第2話 説明しよう、出席番号一番の闇を
最高だ。これこそ、まさしく俺が求めた
陰キャの生徒Aとして高校デビューすると決めてから半年と少し。
季節は春。
場所は高校の通学路に当たる河川敷。
道沿いに植えられた桜が、僅かに湿った温風に乗せて花びらを散らす中、俺は昨日の雨でアスファルトにできた水溜りに移る自分の顔を見て立ち止まり、そう思う。
不衛生かどうかのギリギリのラインを攻めた、全体的に長めに伸びた黒髪に、少し近寄りがたい印象を与える、細めのフレームの銀縁メガネ。
そこには、かつて誰もが
これなら大丈夫。絶対に上手くやれる。
心の中でニヤリと笑みを浮かべてから、俺こと
今日は何と言っても待ちに待った高校デビュー初日――入学式だ。
部活の引退試合が終わったあの瞬間から、準備してきた成果が今日から試される。
なぜだろう、少しワクワクする。
スパイになった気分にでもなっているのかな?
まあ、それも悪くないか。
傍から見たら、高校生になっても中二病を患い続けているようにしか見えないかもしれないけど、これは俺にとっては良い兆候なんだと思う。
今までの息苦しい陽キャリア充生活の中じゃ、絶対にこんな気持ちにはなれなかった。あの頃は、色々なことに気を配っていて、そんな余裕なかったからな。
うん、精神面のコンディションも大丈夫そうだ。
それから歩くこと十分ほどで、今日から通うことになる高校の校門が見えてくる。
いいね。
どこにでもありそうな平凡な校門だ。
私立にありがちなオシャレなものでもなければ、奇抜なものでもない。
入試を受けに来た時に知っていたけど、改めてそう思う。
それじゃ、さっそく第一関門に挑むとしますか。
新入生と思われる親子連れの生徒たちの中に、目立たないように紛れて、校門を抜け、クラス分けが掲示されている昇降口へと向かう。
クラス分け――これは俺が平凡な学生生活を送るにあたって、避けては通れない問題だ。
俺の苗字は青生――つまり、苗字の頭文字が「あ」になる。
ということは、五十音順で決まる出席番号が早い番号――それも、下手をすれば一番になってしまう可能性が高く、実際に今まで何回か一番になったこともある。
出席番号一番。
こいつが、どれほど俺の平凡な学生生活を脅かすものか、諸君にわかるか?
出席番号一番なんて、この世の選ばれた一部の人しか関わることのないものだから、たぶん、わからないと答える人が大半だろう。
というわけで説明しよう、出席番号一番が抱える闇の一部を。
まず、クラス分け後の最初のホームルームあたりである自己紹介イベントで、必ずといっていいほど最初に自己紹介するはめになる。そして、一番手ってやつは、どんなに印象を薄くしようと頑張っても、勝手に他の生徒の記憶に残ってしまう。
平凡な学生生活を送るためには、目立たないことは必須なのだ。
次に、入学式の次の日によくある身体測定イベントで、集団のまとめ役になる。
あの忌まわしきイベントは、大体が出席番号順に生徒を並べて行動させたがるから、必然的に先頭の一番が全体を統率しないといけなくなる。そこで、上手く仕切れればリーダー向いてると勝手に思われ、そうでなければ能力低いと馬鹿にされる。
はっきり言って、そういった心象のコントロールが面倒くさい。てか、もうやりたくない。人の目を気にしないといけないと考えるだけで、拒絶反応が出ちゃう。
まあ、こんな感じでざっと出席番号一番が抱える闇を挙げてみたけど、他にも挙げればきりがないし、考えたくもない。
とにかく、だ。
まず俺が平凡な学生生活を生徒Aとして送るためには、絶対に出席番号一番になってはいけないってこと。
というわけで。
クラス分けの張り紙の前まで来た俺は、現実と向き合う前に軽く手を合わせ、念じる。
一番はやだ。一番はやだ。一番はやだ。一番はやだ――一番は、絶対に嫌だ!
パチッ!
最後に超強烈な念をクラス分けの神さまに捧げてから、思い切り目をかっ開く。
クラスは全5クラスで、各クラス四十人。
まず、一年Ⅰ組
一番:井坂充
なっ、苗字の頭文字が「い」……だと?
今まで俺が経験してきたクラス分けの傾向では、各クラス必ず苗字の頭文字が「あ」の人が分散するように作られていた。
今回もその傾向に照らして作られていると仮定すると……
学年に、苗字の頭文字が「あ」の人が五人もいない……?
あ~、これ終わったやつ――いや、まだだ!
諦めるな!
こんなところで諦めるほど、俺の高校デビュー計画はチープなものだったのか?
断じて違う!
何のために、あらゆるものが揃った東京から、こんな田舎に来たと思ってる。それも、大して面識もない親戚のお家にお世話になってまで。
全部、理想の高校生活を送るためだろ!
よし、次!
一年Ⅱ組
一番:秋山奏良
うううううう惜しい~。
でも、良い傾向。まだまだこれから!
一年Ⅲ組
一番:青井康夫
きたきたきたー!
よし、後は彼の下に俺の名前があれば……
二番:井上義男
井上く~ん!
とんでもないことをしてくれたな君。
君のせいで、次ダメだったらもう後がないじゃないか。
何としても次で決めないと……
ジワリと背中に嫌な汗が滲んでくるのを感じながら、次のクラスの表示に視線を向ける。
一年Ⅳ組
一番:宇佐美賢治
苗字の頭文字が「う」……ですか……って、おかしいだろぉ!
苗字の頭文字が「う」の人を一番にするくらいなら、そこに井上くん入れろよ、おらぁ!
クラス分け作ったやつ、頭おかしいんじゃねえかぁ?
人畜無害な生徒Aにあるまじき言動を俺は脳内で繰り返す。
やばい、これで完全に追い込まれた。
これでもう、後がない。
終わってしまうのか俺の野望……こんな早々に(プルプル)。
いや、まだだ!
クラスはまだ、残り一つある……諦めるな!
擦り切れそうになっている精神を
一年Ⅴ組
一番:
アイ川さん……そして、俺はアオ生……き、き……来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
心の中に歓喜の絶叫をこだまさせながら、俺はすぐに彼女の下を見る。
二番:青生春人
く、くくくくっ、どうやら天は俺に味方したようだ。
感謝する、哀川さん。
君のような出席番号一番になるために生まれてきたような人がいてくれたおかげで、俺は平凡な学生生活を送るための第一歩を踏み出すことができたぜ。
と、ここで周囲から視線を向けられていることに気づく……やべ、早速やっちまった。
視線の先にいた二組の親子が、喜びのあまり歓喜のガッツポーズが出てしまっている俺を見ている。
たかがクラス分けの表示程度で、身長180センチのインテリ系陰キャが、ガッツポーズを深々と決めて喜びに浸っているのだから、周囲から注目を浴びて当然だ。
注目されたくないから、出席番号一番になりたくなかったのに、こんなくだらないことで注目を集めてしまった。
これじゃ、何のために必死で出席番号一番にならないように願ったのかわからない。
とりあえず……うん、ここを離れよう。
「し、失礼しましたぁ~、ははは」
ははは、じゃ全然ないけど。
このままここに留まれば、余計に目立つことになりそうだったので、俺は思い切りふさぎ込みたい気持ちを抑えながら、配属先のクラスへと向かうのだった。
あ~、マジで辛い。
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