第3話 やっぱり君は俺の女神さま
今日から俺の通う校舎には、三つの建物がある。
一つ目は、職員室や理科室といった特別教室が固まっている特別棟。
二つ目は、普段俺たち生徒が使う教室がある一般棟。
そして最後が、体育で利用する体育館。
この三つの建物が、東から順に渡り廊下でそれぞれ繋がっていて、さっき俺が恥をかいた昇降口は一般棟に併設されている。
ちなみに、一年生の教室は一般棟の最上階にあたる三階で、階が下がるごとに二年、三年という形で教室が配置されている。
だから、昇降口を出た俺は近くにあった階段を使って三階へと移動していた。
「はあ~、疲れる」
俺の前を歩いていた親子の父親が、階段をのぼりながらため息をつく。
「エレベーターがあるんなら、使わせてくれればいいのに……」
夫の愚痴に呼応するように、今度は母親がそう言う。そして。
「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ!」
最後に二人に挟まれた新入生の女子生徒が、顔を赤らめて声を上げる。
うん、彼女の気持ち、俺にはすごくわかるぞ。
親のどうでもいい会話ほど、他人に聞かれて恥ずかしいものはない。それが、学校への悪口ならなおさらだ。
とはいえ、確かにエレベーターは使いたいな。
前を歩く奥さまが言っていたように、昇降口の近くにはエレベーターがあった。
たぶん、足が不自由な人や救急の場合のためのもので、普段は使えないようになっているんだろう。
これから一年間、毎日この階段を昇り降りしないといけないと考えると、普通に面倒くさいな。
そんな不満を抱きながら階段を上り、三階へと辿り着く。
う~ん、なるほど。
廊下にいる生徒が少ない。いてもトイレに行こうとしている生徒や、俺のように今から初めて教室に向かう生徒だけ。ということは。
「またあの階段を降りるのか……」
「そんな~、せっかく上って来たのに……」
さっき愚痴っていた夫婦が、落胆しながら俺のほうへ歩いて来る。
保護者同伴じゃなかったから気づかなかったけど、保護者は入学式が行われる体育館に直行っぽい。
ご苦労様です。
本当に辛そうに階段を降り始めた二人に敬意を払いつつ、目的地へと歩き出す。
どうやら、階段から近い順にⅠ組、Ⅱ組と並んでいるようで、俺が所属するⅤ組は廊下のほぼ突き当り。
つまりはまあ、昇降口から最も遠い教室というわけで、普通にハズレ。
階段を上った後も、しばらく廊下を歩かなきゃいけない。何と面倒くさいことか。
クラスについた頃には、出席番号一番でなかったことの喜びなど、すっかり消え失せてしまっていた。
けど、それでいい。
なぜなら、ここからがいよいよ第二関門――クラス内観察。
ここで今後クラスの誰とつるむかを決めるために使う、重要な情報を得る。
こいつが上手くいくどうかで、今後の俺の立ちまわりがほぼ決まるといっていい。
気持ちを引き締めて臨まないとな。
緊張感を覚えつつ、ゆっくりと教室へと一歩踏み入れる。
まず視界に入るのは、教室前方にある黒板。
黒板には、出席番号順に窓際から座りなさいとのこと。
つまり、二番である俺の席は窓際列の先頭の後ろにある席。
この席に一度ついてしまうと、クラス内の様子は見渡せそうにない。入学初日で、席について周りをキョロキョロ見てたら、挙動不審なやつ扱いされかねないからな。
だから、チャンスは今から席につくまでの極数秒。限られた時間の中で、いかにしてクラス内の情報を拾うかが重要だ。
最初の二、三歩進むまでの間に、俺はクラス全体を見渡す。
埋まっているのは全体の半分ほどで、ほとんどの人が一人で席についていて、会話らしい話声は聞こえない。
本来なら、会話から情報を仕入れたいところだけど仕方ない。
なら次は、彼らの容姿をチェックだ。クラス内での立ち位置は、容姿による比重が大きいからな。
席に着くまでの短い時間の中で、後ろの席から順に生徒たちの容姿を確認していき、机の横に背負っていたリュックをかけて椅子に座るなり、頭を抱える。
何って、ことだ……っ。
今この教室にいる全員、平凡すぎる。
悪いところもなければ良いところも見当たらない。もしかしたら、身長が高いだけとか、勉強ちょっとできるよくらいで、一種のキャラになってしまうレベル。
やばい、このクラスじゃ、俺、けっこう目立つのでは?
何でだよ、みんなもっとちゃんと高校デビューしろよ!
