第5話 あ~あ、俺ってやつは
さてさて、始まりましたよ委員決め。
イベントとしては定番だから、当然このイベントへの対策は立てている。
結論からいうと、委員会には入る――いや、入らないといけない。
委員会は入ると色々面倒だと考えられがちだけど、面倒事があるからこそ、得られるメリットもあるんだ。
例えば、委員会に入ることで、自然とクラスや学校に対して一定の貢献ができる。
だから、あいつクラスのために何にもやんねぇんだけど、みたいな風評被害を未然に防ぐことができる。これは大きい。
他にこんなのもある。
クラスマッチや合唱大会みたいな学校行事があるとき、大抵はその行事専門の実行委員を決めないといけない。そして、実行委員はどんなイベントの担当であれ、学校生活における屈指の面倒事の一つだ。
ここですでに委員会に入っているということが役に立つ。
自分はすでに他の面倒事を引き受けているんだから、何もやってないやつがやるべきだって言って、違う人に押し付けることができるってわけ。
こう考えると、委員会に入っておくメリットは十分にあると思わないか?
そういうわけで、俺は委員会に入る必要があるわけさ。
さて、ここでまた別の問題がある。
一体、どの委員会に入るのが最善なのか、だ。
「それぞれの委員会は男女一人ずつだからね~」
そう言いながら
総務委員会(たぶん、学級委員的なやつ)――絶対に面倒くさいし、何より目立つ。論外。
生活委員会(たぶん、風紀委員的なやつ)――陰キャの生徒Aがやるには荷が重い。却下。
整備委員会――基本的には楽だろうけど、他のクラスメイトが掃除をサボったりすると、その責任が問われたりするから、少しリスキーかな。一応、候補。
体育委員会――中学のときはなかったから仕事内容がわからない。もしかしたら、年に二回あるクラスマッチの実行委員と兼任かもしれない。入るのはリスキー。これは余ってもたぶん入らない。
保健委員会――これも基本的に楽なはずだけど、不潔一歩手前の見た目の俺がやるのは、周りに嫌がられそう。候補が取れなかったら考える。
図書委員会――絶対に楽。それに、俺がやってもまったく不自然じゃない。もうこれしかない!
黒板にリストアップされた委員会を見て、俺は入る候補を絞る。
あとは、どうやって委員を決めていくかだけど……
「とりあえず、総務委員会から決めようと思いま~す。それで、決まったらあとの委員決めは、決まった二人にやってもらうってことで」
まあ、そうなるよな。
これですんなり総務委員が決まればいいけど、俺の経験上、あまりこの方法で決まった試しがない。
「じゃあ、総務委員やってもいいよって、人~」
当然のように誰も立候補しない。
「う~ん、一応、先生のほうでくじは用意してるんだけど、できれば使いたくないな~、だから、誰かやってもいいよって人いない?」
若月先生が割りばしで作ったと思われるくじの棒を数本見せながら、再度全体に問いかける。
くじ引きは最終手段ってことか。
平等って意味ではいい方法だけど、どうしても押し付けに近くなってしまうからな。
それで選ばれた人がちゃんとできなかったら、好きでやってるわけじゃないって感じで、トラブルにもなりかねない。
その点、立候補ならある程度やる人も責任感を持って仕事をするから、そういったトラブルは回避できる。
さて、どうなるかな。
中学時代なら、先生が困っているのを見て自分がやりますと即立候補して、女子は俺とペアになりたいがために、女子のほうの立候補者が増えるって流れになることが多かった。
けど、今の俺は主体性皆無の陰キャの生徒A。
どんなに先生が困っていようが、あくまで傍観者を貫くのだ。
それから、先生が何度か生徒全体を見渡すが、誰かが立候補することもなく時間が過ぎていく。
そして、さすがにやっぱりくじ引きかと、先生が悲しそうに肩を落としたとき、一人の女子生徒が手を挙げた。
俺の女神さま――哀川さんだ。
「私、やります」
「えっ、哀川さん。いいの?!」
「はい。上手くできるかわかりませんけど……」
「ありがとう! 何かあったら私もサポートするから。それじゃ、女子の委員は哀川さんね。この流れで男子のほうも、誰かやっぱりやってもいいよって人、いる?」
これは行けるかもしれない。
なんせ、ここで立候補すれば美少女である哀川さんと一緒に委員会のお仕事ができるのだ。
美少女と縁のない陰キャの生徒Aたちにとっては、絶好のチャンス。
さあ、早く立候補するんだ!
期待を胸に、俺は手が挙がるのを待つ。
しかし、何ということか。
一向に誰も手を挙げる気配がない。
おかしい、なぜだ。
俺の経験上、こういった機会でもない限り、陰キャに可愛い子とお近づきになれることはできない。
現実は、ラブコメみたいに消極的なやつには厳しいのだ。
それはこの教室にいる他の陰キャ諸君も重々わかっているはず……そうか!
