8

 朝日が顔をみせる頃、山道には霧が立ち込めていた。

糸重家の自家用車は路肩に止まったままだった。

その運転席には糸重陸が、助手席には海音が座っており、バックミラー越しに後部座席で見取が寝返りを打った。

彼は眠気眼をこすりながら欠伸をする。すると、海音が口を開いた。

「もう夜明けね」と不機嫌そうに呟くと、陸は肩を窓外を眺める。

 視界は最悪だった。霧が一層立ち込めていて、数メートル先も見えない。

陸はため息をついて、ハンドルに寄りかかる。

寂寞に混じって、どこからともなく獣が吠えてくる。

「何か聞こえないか?」

 陸が海音へ問いかける。彼女も耳を澄ませるが、首を振る。

「おい、あれ!」と陸が叫ぶ。海音も目を凝らすと、その影の正体に驚愕する。

やがて、犬と人の姿へと変わって、飛び出してくる。

「紬!リブ!」と夫妻は声を上げ、車から飛び降りる。

彼らは駆け寄って、お互いに抱きしめ合う。

「良かった!心配したんだぞ!」と陸が言うと、紬は泣きじゃくりながら何度も頷いた。

「ごめんなさい」と謝る彼女に、海音は優しく頭を撫でる。陸も安堵した様子で胸を撫で下ろす。

 夫妻は紬とリブを連れて車へと戻る。

後部座席に二人を乗せると、陸はエンジンを掛ける。

そしてギアを入れようとしたとき、後部座席から紬が身を乗り出してきた。

「待って!」と叫ぶ彼女に、見取が飛び起きる。

「どうした?紬」と陸が問いかける。すると、彼女は真剣な眼差しで言った。

「助けたい人がいるの」

「ダメだ!」

 即答する陸に紬は食い下がった。

「でも」と彼女は続ける。

「閉じ込められている場所を知ってるのは私だけなの」

紬は引き下がろうとしない。すると、父親らしく厳しい表情で言った。

「これは遊びじゃないんだぞ!」「分かってるよ!」と紬は声を張り上げる。

「でも、このまま見過ごすなんてできない」と彼女は言う。

陸はその気迫に圧倒されてしまうが、すぐに冷静さを取り戻して諭すように語りかける。

「きっと、お巡りさん達が解決してくれる。だから心配いらないよ」

だが、紬は納得できない様子だった。

その様子を見取は黙って眺めており、海音も険しい表情で黙りこくっていた。

「ちゃんと最後まで聞いてよ」

黙ったまま耳を傾けている陸。その目は厳しいものだった。

「ありがとう」と微笑む紬。そして、彼女は語り始める。

「飛人会の白鳥ってわかる?」と紬が言うと、陸は眉をひそめた。

「彼が私達を幽閉した。森の奥の施設で」

「それは本当なのか?」と見取が顔を突き出してくると、睨みつける。

「元はと言えば、見取さんが私に囮取材を吹っかけたせいだからね!」

 彼女の強い口調にバツが悪そうに視線を逸らす極日新聞記者。

「それで、そこへの道筋は?」陸が尋ねる。紬は静かに頷きながら答える。

「リブが知ってる」「リブが?」陸は訝しげな表情を浮かべた。

「うん、リブだけね」と紬は答える。そして、彼女は続けた。

「とにかく、一刻も早く助け出したい」

 紬の強い眼差しに圧倒される陸。

だが、すぐに首を横に振ると厳しい口調で言う。

「ダメだ」彼は頑なに拒んだ。

しかし、紬も引き下がらない。

「お願い!お父さん!」と叫ぶように言うが、それでも父親は首を縦に振らなかった。見取は何も言わずにただ見守るだけだったが、海音は違った。彼女は静かに立ち上がると、父親の前に立ってこう言ったのだ。

「お父さん!どうしてダメなの?このままじゃ、この子の友達が殺されてしまうかもしれないんだよ?」

 彼女の言葉を聞いて、陸は険しい表情を浮かべる。

そして小さくため息をつくと、彼は答えた。

「わかった」と一言だけ呟き、電話機を取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る