あなたに最適な未来を

百度ここ愛

最適な未来を導き出すアプリ


―― 自分に最適な未来を導き出してくれる!


 なんてアプリの売り文句が流行ったのはもうすでに数年前のことだった。私は当時流行っていたスイカのスムージーを飲みながら、ぽかーんとビルの合間に流れる広告を眺めてた。


「なんか最近、こういうの多いよね」

「ねー、自由に選べない人生の何が楽しいのかなぁ」

「さぁ?」


 目の前のリナは、ホットのブラックコーヒーに手もつけずスマホを見つめている。

 

「まぁ、ナルには関係ない話だよね」


 髪の毛を指で弄びながら、スマホを操作する。リナの虚そうな瞳が忘れられなかった。


***


 当時「最適な未来を!」と声高に謳っていたアプリは、いつのまにか強制されるものへと変わっていた。誰が決めたわけでもないけど、就職でも採用されるのは「最適」と表示された人間のみ。友人関係や結婚も、いつのまにかアプリに「最適」だと導かれた人とするようになっていた。


 かく言う私も、「最適」と合致した高校に入学している。入学すら「最適」と合致したところにしか出来なくなってしまったと言うのもある。


 親友のリナとは、運よく同じ高校だったけど。クラスメイトの喧騒の中、リナは小声でぼそりと呟いた。


「ねぇ、ナル」

「んー?」

「おかしいと思わない?」

「なにが」

「アプリが予測してくれるとは、言えだよ」


 何の話か分からず、適当に頷いたがアプリの話だったとは。焦ってリナの口を両手で塞ぐ。誰が聞いてるかも分からない場所でそんな話をするのは「最適」ではない。


「リナ、ダメだよ。家帰ってからにしよ」

「だって、みんなおかしいよ。最適じゃないから友達にはなりませんとか」

「ダメだって、リナ。前も事件あったでしょ!」


 全人類がいつのまにかアプリを盲信しすぎた結果、この世界で生きるのが最適じゃない人間を排除するようにもなっていた。アプリに意を唱えるのは、「最適」じゃないことらしい。


 そこまで盲信できていない私もリナの発言には同意しかけたが、そういう意見は多くない。多くないと言うよりも、だんだん少数派となっていた。


「今は私もナルは最適な友人かもしれないよ。でも、変わっていく可能性だってあるでしょう?」


 リナの言うことは最もだったけど、長い人生全てを予測してアプリは答えを出す。だから、友人期間も決まっている。入学して退学するなんて答えを導き出してることもあるらしい。


 それの意味が私には分からないけれど。


「こんな、ただのアプリが、他人が決めたことをどうして信じられるの?」

「リナ、やめなって」

「だって、みんな何で疑問に思わないの? 誰かが決めたことをなぞって何が楽しいの?」

「リナ」


 何度言ってもリナは言葉を繋げるのを辞めない。呆れたように、リナを止めようとすればいつのまにかクラスメイトが私たちの周りを取り囲んでいた。


「最適じゃない」


 委員長の声だった。気づけば、私の視界は遮られていて、暴れようと腕を動かしても数名に押さえつけられていて逃げようがない。


 でも、なんで?

 言ったのは、私じゃない。


「リナ?」


  暗闇の中、リナの名前を呼んでも返事がない。


***


 周りの状況がわかるようになった時には、明るい部屋に連れ込まれていた。すごく長い時間拘束されていた気もするし、移動していた気もする。


 視界を奪っていた布を取り去られ、目の前にはリナが居た。


「リナ?」

「おかしいと、思わないの。ナル」


 リナは同じ言葉を繰り返して、私をじぃっと見つめる。私は手足を縛られているのに、リナは目の前でフラフラと歩いていた。


「そう言うこと言うからこんなところ連れて来られたんだよ。私はただリナを宥めてただけなのに」


 非難するように言葉にすれば、リナは私の目の前にスマホを突きつける。見覚えのある、私のスマホだった。アプリが開かれていて、そこには「不適切」と書かれている。


「なんで、おかしいじゃん」

「おかしくないよ、こういうことが起きるのがこのアプリ」

「どういうこと」

「不適切な発言をする人間の友人は、不適切」

「は?」

「だから、私の友人だからナルはこの世界に不適切なの」


 淡々と告げられる言葉に、なんだか背中がぞくりっとした。あの時と同じ虚な目をしたリナが、怖い。


「リナは?」

「私は、不適切でも最適でもない」


 リナがポケットからスマホを取り出して、私の目の前でアプリを開く。リナのアプリには、何も表示されていなかった。


「どういうこと? 抜け道?」

「ううん、違うよ」

「じゃあ何? ってか私はいつまでこうやって縛られてるの?」

「この世界の外に出される、までかな」

「リナは、何を知ってるの?」


 スマホをすーっと人差し指で操作しながら、私の方を見つめずにリナは言葉を続ける。


「何でも知ってるよ。ナルは考えたことなかった? どうして私とナルは全然合わないのに友人として最適と出るんだろうって。もしも、最適って出なかったら私と友人やめてた?」


 リナの問いかけに、言葉に詰まる。リナは、親友だ。こんなアプリが出る前からの。「最適」って出なかったとしても、友人をやめることはない。友人ってそもそも、そういうものじゃないと思う。言いはしないけど。


