

「へえ」


「学校の成績は?」

「東京都大会でベスト8」

「マジ、東京でベスト8か……それに、レギュラー……けっこう凄ぇな」


 とまあ、食べ終わるまでの間に、こんな感じでさらっといくつか嘘をついた。


 本当は、全国ベスト16のチームでフォワードで、俗にいうエースストライカーをやっていたと、そんなことを馬鹿正直に言えるわけがないからな。


 言えば間違いなく注目されてしまう。


 かといって、実力がなくてなめられたり、がっかりされるのもアレだ。


 というわけで、咄嗟に考えたのが、都大会ベスト8のチームのディフェンダーという設定なわけ。一応言っておくけど、ディフェンダーを軽視しているわけじゃない。それどこから、本当は俺がディフェンダーをしたかったくらい。相手の攻めを潰すのって、けっこう楽しいんだぜ。


「練習見に行くって言ってたけどよ、いつにすんだ? できれば俺も一緒に見に行きたいからよ」

「そうだな。今日は放課後に委員会があるから。明日かな」

「何だよお前、委員会なんか入ってるのか?」

「委員会って、他の面倒事を押し付けられないための口実にうってつけだって、俺は考えてるんだけど、そう思わない?」

「別に」

「おお」


 はっきりそう断言されると、その理由が気になってくる。


「理由を教えてもらっても?」

「いや、普通に部活が忙しいからってことでよくね?」

「あっ……」


 そう言われて思い出す。


 中学時代、同じサッカー部の連中がそう言って面倒事から逃げていたことを。


 ただ、それはうちの中学は強豪校だったから、特に疑問視されなかっただけ……いや、違うか、あいつらみんな生徒Aだったわ。


 つまり、今の俺なら面倒事を部活を理由に引き受けずに済んだってことだ。


「なんかその……悪りぃな」

「いや、そんなこと……ない、から」

「と、とりあえず、明日見学っつうことでよろしく」

「お、おお……」

 

 何ともいえない微妙な空気が俺たち二人の間に漂う中、次の授業の予鈴がなると、俺たちはその空気を引きずったまま、教室へ戻るのだった。

  

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