俺とは真逆の意味で高校デビューする人が多いと踏んでいたけど、どうやらその見込みは甘かったようだ。
いや、まだだ!
まだ、このクラスに来てない人は半分もいるじゃないか。あと二十人もいれば、一人や二人くらい、いい感じのやつがいるはず――と思いつつ、まあ今いる二十人の時点で、誰一人いい感じのやつがいないんだけどな……
嫌な予感を抱きつつ、伏せ気味に座り続け、時折身体を伸ばすようにして周囲をチラ見すること十分。
その間に新たに十人ほどクラスに入って来たが、いずれも平凡な生徒A。
あー、マジでこれはヤバいな。
さすがにここまで来ると、さっきまであった諦めない気持ちはなくなってしまう。
これは、覚悟を決めるしかないな……
他のクラスをちゃんと見たわけじゃないから、確かなことは言えないけど、こうも平凡な生徒が多いってことは、これは学年全体の傾向なのかもしれない。
こればっかりは俺にどうこうできる問題じゃない。仕方がないことだ。
今まで考えてきた計画は諦めて、このクラスでどう平凡に過ごすのかを考えよう。
一度、頭の中を真っ白にするために、深呼吸しようとする。その瞬間。
ふあり。
――っ、こ、これは!
中学時代に研ぎ澄まされた俺のリア充としての感覚が、教室前方の扉のほうから、リア充特有の、目に見えないオーラのようなものを察知する。
それも、ただのオーラじゃない。
リア充の中でも頂点に近い者しか漂わすことができない、黄金のオーラ。
その証拠に、教室内の空気が一瞬にして変わる。
特に男子連中が騒がしい――たぶん美少女か。
さて、一体どんな素敵な女の子なのかな?
期待に胸を膨らませながら、クラスの生徒全員の視線が集まっているであろう方へ目を向ける。
――っ、こ、これは……想像以上だ!
最初に目に入るのは肩甲骨の辺りくらいまで伸びた、癖のない金髪に近い茶髪。きっと美容院に行ってから日が浅いのだろう、髪の光沢が半端ない。
これだけでも十分に目立つが、それだけじゃあのリア充オーラは出せない。当然、他の要素も素晴らしいものを持っている。
透き通るような大きな瞳が特徴的な、幼さを感じさせる整った顔立ち。身長は高くもなければ低くもなく、いたって平均的だけど、少しずつ丸みを帯びてきた華奢な身体には、しっかりとした膨らみがある。
都会ですら滅多にお目にかかれないレベルの美少女。
間違いない、彼女は俺が求めたクラスに一人は欲しい陽キャリア充候補。
性格はまだわからないけど、例え彼女が多少消極的なタイプだったとしても、周りが放っておかないはず。数日も経てば、彼女の周りには引き立て役の生徒Aが群がることだろう。
そして、俺は彼女という名の太陽が作り出す影の中で、ひっそりと平穏な学生生活を送るのだ。
うむ、想像しただけで素晴らしい。最高だ。
腕を組み、満足げに頷いていると、彼女がこちらへ近づいてくる。
どうやら、出席番号は結構早いほうらしい……って。
ま、マジか……最高かよ!
彼女が座ったのは、俺の目の前の席。
つまり、彼女こそが、俺を出席番号一番の闇から救ってくれた哀川さんだったのだ。
哀川さん、やっぱり君は俺の女神さまだ。
だって、これから三年間、俺は彼女と同じクラスになり続けさえすれば、出席番号一番では確実になくなるし、彼女が俺たちの中心になってくれるはずだ。
よし、決めた。
これからは、哀川さんとずっと同じクラスでいられるよう全力で努力するぞ!
そう決意を固めたところで、哀川さんがこちらに振り向く。
「その……
「――っ」
俺の勝ちだ。
初対面の、それも陰キャにしか見えない今の俺に、微笑みを浮かべながらの自己紹介。これはコミュニケーション能力が高くなければ、到底できない芸当。
彼女がこのクラスの中心に近い人物になることが、今、確定した。
「あ、あの……」
心の中で勝ち誇っていると、不安そうに哀川さんが俺のほうを見つめている。
おっといけない、あまりの喜びで返事をするのを忘れるところだった。
俺は
「
「うん、よろしく。青生くん!」
まともに目を合わすこともしなかった俺に、変わらず微笑みを向けてくれる哀川さん。
そんな彼女の様子を見て、他の生徒が何も思わないはずはない。
数秒も経たないうちに、彼女の周りに人が集まりだす。みんな、これからクラス内カースト上位に君臨するであろう哀川さんに、
その心がけに感心しながら、俺は哀川さんの影に隠れるように、文庫本を開いた。
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