 すぐにスッと答えられなかったのは、リナは違う気がしたから。


「答えられないんだ」

「やめてない、多分」

「ははっ良い子ちゃんな回答遅くない?」


 スマホを目の前に差し出しながら、私を見るリナの目が珍しく虚ではなくてギョッとする。何を話しかけても、ぼーっとスマホを弄っていた私の知ってるリナ、ではない。


「管理者?」


 スマホの文字を読み上げれば、リナは狂ったように笑い出す。


「そう、これ作ったの私。隠してて、ごめんね。親から敷かれたレールを歩みたくなくて、ずっと考えてたの。でもね、ここまでみんな盲信するとは思わなかった」

「じゃあ、リナは私と友人で居るために最適って出してたの?」

「うん、何回も何回も、不適切って出そうと思った。良い子ちゃんぶって、そう言うものなんだ、って何でも受け入れる。自分のやりたいことは貫き通して、それでいて私は普通の人間です、みたいな顔して生きてるナルが嫌いだったから」


 リナが息を深く吸って、吐き出す。本当に嫌いだったらそんな顔しなくない?


「生きづらい世界かもね」

「今の世界?」

「ううん、前の方が生きづらかった。みんな一緒なんだって目に見えれば、だいぶ楽になったよ」

「じゃあ何が?」

「ナルがこれから行く世界」


 リナなりの復讐ということなのだろうか。私のことをそこまで嫌いだった? 本当に? 一緒に過ごした時間は全部嘘だった、ってこと?


「考えたことなかった? 全てに不適切な人間って居ないのかな、とか。アプリのことを悪く言ってた人たちが急に居なくなったり、とかさ」

「思っても口にしたら私もそうなると思ったから」

「やりたいことは貫くのに?」

「生きてはいたいもん」


 わざとらしく笑えば、ぷっとリナが吹き出す。


「アプリを開発した時はこんなことになると思ってなくてね、いつのまにか、いやーな世界になっちゃった」


 リナはわざとらしくため息を吐いて、私の頬を撫でてペットボトルの水を口の中へと流し込んでくる。


「ごめんね、ナル」


 呟く声と共に、意識が薄れていく。何の謝罪だよ、は言えなかった。


***


 川の流れる音に耳を澄ませながら、起き上がる。冷やされたスイカが四角に切られて、皿の上に乗せられていた。


 廊下から塩を持ったリナが現れて、にかっと笑う。


「スイカには、やっぱ塩じゃない?」

「好きにしなよ」


 口癖になってしまった言葉を呟けば、毎回同じ言葉をリナは口にする。

 

「ナルは、あっちの世界の方がよかった?」


 山の奥にあるであろう、私たちがいた街を指差すリナ。その指に爪楊枝を持たせる。


「巻き込んでごめんね」

「もうやめようってその話。私はどこだってしたいことするし」

「そういう人だもんね、ナルは。だから嫌い」

「はいはい、嫌いで結構」


 爪楊枝をスイカに突き刺して、口に放り込む。初めて作ったにしては、甘い。よくできたスイカだと思う。


「スローライフだねぇ、リナはさ。あんな世界から抜け出して、何がしたかったの?」

「好きなものを好きなだけ食べて、友人とただまったり過ごす、かな」

「じゃあ今は叶ってるってことで良いのね」


 爪楊枝を持ったまま、私の横で立ち尽くすリナの手を引っ張って座らせる。もう一つスイカを爪楊枝で突き刺して、リナの口へと放り込んだ。


「あっちは相変わらずアプリを盲信してんのかなぁ」

「こっちに人が来なくなったってことは、そういうことなんじゃないの?」

「スマホも捨てちゃったから分かんないけどね。でもまぁ、考えないで済むなら、責任を取らないで済むなら、楽って人たちが残ってるもんね」


 口にしてからぐーっと伸びをして、もう一度寝っ転がる。太陽が照らしつつも、涼しい風が吹いていて心地が良い。


「ナルは、怒っても良いんだよ」

「またそれ」

「だって私一人じゃ怖いから、巻き込んだんだもん」


 何回目か分からないやりとりに、はぁっとわざとらしいため息を吐く。


「私はどこだって良いんだって生きてられれば」

「スローライフ、したくなかったとかないの?」

「スローライフはどっちでもいい。やりたい、と思ったことを出来るし。学校も無い分、自由時間も多いし。服も、あ、リナのワンピースまた新しいの作ったよ」


 そういえば、と思い出して告げればリナの顔がパァッと笑顔に変わっていくのが分かった。もしかしたら、年老いて、体が動きにくくなって、後悔することはあるかもしれない。でも、その時はその時だ。


「リナちゃん、ナルちゃーん、トマト要らない?」


 外から隣の昭夫さんの声が聞こえて、大声で返事をする。


「いるー! あと、新しい服作ったんでいりますー?」


 どんどん昭夫さんの笑い声が近づいて来るから、渋々起き上がる。今日は寝てるところをつくづく邪魔される日らしい。


 でも、そんな些細な日常が楽しいから。こっちの世界でも私は良いよ、って胸を張って言える。こっちが、とは言えないけど。


<了>

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