相手が哀川さんだからこそ、立候補するのが難しいのか。
ここで立候補することで、間違いなく哀川さんと距離を詰めることができる。
これは、立候補した人が勇気を出して得た勲章のようなもの。
それでも、哀川さんと仲良くしているのを妬む人間は必ず出てくる。まったく筋違いも
そして、その妬みや嫉妬こそが彼らを委縮させているというわけ。
どおりで手が挙がらないわけだ。
「えっと、やっぱりいなさそうかな~」
困ったように再度若月先生がそう問いかける。
こうなってしまった以上、もうくじ引きにしたほうがいいだろう。
貧乏くじには変わりないが、それでも哀川さんと一緒に仕事ができるのは役得だ。 それに、くじ引きなら立候補するより妬みや嫉妬は少ない。
そうと決まれば、あとは俺が当たりくじを引かなければいいだけの話……
そのはずなのに。
俺の中で、何かが引っ掛かる。
本当に、これでいいのか?
このままいけば、俺の理想通りの展開になる。
それは間違いない、間違いないのに……
ふと、前に座る哀川さんの小さな背中が目に入る。
ああ、そうか。
ここでくじ引きになったら、どうなるか、俺は自分のことしか考えていなかった。
見方を変えれば、このくじ引きは哀川さんと一緒に総務委員をするという貧乏くじを、引かないようにするゲームのようなもの。
人によっては哀川さんがかわいそうと、筋違いの憐れみを向ける奴もいるかもしれないし、さらに決まった男子生徒が真面目にやらない奴で、哀川さんが苦労することだってあるかもしれない。
勇気を出して立候補した哀川さんが、そんな悲しい目にあっていいはずがないし、誰よりも彼女のような立場の人間のことがわかってる俺だからこそ、そんな理不尽を見過ごすわけにはいかない。
あ~あ、俺ってやつは。
人畜無害で陰キャの生徒Aとして高校デビューするために、色々やって来たのに。
肝心な性格や価値観が、全然陰キャに染まってくれない。
どんなにやめたいと思っても、根っこの部分はまだまだ陽キャリア充のままだ。
「えっ、もしかして――」
小さく、俺は手を挙げる。そして。
「――っ、いいの?
えっ、あ、あれ?
何か、おかしいぞ?
どうやら、名前を間違えられたようだ。
まあ、俺の自己紹介の前は哀川さんだったから、印象が薄かったんだろう。
予想外の出来事に一瞬そう思ったけど、若月先生の視線の先を見て、その考えが間違いだとわかった。
俺が手をゆっくりと挙げようとした寸前に、一人の男子生徒がしっかりと手を挙げていたのだ。
少しタイミングが良すぎるような気もするけど、代わりに面倒事を引き受けてくれるというのなら、問題ない。というより、超がつくほどありがたい。
彼のおかげで、まだ俺は陰キャの生徒Aとして平凡な高校生活を
「本当に大丈夫?」
「はい、頑張ってみます」
「そう。じゃあ、とりあえず総務委員は哀川さんと横井くんで決まりということで、二人ともありがとうね。はい、みんな拍手!」
パチパチパチパチパチパチ。
高校にもなってと思うようなノリだけど、教室中に惜しみない今日一の拍手が響き渡る。さすがに、この重たい空気を変えてくれたということで、他のみんなも素直に感謝しているみたいだ。
よかったよかった。これで一件落着。
あとは、予定どおり図書委員になれれば完璧だ。
「それじゃ、あとは二人に任せようかな。お願いできる」
「「はい!」」
息のあった返事にお互いくすっと笑みを漏らしてから、二人が教壇の前に立つ。
おうおう、早速イチャついてくれるね~お二人さん。
と、そんなどうでもいいことを思いながら、改めて横井くんを見てみる。
短く整えられた赤みがかった黒髪に、割と整った顔立ち。身長は男子の平均ぐらいで、決して高くはないけれど、スポーツをやっていたのだろう、体格は結構しっかりしている。
見た目は、中の上ってところ。
自己紹介の内容はあまり覚えていないけど、確か親の転勤が多いらしくて、去年までは九州のほうに住んでたとか。ちなみに高校はずっとこの学校の予定らしい。
転勤の多い家庭の子は中学の頃にも沢山いたけど、だいたいが順応力が養われた子かその真逆の状態の子のどっちかだったな。
ここは彼が前者であることを祈ろう。
それから、二人が進行を始めて、他の委員決めが行われた。
さっきの調子じゃ、不人気になりそうな委員会は中々決まらないだろうなと思っていたけど、意外にもすぐに他の委員は決まってしまった。きっと、総務委員の二人に気をつかって、少しだけ他の生徒も積極的になったのだろう。
ちなみに、俺は我先にと図書委員に立候補して、ちゃんとその席を確保した。
楽そうな委員会をすぐに取る。
かなり小物じみたムーブだったけど、それはそれで陰キャの生徒Aっぽくていいだろう。何なら、すんなりと他の委員が決まったのも、俺のおかげかもしれない。
と、そんな都合のいいことを考えているうちに、最初のロングホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴るのだった。
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